秩序を代償に自由を得る

「ったく、なげえ旅だな。同じ体勢を長時間なんて血行が悪くてたまんないぜ」



 僕の背後で愚痴を溢す彼は、今回の目的地までの長距離が気にくわないようだ。



「三時間で着くんだから良いだろ。ちょっとは我慢しなよ」



黒色の卵を抱えて飛ぶ長距離型ステルス機は音もなるべく最小限に保つ。


 上空から見える地上の風景は、青一色の世界から緑園、褐色の大地へと様々に変化していく。



 今回の舞台はヨーロッパの国々から隔絶された英国。


 過度なレッセフェールを持続させてしまったこの国は金融、経済と共に流通バランスが崩壊。



「自由こそが全てだと過信した結果がこれかよ。無様というか、むしろ何だか可哀想に思えてくるな」


「同情しているのかい?」



 僕の問いは悩む必要も無いほど簡単なものだったらしい。



「はっ。笑わせないでくれよ、俺はこいつらとは真逆の人間だ」



 彼はスパルタだらけの奴隷生活を課せられた。つまりここの人間達とはまるっきり逆の立場の人間だということだ。



「だが……」



 嘲け笑っていた彼は一瞬のうちに別人へとすり変わっていた。



「雨と鞭のコントロールがここまで難しいんだな。それじゃあ、世界も可笑しくなるわな」


「これは俺達が悪いのか?それともこの世界が悪いのか?どっちなんだよ」



 僕は彼の独り言のような呟きをどうしても独り言にだけ留めておくのは出来なかった。



「僕は僕達、人間が原因なんだろうと思うよ」



 彼は無言のままでいる。



「自由にするのも、制限や束縛するのも僕達人間が下すこと。だって自由というアクセルにブレーキを付けるのは製造者、つまり人間の仕事でしょ?」


「僕達が自由やそうでないものを作り出しているんだから」



 緑豊かなブドウ畑を抜け、再び青海原に投げ出される。



「隣のお国はこんなに平和だってのによ」



 彼の言うとおり僕たちの目指す英国の隣の国は、穏やかな風と人の流れとでまさに平和の象徴だと断言できるほど。



「けど、ここまで無防備だとむしろ危険じゃない?」



 僕は合理的かつ将来的な意見を唱えてしまうこの性格がとても無粋に感じられて堪らない。



「領空にはレーザーなし、地上からの攻撃も考慮されていない」


「確かに外見からじゃ危険すぎて、今の俺じゃビクビクしながら生きるに決まってるな」


「だが、今の俺だ」


「俺たちの国、つまり日本があそこまで敵国に敏感にならなかったら俺はここまで怯えることは無いだろうさ」


「その点、俺達は不幸だな」



 普段通りに幸福を語る彼はかなり饒舌になっていく。


 僕の方も他国の状況を知らずにのうのうと生きる彼等のような生き方も幸せだと知った時には、新しい知が増えた喜びが現れた気がした。そして同時に僕がある意味幸せじゃないということすらも。



 彼と僕との客観的な話は新たな知見を生み出す。


 幸せという概念も僕独りではここまで考えるとは出来なかっただろう。







「見ろよ、陸地が見えてきたぜ」


 10分も経たないうちに再び陸が現れたその光景は忘れがたい。


 湾岸に近い浅瀬の海は茶褐色、黒色などの大小さまざまな物体に覆われ、内地は炎と瓦礫の山。


 元々煉瓦や石で造られた教会、家々が連なっているこの国はもはや原型すら留めていない。


 緑地すら見えないこの景色は一面一色灰色に包まれたものと喩えても過言ではないだろう。


 正直、今までの景色を思い出してもここまでの光景は見当たらない。



 だから僕は絶句した、ただただ何も言えずに傍観することしか僕には出来なかった。




「こりゃ、ひどいな」



 とうとう同じポッドに搭乗するケリーが口を開けた。



「ここまでのは一度も無いぞ」



 僕と同意見の彼がいる、そんな些細なことでも安心出来てしまう程、僕の心は削られていたのかもしれない。



「恐らく奴等が原因だろうさ」



 奴等――武力と権力の欲求に駆られ暴走徒へと変貌したテンプル騎士団。



 この作戦に向かう前、つまり僕達の国は僕達だけでは生きていけないと知ったとき。











「何故だか分かるよな?」



 食糧自給率があまりにも低すぎるという現実を突きつけられてもなお、平気で生きる日本の住民。


 安寧秩序という惑わしに狂わされた国民。


 サバンナのようないつ死ぬか分からない境地に自ら身を投げ出す者はいないだろう。


 つまりは答えはそういうことだ。



 僕は散乱した一つ一つの考えを紡ぎ、言葉として口に出そうとしたときだった。



「見ろよ。今度もまた大国だぜ」



 モニターに表示された『英国』という文字。

それに付随するように続く番号を見ると、



「今度は第一小部隊だとよ。こりゃ疲れるぜ」



 第一小部隊――第三小部隊の奇襲を気づかせないための囮役。銃口、又は敵意を向ける人間の処理がメインで、それ以外の無抵抗である住民には何もせず無視するままで良い、というのが作戦だった。ただひたすら人を殺めないことだけが僕にとっての助け船だった。それほど僕はこの部隊は苦手だ。何せ目の前で人が死んでいくのを何百回と見るのだ、気が持たないというレベルで語れる問題じゃない。


 と、内心これまでの経験上最大で最悪になるだろう作戦だと予見していた僕に、



「イギリスっちゃあ、テンプル騎士団だな」



 聞き覚えがある言葉が彼の口から溢れる。



「僕もどこかで聞いたことある」


「当たり前さ。ニュースで酷く報道してるしな」



 そうだ。この右手のウェアラブル端末のトップ画面によく目にする名前だ。



「『常設化したテロ組織テンプル騎士団』ってな」



 テンプル騎士団――一度は世間から遠ざかった彼等は世界情勢が不安定に傾くうちに加速度的に勢力を拡大していった。



 彼は一息ため息を漏らし呆れた仕草でその理由を僕に教えてくれた。



「テンプル騎士団がどんな奴等かは知っているか?」


「確か……反政府過激派組織の」



 僕がそう言い続けようとしたとき、彼はまた真実を知っているらしく僕の言葉を遮った。



「違う違う、それは民間情報の上っ面だけ」


「重要なのはどんな奴等がいるかってことだ」


「まっ、すぐに答えは出ないだろうからな。今答えてやるよ」



 どんな奴等、すなわちどんな階級かということだろうか。







「奴等はただの一般市民だ。それも善良のな」

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