響き渡る東天紅


 八月八日、月曜日の午後三時頃。源蔵はいつもの白スーツを着込み、京葉高校の理事長室で一人、テレビ画面に見入っていた。


 流れているのはとある人物の録画映像だった。およそ十一分に渡って放送されたこのメッセージを見ている日本人がこの国にいったいどれほどいることか。


 画面に映るやさしげな相貌の男性は、『おことば』をこう締めくくった。


『国民の理解を得られることを切に願っております』


 画面が切り替わる。女性キャスターが中継の説明を加え、コメンテーターがそこに意見を投げかけていた。議論は白熱していく。だがその全てが源蔵にとってどうでもいい応酬に過ぎない。


 今まで黙して画面を見つめていた源蔵がソファから立ち上がる。ニュースはすでに次の報道へ移っていた。とある地方の山奥で昨夜、山火事があったらしい。付近に住んでいた住人のほとんどが重軽傷を負い病院に運び込まれ、行方不明者も出ているとのことだった。


 山火事の原因も、その病院が国の管理によって報道規制がなされていることも源蔵は知っている。だが、ニュースの内容は頭に入ってこない。


 源蔵は幽鬼のような無気力さで灰皿を掴み、突然それをテレビ画面に投げつけた。


 液晶に傷が入る。薄っぺらい画面が勢いのまま倒れた。それでもニュースは流れ続けている。


 源蔵は怒りに肩を震わせ、机を殴りつけた。


「何が『伝統の継承者として』だ! 『守り続ける責任を』だ! 本当に自覚しているならば退位などという愚かな選択はするまい! 参与さんよ共は何をしていた。なぜ誰も止められなかった。陛下は国を亡ぼすおつもりか!」


 何度も机に拳を叩き付ける。皮膚が破れ血が滲んだが、その傷は深くなる間もなく治癒していく。


 源蔵はどれだけ絶望しても自死すらままならない身体を抱え、唇を噛んだ。


「……呪術社会はこれから荒れる。皇嗣こうし殿の出方一つで戦争にもなろう。誰の策略かは知らないが、あっぱれと言う他ない。

 だが貴様が選んだ茨の道には、破壊をつかさどる狂犬が立ち塞がると知っているかな?」


 瞳に憎悪を宿らせながら、喉の奥で笑う。


 顔の見えない対戦者を向こうに、盤上はいつの間にか一国という規模にまで膨れ上がっていた。だがここで降りるなどもっての外だ。源蔵は手中の駒を思い描く。たとえ勝利条件さえ分からぬ戦争であっても、彼らならば勝つまで戦い抜くだろう。


 その戦いで得られるものなど、何もなくとも。





 ついに変化の兆しは呼び覚まされた。

 保守主義者たちの奮闘ふんとうむなしく、国の呪術基盤はげ変わる。いみじくも、それは新しき時代の到来を意味していた。


 あかつきにわとり咆哮ほうこうとどろく。それを合図にして、多くの者がそれぞれの願望を胸に舞台へ上がる。


 因果に絡め取られた少年少女たちもまた、複雑怪奇なこの演目の真っ只中にいるのだが。

 それを思い知るのは、もう少し後のこととなる。



        カミツキ姫の東天紅とうてんこう 了

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