良かった

 僕は居間へ急いだ。だから由依が追って来ているのには気付かなかった。気付いたとしても、待ちはしなかったと思う。それほどに、奈江が心配だった。頭の中にはそれしかなかった。その予想は的中したようで、扇風機を小突いて遊んでいる金髪の少女の姿があった。人を心配させておいて、その少女はわいわい楽しんでいた。まるで僕の妹のように。

「何してるの!」

 妹にそっくりなのはその姿というより立居振舞で、それもあって僕はつい、大きな声を上げてしまった。直ぐそれに気付いた少女は天使のように振舞い続けながら、僕を見つけて、これも妹がするのと同じで、僕に向かって来ながら言った。

「あっ、マスターだ! 彗星奈江よ。よろしく」

 そしてそのまま抱きついてきた。僕を悩ませ続けることになるアメリカンな挨拶の始まりである。初めてだったことよりも、お互いに一糸も纏わずに身体中で触れ合うことが、僕には刺激が強過ぎた。

「わっ!」

 僕は思わず、奈江を突き放してしまった。奈江の身体は簡単に弾かれた。奈江は、何があったのか分からないでいたが、僕が突き放したことを知ると、悲しい顔をした。そして、大声で泣き叫んだ。なんてことをしてしまったんだろう。僕は自分の行いを省みて、心を痛めた。

「うわーん、おいおいおい。マスターに、マスターに嫌われちゃった」

 僕の直ぐ後ろをついて来ていた由依が、すかさず奈江に駆け寄り、抱き起す。泣き声に気付いた他の4人も裸のまま風呂場から駆けつけて来て、僕を見た。5人の視線が痛かった。

「マスター、奈江に謝って」

 そして僕は、言われるままに奈江に謝った。言い訳をしても仕方がない。ありのまま、突き放した事実に対して、深々と頭を下げた。

「いいよ。奈江、へーきだもん!」

 そう言ってくれて本当に助かった。もう、あんな思いはしたくはない。こうやって抱きつかれるのなんて大したことではない。コメットでなく彗星と名乗ったことはもっと大したことではない。僕は本気でそう思い、今度はギュッと奈江を抱きしめた。





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