双生児


 柔らかな土の上を滑り落ちて行く。所々突出した石が背中を削って痛い。真信まさのぶは道から十メートルほど下まで無抵抗に落ち、木の根に引っかかって停止した。


 目を閉じ気絶したフリをする。すると、軽い体躯の人間が坂を駆け下りて来る音が二つする。真信の真横でそれが止まると無防備な腹に思い切り体重が乗った。


「ごはっ!?」


 内臓を潰されさすがに無視できず目を開ける。するとそこには、自分を見つめる四つの目があった。


 真信の腹に馬乗りになった二人の子ども。ほとんど同じ顔をしていて、どちらが姉でどちらが弟か咄嗟に判別できない。双子の暗い金髪に彩られた瞳は、光を反射しない薄い茶色をしていた。どうしてか、少年少女の目は左右で別の色をしている。


 二人の瞳は片方ずつ、青味を帯びていた。


 少年と思われる子供は右目が。

 少女と思われる子供は左目が。


 それぞれ海の底を思わせる蒼色だった。

 丁度並んでいるから青い瞳は中央に寄り、そこだけ別の生き物のようだ。


(お兄さんとは似ても似つかないな……。細身で目がぱっちりしてて、三つ編みにしてて分かりにくいけど髪の毛はさらさらのストレート。まるで正反対……いや、鼻から下は形が一緒か)


 だとすれば、やはりこの双子は小里の子どもで間違いないのだろう。粗暴そうでガタイの大きな小里おざとひいらぎとは違い、双子はまるで西洋の人形のような見た目をしている。フリルのついたシャツを着ているからなおさらだ。


 この地区で外人はまだ見ていない。瞳の色が薄い者もいたが、こんな金色の髪を持つ人間はいなかった。だとすれば外からの入り婿だという二人の父親からの遺伝だろうか。それなら兄と似ていなくてもおかしくはない。


 真信がそうやって双子を呆けて見ていると、姉のほうがその花のつぼみのような唇を開いた。


「このよそもんがっ、あんな化物バケモンなんで連れてきたんじゃ!」


「────ぉぉ?」


 可憐な口から飛び出した言葉は軒並みなまっていた。


 こんな田舎で育てばそれが当然だろう。だが見た目とのギャップが真信の思考をしばし停止させる。


 自分の口調がどれだけ相手に衝撃を与えたか、分かっていない様子で姉はふんぞり返って睨みつけている。その横の弟も同じように腕を組んでいるが、幼い見た目のせいで威厳は出ていない。


 ショックから回復した真信は両手を上げて降参のポーズを取った。


「ええと、化物って何のこと? あとお腹から降りて」


化物バケモン化物バケモンじゃ! なあ兄さま!」


「そうだよ姉さま! あの犬みたいな真っ黒いの。アレはぜったい良くないもんじゃ!」


 二人の主張に、真信ははたと気づいた。


「もしかして、深月のこと……?」


 狗神、という言葉は伏せる。

 黒い犬で化物と呼ばれそうな存在を、真信は狗神しか知らない。


 だが一つおかしなことがある。

 深月は緒呉に来てから──いや樺冴の屋敷を出てからずっと、狗神を出していないのだ。ならばこの双子はいったいどこで狗神を見たというのか。


 双子はようやく真信の腹から降りて距離を取った。

 まるで、こちらを警戒するように。


「あの顔だけの犬連れてるやつ、ミツキっていうんけ」


「そうだよ。深い月って書いて深月。ちなみに僕はまことに信じるって書いて真信だ。君たちは小里さんの家の子だよね」


 立ち上がり、にこやかにそう訊くが、双子は寄り添い真信を睨みつけるばかり。どうやらこちらを計りかねているらしい。


 子供の扱いは静音のほうが得意だ。役割分担を間違えたと後悔しながら真信は屈み込んだ。


 できるだけ、目線は近いほうがいいと思ったのだ。


「お姉さんのほうが菖蒲しょうぶさん、弟くんのほうがちがやくんだったかな? でもさっき、菖蒲しょうぶさんがちがやくんをお兄さまって呼んでたのはどうして?」


 できるだけ彼ら自身のことについて質問すると、二人は顔を見合わせおずおずと口を開いた。


「病院とか学校だと、私がお姉ちゃんなんじゃ」

「でもこの辺の人は、後に生まれた僕を兄って言うんじゃ。よう分からん」

「だからちがやはお兄さまで」

「だから菖蒲しょうぶはお姉さま」


「なるほど。ややこしいね」


 頷きながら、真信は新幹線で深月が言っていたことを思い出す。


 昔は今と逆で、双子の先に生まれたほうを弟、後から生まれたほうを兄というように区別されていたらしい。この集落のように古い迷信が残っていそうな田舎ならば昔の基準で双子を区別してもおかしくはない。


