金魚達に魅せられて
金魚達が初めて僕の家に来たのは2週間ほど前で、まだ金魚の姿だった。まつりに行った際に出目金と東錦を渡され、まつりの出店で琉金と和金を掬い、家に帰る途中で蝶尾を託され、着いたところにコメットが送りつけられた。6匹との出会いはそれぞれだが、これからはこの6匹を飼育しなければならない。初めの課題は、水槽だった。この家には金魚達を入れる器は、1匹用の金魚鉢しかなかった。
「苦しいだろう。僕がなんとかしてあげるからね」
金魚が水面付近に顔を出すのは酸素が不足しているからだということは知っていた。だから、狭い金魚鉢の中で犇めきながら水面で口をパクパクしている6匹に、僕はひどく同情していた。なんとかしてあげたかった。
「仕方がない。今日はここで我慢して」
そう言って金魚達を連れ込んだのは、風呂場の浴槽だった。
僕の家は、東京のほぼ真ん中にある一戸建てで相当な豪邸なのだが、父の嗜好で間取りにはかなりの歪みがある。家族で過ごす空間は狭いくらいがちょうど良いという嗜好である。一方で、贅沢もする。だから、狭過ぎる食堂と居間に、広過ぎる台所と客間と風呂場がある。風呂場が広いのは家族4人で入るためである。これも父の嗜好だ。
「どうだい、気持ち良いだろう」
金魚鉢から浴槽に移った金魚達は、悠々と優雅に泳ぎ始めた。その広さを確かめているようだった。僕は、自然と金魚達に話しかけていた。この日は幼馴染と喧嘩したばかりで、1人暮しの寂しさを紛らすためだったのかもしれない。
「水温は? 冷たくないかい」
金魚達が水面に顔を出す。酸素は充分にあるのだろうが、またしても口をパクパクとしはじめた。僕にはそれが、礼を言っているように感じた。今思えば、自己中心的な解釈だったかもしれない。
「君達と話が出来たら、楽しいだろうにな」
この言葉に金魚達が反応するはずはなかった。
「7人で仲良く暮らそうな」
また呟く。観ていて飽きることはなかった。僕は既に金魚達に魅せられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます