第8話 トイレの神様

 諸君は本日より、晴れて本校の生徒となった。

 本校は今年で100周年を迎える、アトラポリス唯一の伝統ある登塔者訓練学校クライマーズスクール

 これまで永きにわたり優秀な人材を輩出し、信頼を得てまいった。

 これは諸君の先輩方の努力のたまものといえるだろう。

 諸君も今日からこの伝統ある本校の生徒として責任と自覚をもって行動し、立派な登塔者として成長して欲しいと願っている。


 学校の長というのは異世界に行っても変わらない。こいつらは全員こういうことを言うよう宿命づけられているらしい。高校の入学式で聞いたことのあるそんな内容を1時間ほど流し聞きすると、ヒロたちはやっと初日の日程から解放されたのだった。

 その後すぐに教官らから急かされてグループ各五名に分けられる。

 それぞれのパーティーはジグラット一階の訓練生の用居室きょしつに押し込められることになるのだが、ヒロたち五人の班は十三班で、部屋はヒロとニック、フェテレとシオンとミリエッタの二つに分けられることになった。

 部屋に入ってみると、中にはベッドが二つに引き出しのついた収納棚が二つそれに壁掛け時計。なんとも殺風景である。


「ああーー疲れたーー!引きこもりに立ちっぱなしはキツいよ!」


 ヒロがずた袋の中からツナギを出して着ている傍ら、ニックは光のような速さでベッドメイキングを済ませてベッドにだらしなく倒れ込んでいた。


 「アッーーイキカエルーー!!硬いけどまあ及第点きゅうだいてん!」

「気楽でいいよなお前は。俺はフェテレとトイレ掃除だよ」


 入学式の後、ヒロとフェテレはメイサ教官に呼び出されてトイレ掃除を任されていた。本当は服を脱ぎ捨てたまま楽になりたかったが、今からまたツナギに着替えて汚い便所を磨かなければならない。


「まあ頑張ってきてよ。僕はベッドで悠々自適ゆうゆうじてき惰眠だみんを貪ってるからさ」


 ヒロはニックに余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な調子で送り出されると、すぐ隣の女子部屋のドアを叩いた。


「フェテレ!トイレ掃除だろ早く出てこい!」


 ゴン!


「痛っってえ!」


 確認もなく内側から開け放たれたドアに頭を打たれ、思わずひっくり返った声を出してしまう。額から血が出ていないか確認しているとフェテレがやれやれと嘆息して出てきた。


「少しは待てないのかミニットマン」


 小柄な身体のサイズに合わないだぼついたツナギ。色気の欠片すら持ち合わせておらず、仮に男の集団に放り込んでも彼らの息子はぴくりとも反応しないだろう。

 ツナギって避妊具だったんだな。


「避妊具が歩いてるみたいな奴がご立派に言うじゃねえか」


 途端、フェテレの怒気が湧いて出るのを感じた。

 湯沸かし器でも顔に備え付けられているのか、顔の怒り具合は今までで一番だった。


「フンスッ!!」


 拳を構えたフェテレは低身長を活かしたパンチを抉えぐりこむように打ち込んでくる。

 だが、二回目はもう食らわない。

 ヒロは両腕でしっかりとパンチを受け止めた。


「ヘッ!ざまあみろ駄女神!!」


 ところが、その一瞬の均衡はあっけなく崩れ去る。

 すぐにやってきたフェテレの左フックで、ヒロは瞬殺されたからだ。



 バシャンッ。


「ハッ?!」


 肌を刺すような冷たさに顔面を襲われ、何事かと思ってヒロは目を覚ます。すると、頭上にはバケツを抱えて見下ろすフェテレがいた。


「さっさと行くぞ」


 と鋭い言葉の後に一度鼻を鳴らして歩いて行ってしまった。ヒロも疲れ切った身体を起こしてトイレに向かう。

 それにしても、なぜフェテレはこうも当たりがキツいのか。

 こういうときは相手の気持ちになって考えろと母親に言われたことがある。行き詰まったときにやると、自分の立ち位置ややるべきことが見えてくるらしい。

 とりあえずフェテレから見たこの世界や自分のことを考えてみる。

 いきなり神の座から降ろされ、文字通り天からも降ろされ、力も奪われ、付いてきたのは思い通りに命令も聞かず、自分のことを馬鹿にしてくる下僕1号。

 しかも、とうに飽きた人間たちに混ざって何をするかと言えば、自分がゲーム感覚で作ったダンジョンの攻略をしろというのだ。

 ダンジョン攻略はまだ面白いかもしれないが、半年もの間知らない奴らと班行動。

 つまらなさMAXに違いない。

 つまり、そのつまらなさを解消できれば態度も少し柔らかくなるかもしれないはず。

 しかし、ヒロにはそんな都合良く問題を解消できるわけもない。

 何か気の利いた言葉でもかけてやれたらいいのだが。


 トイレ前に清掃中の看板を立て、二人で便所掃除をする。ヒロが便器を磨き、フェテレが床にブラシがをかける。

 背中を彼女に向けたままヒロは聞いてみた。


「フェテレ、学校は楽しいか?」


 何小学生の親みたいなことを聞いているのだ。質問を間違えたかもしれない。

 たいして勢いもなくゴッシゴッシと床をこするブラシの音だけが流れること数秒……。


「お前はワタシが楽しんでいると思うのか」


 ヒロは思いがけない質問に喉が詰まる。

 そうだよな。やっぱり楽しいわけがないよな。

 少しは拗らせたくなるよな。


「…………いや、そうは見えん」

「シオンはもうこちらに骨を埋めるつもりらしいが、ワタシはまた神に戻らなければならん。いずれ絶対に帰る。お前はどうなんだ?どうしたい?」


 顔こそ見てはいないが、フェテレがヒロを推し量るように尋ねているのが分かる。

 だが、どうなんだろうな。

 異世界に来て自分はどうなんだろう。

 率直に言えば今までに出会った奴らとの生活は楽しい。こんな変な奴ら、元の世界では出会えなかっただろうし。


「これから先のことはなんとも言えない。でも、今は楽しい」

「はっきりせん奴だ。しかし、こんなのが楽しいとはな」

「シオンと同じ話になるが、お前がいなければこの世界の奴らとは出会えなかった。だから、お前の存在には感謝しているんだ。シオンも、ニックも、ミリエッタも……そもそもフェテレがいなければこうやって集まらなかった。そのことくらい、もう少し誇ってもいいんだぞ」

「そうか……」


 その後、ヒロとフェテレはお互い無言で男女両方のトイレ掃除をせっせと終わらせた。

 相変わらずフェテレのことは分からないまま。

 けれど多少やる気を出してはくれたのか、部屋に戻る折、


「こんな学校さっさと終わらせて塔攻略に移るぞ」


 とヒロにそう言った。

 ヒロはフェテレが口を開く度にいつも嫌な予感をビシバシと感じていたが、今回の言葉にその気配は微塵みじんも漂ってはいなかった。



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なろうの執筆機能で書いてから貼り付けていたんですがカクヨムだと別のカッコでルビふるんですね。ちゃんと説明読めって話ですよね。

めちゃめちゃ読みにくかったかと思います。

すみません。

加えてですが、10話で主人公が体力測定でミニマラソン走る話書いてたら、

主人公の属性、火より風の方がよくね?となったので属性診断の結果も風属性に変更しました。

本当に色々なご迷惑をおかけしまして申し訳ないです。

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