 そこまで考え、真信は嫌な予感に喉を鳴らした。


 双子を忌み子とする考えが存在する。

 双子は多産である動物になぞらえ通称『畜生腹』と呼ばれるなど、俗信が多い。特に男女の双子は夫婦子とされ、心中した者たちの生まれ変わりだとか、夫婦になりたがるとか言われた。


 双生児は珍しい。現代のように不妊治療等によって多産の確率が上がっていない時代ならなおのこと。だからこそ、異質なそれを忌む考えが根付き広まっていく。


 現代でも双子を特別視する傾向はある。双子は離れていても互いに互いのことを感じ取る精神感応があるのではないかなど、科学的に研究されている場合もある。


 だが昔の双子観は蔑視に傾いている。もし目前の彼らがそういう視線に晒されているのだとすれば……。


「どうしたマサノブ」

「どうしたのマサノブ」


 同時に呼ばれて顔を上げる。どうやら真信は押し黙ったまま俯いていたらしい。心配した二人が、さっきよりも近くに来ていた。


 真信はとりつくろうように笑う。


「ああごめん、ちょっとぼーっとしてたよ。もしかして家にいるとき逃げてったのって、深月を見て驚いたから?」


「あんなもん見たら誰でも逃げるじゃろ」

「そうだよ、めちゃくそ怖かったんじゃ」

「あっ、こっ怖くはないぞ」

「そうだった、怖くないぞ!」


 焦ったように言い合う二人に、真信は笑ってしまった。


「君たちが僕らを尾行してたのは、それを聞くため? だったら大丈夫。あの犬はお利口さんだから勝手に暴れたりはしないよ。安心して家にお戻り。帰りが遅いと、お兄さんが心配するんじゃない?」


 言うと、双子の表情が険しくなった。今度はちがやから喋り出す。


「……それはない。ねえ姉さま」

「うん。ヒイラギは私たちを嫌ってるから」

「僕らもヒイラギ嫌いじゃからお互い様じゃ」


「……仲が悪いの?」


「家の中じゃ悪口しか言わん。それにヒイラギは僕らを見張ってるんじゃ」

「夜中に起きると、いっつもこっちを見てる」

「あんな兄なんかいらない」

「さっさと緒呉から出て行けばいいんじゃ」

「そしたら二度と会わなくてすむ」


 双子が同じような声と調子で喋るので、真信は今どちらが話しているのか分からなくなってしまう。しいて言えば弟のほうが少し口調が柔らかいくらいか。


 どうやら兄弟仲は良くないらしい。


「じゃあ、お父さんは……?」


「あんなの父親じゃない」

「居なくても同じじゃ」

「今すぐ死ねばいい」

「ブタの餌にでもなればいいんじゃ」


 散々な言われようだった。小里家は兄弟仲どころか、家族仲も悪いらしい。

 そんなところで八日間も過ごすことになる真信としては複雑な気持ちだ。深月に害が及ばなければいいが……。


 とそこで、真信は自分たちがこの地区にやって来た理由を思い出した。不和を抱えた家族をどうにかすることが目的ではない。真信たちはこの地区で行われようとしている何かを止めに来たのだ。


「ねえ君たち、最近この辺で……よそ者を見なかった? いや僕らじゃなくて」


 双子が一斉に真信を指差すので、真信は首を横に振って再度問う。


「そうじゃなくて、なんだかコソコソやってる怪しい人達はいない?」


「そんなのいたらすぐうわさになる」

「SNSより早いぞ」

小里ぼくらはめっちゃ浮いてるけど、それくらいの話は耳に入るはず」

「だからいない」

「住んでるのは、何百年も前からここにいるようなやつらばっかじゃ」

「よそから来た新しい人間は、ラゴウくらい」


「ラゴウ……君たちの父親のこと?」


 小里おざと螺剛らごう。それが小里家の世帯主の名だったはずだ。もう十二年近く暮らしている人間でも、古い田舎ではまだ新しい人間扱いになるのか。ならばいったい何年経てば地元の人間としてカウントされるというのだろう。


 都会出身の真信からしてみれば、田舎の人間関係はひどく歪んで見えるのだった。


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