第9話 一日の終わり

 ヒロはトイレ掃除を終わらせると、第三食堂へニックと飯を食べに行った。。

 パン、トマトベースの豆スープにハンバーグ、葉野菜とそれなりの夕飯。ただし、食堂のメニュー表を見れば一ヶ月の夕飯のメニューが載せられており、一週間一列全部がこのメニュー。

 食堂のおばちゃんに聞けば、コストの問題だそうだ。大量に買う代わりに安くして貰っているらしい。

ちなみに、塔内に第一食堂(朝食専門)、第二食堂(昼食専門)、第三食堂(夕食のみ)という三つの食堂があるのは塔の改造に合わせて増やしていったからだともこのおばちゃんから一方的に話されて知ることになった。 そんな使えるかどうか分からない知識を得て食堂から二人で帰ると時間は午後七時半。

 全館消灯までは自由時間であるため、ここにきてやっと余裕のある自由な時間を手に入れたのだった。


 といっても、何をしたいかというのもヒロは思いつかない。

 ベッドにごろりと仰向けになり、頭の後ろで腕を組む。

 その時。


 (ヒロ……)


「ニック、なんか言ったか?」

「いや、何も?空耳なんじゃないか?」

「そうかもな」


 今日は本当に疲れているのかもしれない。

 息をつき、脱力した。


 (おい、聞けって! ウリエルだよウリエル。話しかけてるのに失礼だと思わない?こっちに念じて)


 正直なところ、やっと一息つけていたのにまたこいつかとヒロは思った。

 無視してもいいか。


 げ ん

 こ つ


「っつ~~~」


 何なんだ今のは。

 ヒロの頭には握り拳で殴られたんじゃないかとと思うほどの駆け抜け、今でもじんじんと痛んでいる。


 (無視を決め込むとは良い度胸だね。またやられたくなかったら、こっちにためしに”ウリエル”って強く念じてみて)


 こっちとはどこだと疑問も浮かんだが、ヒロはとりあえずやってみることにした。


(ウリエル……聞こえるか)

(オッケー、聞こえたわ。もう繋がったから大丈夫よ)

(なあ、なんだこれ)

(電話みたいなものよ。私にできないことはないからね)

(じゃあフェテレも矯正してやれ)

(それは無理。早速だけど……)

(切り替え早すぎだろ)

(報告書を書いて貰うわ)

(報告書?)

(フェテレちゃんについての報告書よ。手紙でいいから自宅宛に送ってシャムシエルに回収させるから。入学するときにもたぶん住所書いてるから覚えてるでしょ?)

(それはそうだが、今話してるこれで伝えればいいだろ)

(だらだら話されても分かんないでしょ。短くまとめてから隔週で送ってちょうだい)

(なら、そうしとくよ)

(へぇ……今回は素直だね)

(さっきもフェテレに脳を揺らされてそろそろやばそうなんだよ。だから頭に危害を加えるのはやめてくれ。今の俺に効く)

(ふ~ん……)


 げ ん

 こ つ


「~~~!!」


 もう言葉にすらならない程、ヒロは苦しみもだえた。

 魂の重心がぶれたような感覚だ。


(ごめんね、なんか楽しくてつい)

(もういい。それよりさっきのを説明しろ)

(現在のフェテレちゃんの、”人間世界や人間への理解”について書いて欲しいの。よく分からないと思うから、最初はどれだけ彼女が人間らしくなったかくらいに書いてくれれば十分だよ)

(わかった。あと、この電話?切れないのか?)

(私からなら切ることができるよ。)

(不便だな)

(私にとっては便利だからいいの)

(それと、こっちからはかけられるのか)

(親指、人差し指、中指を会わせて、額から胸、左肩から右肩に十字を描いて。それで大丈夫よ。他に質問はない?)

(また後でさせてくれ。報告書のことは分かったから今日はもういい)

(そう。じゃあまたね)


 ウリエルはそう言うと、プツンと糸が切れるようにふわふわとした感覚は消え去った。

 身体が休憩モードに入ったときの不意の追加要請。ウリエルにも少しは詫びを入れてもらいたいものだ。

 ヒロは身体を起こす。


「ニック、少し用事ができた」

「どうしたんだい?」


 ニックは売店で買ってきたエロ雑誌を読む手を止めて訊いてくる。


「ちょっと手紙書いてくる」

「1日目なのにもうホームシックかい。誰か書く相手でもいるのか?」

「……ペットだ」

「プッ……ずいぶんとかわいいことを言うねヒロ」


 ニックはヒロの淡々とした言葉とのギャップに堪えきれなかったのか、笑いが漏れてしまっている。


「堪え切れないなら声だして笑ってもいいんだぞ」

「いや……大丈夫……休憩室は空いてただろうから好きに行ってきな……」

「そんなにおかしいのかよ……行ってくる」


 ヒロは一人、休憩室へ足を運んだ。

 全体を眺めてみれば、ホテルの待合室のようなそこでは本を取って丸テーブルで読む者もいればソファで横になってぐっすりと寝ている者もいる。この空間だけ、時間の速度が遅いんじゃないかと思わせるゆったり具合だった。

 なぜここに来たかというと、一番の理由はニックと二人でいるあの部屋にはテーブルがなく、ここで書くしかないからだ。この休憩室には便箋びんせんもあれば、それを書くための万年筆も置いてある。それに小規模なカフェも隣接していて何かと都合が良い。 

 ヒロは紙と筆を拝借して空いている中央の席に腰掛けた。


「何を書いたもんだろうな…………ま、書いてみるか」



『神様再起プロジェクト』報告書


アトラポリス暦1018年9月3日

ヒロ・ハシバ


標題:フェテレの”人間世界や人間への理解”について

標題の件について下記のように報告する。


9月1日、フェテレは俺やシオン、ニックやミリエッタの4人と共に登塔者クライマー訓練学校へ入学した。

フェテレは神の立場から無理矢理降ろされた事もあって、不満が抜けきっていないと同時に神様気分も抜けきっていない。そのせいか、学校の人間らが提示するルールや環境に適応できていないようだ。

しかし、そのつまらなさや不満をこれから解消してやれば、彼女の気持ちも変化していくのではないだろうか。


以上



 問題があればウリエルからまた連絡が来るだろうしこんなもんでいいだろう。

 ヒロは休憩所のメールボックスに手紙を投函すると休憩所を出る。

 そしてそのまま部屋に戻り、明日の訓練に向けて準備するのだった。

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