蝶尾

 蝶尾優姫の姿は郷愁を誘う。家族と離れて暮らしている僕にとって、母を思わせるその姿は、刺激が強く、叱ってもらいたい願望を掻き立てる。といっても、優姫の見た目は同年齢くらいだから、僕が何故、優姫に母を重ねているのかには、謎もある。

「マスター、いけませんよ、無駄遣いは」

 優姫と一緒に買い物に行くと、僕はついはしゃいでしまい、無駄なものを買おうとする。この日は、戦艦大和のプラモデルだった。

「えー、良いじゃん。ちょっと位は!」

 3000円が大金だったのは、つい最近までのことである。今はお金には困らない程の稼ぎがあるのに、こうやって無駄なものは無駄、駄目なものは駄目とはっきりと言ってくれるのが僕には心地良い。それでいて、適度に僕を甘やかしてくれる。こういうところが、優姫と母を重ねてしまう理由なのかもしれない。

「仕方ないですね。じゃあ、今日だけですよ」

 敢えて無邪気に喜ぶことで、優姫のさらなる譲歩を誘う布石とした。優姫には、違う思いがあったことなど、この時の僕は気付かなかった。

「ない。爪切りがない!」

 僕は家中を探した。プラモデルを上手に作るには必要な道具だからだ。探し回って母の部屋に辿り着いた。代わりに見つかったのは古い卒業アルバムだった。

 昔の女学生達をペラペラと眺めていると、奈江に見つかった。奈江は、覗き込むなり僕の背中をグーで殴りながら言った。

「駄目。マスターには、私達だけ観てて欲しいの」

 奈江は、金魚達の代弁者だ。いつの間にか集まっていた無口な他の金魚達の気持ちも大同小異といったところのようだ。僕がアルバムの女の子を鑑賞しているものと勘違いしているのだ。

「母のアルバムなんだ」

 そう言って僕が指差した写真は文化祭での母の姿だった。金魚達はそれを見るなり今度は一斉に優姫を観た。優姫の頬はみるみる赤くなる。なるほど、優姫は母の女学生時代にそっくりだ。これで謎が解けた。ほのぼのとした沈黙のなか、僕はそっとアルバムを仕舞い、金魚達と輪になって騒いだ。





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