破壊

 僕達は目標国の上空防衛レベルを出来るだけ下げるのが目的。


 つまり、地上で戦闘を続けるのは占領するためではない。たかが陽動のために人が死んでいくのだ。



「今回はあの一際目立つ時計塔がホシだとよ。まっ、本当の意味のホシはあの塔の一階で呑気に話し合いをしてるんだと」



 今まで反政府団体の主格たる位に立つ人間の消滅を掲げて作戦が遂行された。


 今回は騎士団の核とも呼べる上層部が会合を行っているため、そのまま葬り去るのが作戦の最終的な目標だった。




「っし、じゃあこの辺で降りるぜ」



 瓦礫の山々が連なる中心部でステルス機下部のハッチが開く。


 二人ずつ搭乗している僕達のポッドはまるで鳥が信じられない速度で卵を産み落とすように英国上空で散りばめられた。




「あれがビッグベンか、かなりの高さだな」



 一際目立つ時計塔――ビックベン。時計台と呼ぶより塔と表現した方が適しているこの建造物は22世紀に入りさらに高さを増した。



 ざっと500mは超えている。



「あんなに高い塔を造っておいて何か意味があるのかな?」


「だって時計がメインの塔なのに、あんなに高い場所に時計を造っていたら時間なんて分かりづらいんじゃないの?」



 彼は現在地をサイコロ状の小型デバイスを掌で弄びながら確認する。



「一つの見方だからそうなる」



 彼は周辺の土地の地理感覚を頭に叩き込みながら語り始めた。



「あれは時間を確認することだけが目的じゃない」


「このご時世ならよく分かるよな」



 自由放任に生きる彼等は自由を代償にするだけあって請け負うものも大きい。労働の際に時間を代償にすることで賃金を得る、そういったバランス、天秤の釣り合いがこの世界では重視される。


 つまり自由を求めすぎた彼らが代わりに失ったモノ。それは希望だった。


 経済を自由化させたことで(無論僕たちの貿易の影響もあるが)、自国の為替相場、株価は破綻してしまった。


 その時、彼ら英国人が見出だそうとしたモノ。それはすなわち絶望からの脱却だった。



「要は彼らが願ったモノが具現化した結果ってことだよね」


「ご名答。どこの国も同じようなもんだよな。俺の国はちっぽけな脆くて壊れそうな小さな幸せを望み、こいつらは目に見えないがきっと見つかるだろうと信じてあの時計塔の増築を進めた」

 


 天へと続く高みを希望だと唱える彼等は僕たちの国とは対照的に見える。どちらが幸せかは僕からは何も言えないけれど。



 テムズ川上流部の比較的植物園が多いエリアを北に抜け出し、街の姿を現す。



 上空から見下ろした時よりも混沌に包まれた街並み。


 原形を留めていない石碑と建造物が入り交じり、遠くまで見渡せる程の荒れ地と化した地獄。



「ここまで破壊し尽くしていると、ただの内戦ごとの話じゃないぞ」



 僕も同意見を抱くほど粉々な街。



「奴等はこんな戦力持ち合わせちゃいない。考えてみろよ、いくらテロ組織といえども自国を破壊していたらそれこそ元も子もない話だろ」



 確かに奴等――テンプル騎士団は著しく戦力を拡大させたとはいえ自国の奪還が目的のはず。


 わざわざ自滅行為に至るはずがない。



「でもこれじゃあ僕達は来る意味が無かったんじゃないか?」



 彼は無言で頷き思考に集中する。


 やけに静かすぎる荒れ地。僕たちのように各地へと拡散した第一小部隊の生存が感じられない。普通なら銃声が聞こえ人の居場所が分かったが、今はそれさえ皆無。彼と二人タッグであることに少量ながらの安堵を覚える。



「とりあえず進むぞ」



 ようやく沈黙を破った彼は積み重なる瓦礫の山を歩き始め僕もそれを追っていった。






 右手のミサンガ式ウェアラブル端末から空中に投影される地図と日本国から送られてくるルートに沿って作戦を進めていく。


 作戦といってもただ歩くだけだが。



「歩いても歩いても見渡せる光景は変わらないな」



 広大な荒れ地に舞う塵が行く末の光景を眩ます。まるで砂漠の砂嵐に遭ったようだ。



「しかも生存者は0。周りは死体だらけときた」


「こりゃなんだ、カミサマは俺らに正真正銘の地獄を見せたいってか」



 宗教という言葉自体が死語となりつつある僕らの国、日本。



「僕らの行いが正しくないという判断をすればそうなるだろうね」


「そうかいそうかい」



 冗談と皮肉を混じる普段のような語り合いが出来るほど僕の心の余裕は無かった。


 ただ一つ腑に落ちないことがあった。それは彼も同じようで、



「ああ確かにそうだ。これはあまりにも奇妙というか理解できん」







 僕と彼は生命反応が点滅する唯一の場所、すなわち教会密集区画に到着した。


 合理的に世界を下す僕らと対をなすように彼等は偶像崇拝を重んじる。


 彼等は神に安寧と安らぎを求めるためにこの場所に来ているのだ。


 まず状況を察知するには自国の情報だけでは埒があかない。そのために僕らは毎度地元住民に話を聞く。勿論、抵抗したり敵意を出したりしなければこちらも危害を加えたりはしない。



