出目金

「頂きます!」

 狭い食堂に金魚達の明るい声が響く。金魚は雑食で、何でも食べる。出目金ゆとりは、それを頭からがぶりと噛み付くと、小さい口の中でもぐもぐごっくんとし、5分かけて尻尾まで完食する。食べる姿にも気を使っているらしく、いかにかわいく食べるか研究している。そうすることで僕が優しくなると本能的に感じているのだ。金魚の持つ食欲と、女の子の持つ男の子に守らせたいという2つの本能。それらに対して正直だ。小さい口を大きく開いておきながら、ほんの少しを含み、何度も咀嚼してから飲み込む。そして時々、幸せそうな笑顔を挟み込む。それらは全て僕の持つ女の子に頼られたいという欲望を掻き立てる。それでも僕は心を鬼にして、決して甘い顔をしない。

「マスター、お代わり!」

「駄目! 食べ過ぎは身体に良くないよ」

 摂食管理、これがマスターとしての務めなのだから、仕方がない。

「マスターのケチ!」

 僕の金魚達の好物は『鯛焼き』である。女の子の姿になって初めて食べたのが鯛焼きだったからである。6人ともえらく気に入ってくれたらしく、翌日の朝4時に起きた時から、鯛焼きが食べたいと言ってねだるようになった。その時はカップラーメン2個しかなく、3人で1個ずつ分けて与えたのだが、そちらにも満足したようだ。

 以来、金魚達の食事は、1日5個の鯛焼きを基本とし、ラーメンは鯛焼き3個分、チョコレートパフェは2個分、あずきのバーアイスは1個分としてレーティングに従って交換される。そうやって、食べ過ぎによる病気や体表の劣化から金魚達を守っているのだ。

「ケチで結構。でもね、ゆとりの食べ方、かわいかったよ」

 食べ物で妥協を強いた分、何か誉めようと思い、そんなことを言ってしまった。それが迂闊だった。

「ぅわぁーいぃ! ありがとう」

 全身で喜びを表現する姿は本当にかわいい。僕は、そのかわいさを維持するためにマスターをしていることを決して忘れたりはしない。

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