他者を信じる無数の選択

「おい、それ以上その銃口を向けると脳天ぶち抜くぞ」

 


 光が照らされていない死角から突如現れたのは同チームのケリーだった。



「私と彼の命を天秤にかけたというわけか」



 僕には理解しがたい不可解な笑みを浮かべるミスター・レン。



「さあ、君のその人差し指に力を入れなければこの少年は死んでしまうぞ」


「私か、彼か、どちらかの命を選ぶがいい」


「人を殺めることに慣れているのだろう?何も躊躇することはない」



 命の選択を課せられた彼、ケリーは無言のままレンを見つめる。





「一つ、質問いいか?」



 沈黙を続けていた彼はようやく口を開いた。



「お前が彼等を手にかけたのか?」



 彼等――すなわちそれは僕達以外の人間。教会の長椅子に今も座る住民。


 彼等全員が神に祈るように手を合わせうつむいている。僕達が話をはじめてから一度たりとも微動だにしない彼等はすでに命の灯火を消されていたのだ。



「そうだよ」



 柔和な声とは裏腹に残酷な行いについて淡々と話し始めた。



「私はただ彼等が願うとおりの行動に移しただけだ」


「私の立場は救済措置とも呼ぶべきものだからね。私達母国が自国を守ろうとするように彼等もまた己の命の帰還を乞う。ならばそれに答えないわけがあるまい」


「神に祈ることと自分の死を願うことは同等じゃない」



 自然と声をあげてしまったのは言うまでもなく良心という人間の奥深い場所から湧き出てしまったからだろう。



「私が聞いた話だと辛辣で現実的な現世からの逃避こそが宗教の第一歩だと」


「ふっ、その魂の救済をお前が担っているってわけか」



 身勝手な意味の取り合いで人の命の行く末を決めてしまう傍若無人っぷりにケリーは呆れていた。



「人間が人間の人生の指図をして何が愉しい?」



 レンは不気味な微笑をその顔から消し去り、今では真剣な眼差しを抱いている。



「これだけは言っておく」



 思いついたように静かに呟く。



「私は君達側ではない」










 聖歌が響き渡るはずの場に銃声が轟く。


 僕の前で力が抜けたように全身を床に預けるミスター・レン。


 僕の恩師として追い続けた彼が倒れたことに消失感や悲しみは一切生まれなかった。それは師として見ることが出来なくなったからではなく酷く現実的なものが理由だ。



「状況は?」



 現状を焦らずに伝えるというのは基本中の基本である。



「コンプリート。死者6名、昏睡状態が1名。周辺の危機管理レベル1」


「OK」



 ひとしきりマニュアル通りの確認を終えた僕達は日本国からの作戦終了受信伝達がされるまでそのまま教会内に居座ることにした。



「レンはいつ目を覚ますんだ?」


「ざっと半日ってとこだな。その前にはマザーからは連絡が来るだろう」



 マザー、すなわち日本国の軍部情報管轄区である。僕達は彼等の情報を頼りに作戦を進めていく。


 ミスター・レンはケリーの麻酔弾を受けたため僕達の前に横たわっている。



「狂っているとしか言えないな。殺そうとして助けるこいつの頭を覗きたいぜ」



 僕は誰にも話してこなかった過去とこの仕事を受けるようになった経緯を彼に嘘偽りなく全て話した。



「だが……平気なのか?」


「何が?」


「お前からしてみれば師弟関係でしかも命を救ってくれた恩人なんだろう?なら一層この事実を受け入れられないんじゃないか?」



 僕は今まで抱いてきた紛い物の彼の姿に失望しているとか、耐えきれない悲しみに明け暮れるとか、そういった苦しみは不思議と無かった。



「いやそれはないよ。たとえ僕が思うあの人の姿が違っても信じられないというほどじゃないんだ。何というかあの人の中にはああいった一面があったんじゃないかなってね」


「曖昧な答えだな。まっ、それがお前らしく人間味がある」


「例えるとジョハリの窓みたいな感じかな。自分が知っている自己とそうでない自己、他者が知っている自己と知らない自己。人の中のあらゆる真実を知っている人なんていないんだ」


「今回見つかったのがあいつの中の殺人者というイメージ、というわけか」


「まるで人間不信だ」



 僕の頭の中を言語化したものを解釈するケリーは笑いながら答える。酷く落ち着いた僕の状況もこれでようやく理解できたらしい。







「おっ来たぞ。マザーからだ」



 三時間程教会の中で待機すると右手の小型デバイスに受信が行われた。



――作戦遂行完了、各自帰還準備を行え――



「だとよ、俺がマザーに居場所とポッドの位置を確認するからそっちは準備に取りかかってくれ」



 僕達は生体反応がなるべく少ない場所に移動し、上空から落とされるポッドに乗り込む。そのままポッドをステルス機に回収され作戦が終わるという魂胆だ。


 ここで万が一敵意を向ける人間がいれば排除しなければならないという問題が発生する。しかし幸いなことに、この近辺は人間はおろか生体反応すら感じられない。



「よし、この教会にポッドを降ろすようだ。どうだ、そっちは終わったか?」



 僕はなるべく移動を楽に行うためにレンの体を背後に寄せ縄でくくりつけた。



「OK。こっちは準備万端だ」



 10分も経たないうちに回収機が到着し僕達は英国をあとにした。





 教会に残る永遠に神を乞う人々の姿が僕の目に焼き付けられて。

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