 住民がかろうじて生存しているだろうと予想してきたものの静寂に包まれたこの空気は今だ変わった気がしない。



「あの教会からだ」



 数少ない生命反応のうちの一つであるイギリス国教会。



「僕は正面から行く」


「なら俺は裏へと回る」



 僕達は注意を散漫させるために分かれて突入する。


 僕はなるべく足音をたてずに、人一人入れるだろう扉の隙間から中をうかがう。


 中央の大広間の左右には巨大なステンドグラス、屋根には幾つかの神が描かれている。


 手中にある小型デバイスから彼の受信が執り行われる。



『状況は?』



 ここまで接近している中で声を出すことは不可能。ゆえに指先だけで伝わる合図をデバイスに送る。簡単に言えばどの指で何度、何周期叩いたかである程度の情報は送ることが可能になるということだ。



『正面中央広間に7名の民間人有り』



 木製の長椅子を左右対称に座る住民らしき人々が6人。つまり3人左側の椅子に、3人右側の椅子に座っている。


 残る一人は屋根に繋がる荘厳なパイプオルガンの前に佇んでいる。黒色のローブを被り、手には彼等の教書らしき本を持っている。

 左右に連なる壁画が彼を神父と想起させる担い手の触媒となっているようだ。



 何処からか声が響き渡る。



「了解。これからプランβを開始します」



 落ち着きがあり滑らか、神父という位に至るのに十分な経験と知識を兼ね備えたように思わせる声だった。



 その時だった。



 脳内にノイズの嵐と痛覚が麻痺するような痛みが暴れまわったのだ。記憶が掘り起こされるような感覚に近く、脳裏にあの時の光景が映し出されていた。


 それは荒廃し焼け果てた大地、暗雲が立ち込め一日中闇夜に過ごす日々。灰と塵が己の肺に侵入し、やがて全身を蝕んでくる痛み。



 僕の幼少時代、生まれ故郷だった村はいつのまにか全焼していた。両親はともに僕を生かすために最善の策を練ったらしく、その代償として他界した。


 あの時、炎と灰に埋もれた僕の村には黒色を纏った旅人が来訪していたのだった。









 僕が自分が置かれている状況に気づいたときには一足遅かったようだ。



「まさか君がここに来るなんてね」



 僕を助けてくれた恩人でありかつ師であったミスター・レンの姿。


 彼は黒い物体をこちらに向けているにも関わらず、穏やかな表情だった。



「動かないでね。そうしないと引き金を引くことになってしまうから」



 黒い物体――護身用のオートマチックリボルバーだった。



「なぜあなたがそのローブを着ているのですか?」


「それに……ここで何をしているのです?」



 僕は因縁の相手が僕自身を助けたその矛盾に違和感を拭えなかった。



「質問は一つずつにして欲しいな、思考の順序が分かりづらくなる」


「一個目に関してはここで答えろと言われてもすぐには答えられない。何せお役人さんが口を酸っぱくして言う程だからね」


「だが二個目は語ろう。すなわち私の仕事は単なる監視と調査だ」


「具体的な内容は国家秘密だ。知っているのは多くても10人程度だろうね」



 相手を考えて話すスピードを変えられるのは彼の特徴とも呼べる。


 そんな特徴を保ちながら淡々と話し続ける。



「では次に私からの質問は良いかな」



 国内で会話を行う際と同じなのだが、ただ一点違うものがある。それはを心の奥深くから垣間見得ることだった。



「君は、いや君達は彼らが幸せだったと思うかい?」


「宗教にまみれ、空想上の人物を崇めようとした彼等は幸福だったのかな?」



 彼の言葉には段々と冷たいものが積み重なるような気がした。心の冷え、まるで人間なのかを疑うほどの良心の欠けが原因なのだろう。



「僕は幸せだったと思います」


「それは何故?」



 言葉では言い表せないもどかしさ。分かっていても他人に伝えられない苦しみ。僕の心が荒らされるような予感がした。



「分かりません」


「ただ僕には彼等が不幸だったとは一切思うことが出来ないのです。理由は無くても幸福だったと感じる。それが僕の意見です」



 彼はさぞ面白そうに、弄ぶように僕の言動を頭に刷り込めていく。



「理由は見つからないが、それでも思ってしまうか……いや信じてしまうという喩えの方が適しているかな」



 彼は不敵な笑みを見せつつ呟いた。それは自らのあきない探求心に身を任せているようだった。



「ありがとう。君の、いや君達のおかげで良いものが見つかった気がするよ」



 いつの日か、恩師の顔が僕の目に映される。



 何もかも教えてくれたあの時の温和な表情。




「おい、それ以上銃口を向ければ脳天ぶち抜く」



 教会の裏ドアから現れたのはケリーだった。 

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