第29話、神様の持ち物

 今の時刻は21時半。本当ならこれから南雲に術を教えてもらうはずなんだけど、さっきのやりとりで時間くったうえに明日は朝から霊能科総出で妖怪討伐しに立ち入り禁止区域に向かうため、早く寝ないと教師がうるさいんだとか。


 そんな訳で明日になりました。ものすごく残念。早く明日にならないかなあとか思っていた俺だがそれよりも。


「最近、討伐系の依頼多いよな。なんかあったの?」


 そう、それなんだよ。


 学園に来た当初に奥ヶ咲が大怪我を負ったあの件以外、この2週間で立ち入り禁止区域内の妖怪達に目立った動きもないし、区域内に侵入した大物の妖怪もあれ以来見かけないと聞く。


 そのときは困ったことに探知機兼守護結界が粉々に破壊されてしまいどうにもならなかったためその後かなりの強度な結界を張ったらしく、探知機も誤作動がないように一番外側のものだけ念入りに点検したとのこと。


 粉々に破壊してくれちゃったのは予想通りっちゃあ予想通りのあの二人。会話を聞いてた限り夫婦っぽかった、奥ヶ咲が戦いに敗れた二人の妖怪だ。


 つーか、一番外側だけじゃなくて内側にあるやつも点検してくれよと言いたいとこだが俺の言いたいことはそこじゃなくて、学園にくる依頼は今んとこギリギリ二桁いくかいかないかってくらい少ないってぼやいてた南雲を知っているから不思議に思ったんだ。


 霊能科の入り口にある依頼用掲示板を南雲と一緒に俺も見たけど、総出で行かないと達成できないような難しい依頼はざっと見る限りなかったはず。不思議でならない。


 俺がしばし考え込む動作をしていたら南雲がおもむろに口を開いた。


「……討伐系の依頼とは少し異なる」


「は?だって南雲、昨日は討伐系の依頼だっつってたじゃん」


「教師に口止めされてたんだ。普通科の生徒に余計な混乱を与えるな、とな」


 ソファに深く座り直す南雲。微かにソファの軋む音が部屋に響いた。


「それはつまり、混乱を招くような深刻な事態になってるってことか?」


「まあ、そういうことだな。だが僕は、お前は冷静に物事を見極めるフシがあるから大丈夫なのでは、と思った」


 そこでいったん区切り、


「だから話す」


 どこか射抜くような視線をこちらに向ける。


「…………勿体ぶらずに言えよ。なんか、こっちがモヤモヤするわ」


 多少の緊張感を漂わせて先を促す。


 南雲もそれに応じた。


「奥ヶ咲が敗れた相手の妖怪どもを探索して早いうちに討伐するのと、それとは別の強い妖気を追うこと。この二つが目的だ」


 なるほどな。確かに、前者の件なら普通科の、特に女子生徒が混乱しそうだ。


 奥ヶ咲はあのとき、戦いの最中あるいは敗れる寸前に学園に念話を送ってきた。よほど焦っていたのか、霊能科だけでなく普通科の生徒にまで念話が送られたもんだから女子寮ではパニックに陥っていたと聞いた。


 そのパニックになった原因が森の中にいるかもしれないとなっちゃあ、それを聞いた大方の女子は取り乱したりするだろう。


 なにせ、奥ヶ咲が戦いに敗れたうえに学園で最強を誇るあの南雲が取り逃がしたんだからな。そんな相手がどこかに潜んでる可能性も否めない訳だから混乱するのも無理ない。


 大方、学園側も対策を練ってる上で霊能科を動かして少しでも早くあの一件を解決させようって魂胆だろう。


 だけど………


「気休めにしかなんないと思うよ。あの二人が森に表れた形跡も、森から出た形跡もないのに探しだすなんて無茶な話だ」


 残ったのは黒焦げになった焼け野はらのみ。それすらも何の手がかりにもならない。


 南雲も何の反応もなく神妙な面持ちなところを見ると同じ意見っぽい。


「まあ、学園長が動けばすぐに解決する気もしないでもないが……」


 学園長も神様を召喚できるほどの実力の持ち主だ。きっと何かしら手がかりを掴めるような特殊な術を使えるかもしれない。だがしかし。


「アレだもんねぇ……」


「アレだしなぁ……」


 普段ゲームばっかやってるから、力が強くても色々と信用できない………


 心が通じた瞬間だった。


「で、もうひとつの別の強い妖気を追うって?危ない気配なの?」


「危ないと言ったら危ないな。先日、僕のクラスのみ妖怪討伐しに行ったときにクラスメートが見つけたんだが、人間の力ではない力を発するものだったんだ」


「へえ、どんなもの?」


 制服のポケットから何かを取り出す南雲を見て、まさかと思う。


「それがここにある」


「またお前はあぁぁぁぁっ!!」


 人の物盗っちゃいけません!!


 つーかそんなものどうやって持ってきたんだ!?教師が預かってたりするだろ普通は!!


「持ってくるのに苦労したよ。ありとあらゆる手段を使っても教師の目を掻い潜るのは勇気がいる」


「そんな勇気はドブに捨てろ」


 いらん冒険すんじゃねぇ!


「まあ過ぎたことは致し方ない。これを見てくれ」


 ハンカチで包んであるそれをこちらに向けて見せる南雲。オイコラちったあ反省しろおぉぉぉぉっ!!


 少しも反省の色を見せない南雲に怒りを通り越して呆れてきたとき、ハンカチの中から顔をだした物に表情が固まった。


 表情だけでなく、今いるこの空間全てが石のように固まってしまったのかと錯覚するほどに目の前にある物に見入っていた。


 それは俺のよく知るもの。だけど、間違ってでもこんなところにはないはずのもの。


 深紅に燃え盛る炎が描かれてるビー玉くらいの大きさの丸い玉。


 それはいつも大事に持ち歩いてる焔の戦神様の力が籠められてるものだった。


「急に固まってどうしたんだ?見覚えがあるのか?」


 いきなり目を見開いて驚いたもんだから南雲がびっくりしちゃったみたいだ。


「お、おう!見覚えはないけど綺麗だなーって思ってさ!」


「そうか。柳なら何か知ってるかもと思ったんだがな。仕方ない、僕が持っててもあまり意味はないし、ちゃんと返しておこうか」


「いやいやなんで俺が知ってるかもって思考になんの!?」


 とっさに出た嘘に南雲は気づかず、俺も必死で動揺を隠していた。


 …………どうして神界にいるはずの神様の私物が人間界に在るんだろう。



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