これが日常とか拷問だろ!

第3話、いきなり死ぬかと思った

景色が、空気が、世界が、全てが変わるのは一瞬だった。


生活の一部となっていた日本家屋が建ち並ぶ神界の景色から一変し、俺の髪と同じ色が辺り一面に広がった。


白い雲。青い空。キラキラと輝く眼下の森。



………………あれっ?と思った次の瞬間には俺の身体は急降下した。



「ぎゃあああああああああ!!!!」


待って待って待って!ちょっと待って!!ヤバイってこれ!!


なんで俺空中に投げ出されてんの!?意味分かんない!!学園の前に降りるはずが何故突如として紐なしバンジージャンプをするハメになってるんだ!?殺す気かよ!!


ぐるぐる頭の中で考えてる間にも真っ逆さまに落ちていく俺の身体。風がびゅうびゅうと吹き荒れて肌が痛い。


白狐の馬鹿!座標が違うでしょうよ!ちゃんと地上に降ろしてくれよ!空に投げ出されても俺飛べないからね!?羽根なんて生えませんからね!?とかいってる間に地面とコンニチハーーー!!!


どっしーーーん!!と、それはそれは見事に着地に失敗し、頭が地面にめり込むというあり得ない事態に陥った。やべぇ窒息死する!


「し、死ぬかと思った……」


どうにか地面から脱した俺。ゼハゼハと肩で息をしている。心臓バクバクいってる。そしてドキドキしてる。あ、恋愛のドキドキじゃないよ。恐怖のドキドキだよ。


紐なしバンジーで恋愛のドキドキ感じたらマゾだからな。俺は変態じゃない。


「いてて……ここどこだよ」


地上に着地、いや落下したことで改めて周りを見回す。どこもかしこも木々で溢れ返ってて学園らしきものは見当たらない。マジでどこに降ろしやがった白狐!


初めての人間界で初めての迷子になったぞ。新生活開始1分で迷子て。最短記録達成やん。うぇーいやったね!はっはっは!


笑ってる場合じゃねぇわ。とっとと学園探さないとな。つーかこれどっち行けばいいの?一面緑で方向感覚バグってるんすけど。


「……とりあえず真っ直ぐ行ってみるか」


制服についた土を取り払い、鞄とトランクを持ち直して歩き出す。


誰か近く通ってくれないかな。学園の生徒とか生徒とか教師とか生徒とか。もし誰も近くにいなかったらめっちゃ不安。ここホントに学園付近なの?って。


「いや、学園付近だとは思うけどなぁ……」


ちょっと降ろす場所を間違えただけでちゃんと学園付近にいるのだと信じてますよ白狐さん。


ガサガサ、ガサガサ。


ザァァァ……


俺が地面を踏み締める音と風で葉の擦れる音だけが森に響く。……なんかここ不気味だな。妖怪かなんか出そうな雰囲気。


「……な、訳ないか。学園の近くに妖怪なんて……」


へらっと笑いながら自分の考えを流そうとしたそのとき。がさっ、と一際大きな音がどこからともなく聞こえてきて足を止める。


耳をすましているとそれはこちらに近付いてきていた。しかも物凄いスピードで。


一気に緊張感が高まる。ドッドッドッと心臓が暴れまくる。咄嗟に木陰に隠れ、神経を研ぎ澄ませた。すると段々と近付いてくる2つの気配。


うちひとつはぴりぴりとした異形の気配を感じる。


えっ!?この気配妖怪じゃん!……ってちょっと待って!もうすぐ近くにいる!


なんで妖怪がいるの!?ここ学園の近くだよな!?まさかの妖怪と出会しちゃうパターン!?いやぁぁぁ助けてぇぇぇ!!


心の中で嘆き叫んでいると、俺のすぐ側で空を切る音がした。


びゅおぉっ!!と目にも留まらぬ速さで突っ切っていった何か。そしてそれを追うように再び何かが駆けていった。


瞬間的に視界に入ったのは、綺麗な金色の髪だった。


「もう逃がしはしない」


少し先に進んだところで足を止め、前方に長方形の紙切れを……否、陰陽師の必須アイテム・護符を構えた金髪の男。


「邪なる者に制裁を。水連刃(スイレンハ)!」


詠唱が終わるのとほぼ同時に金髪の男が構える護符から水の刃が波紋を広げるが如く出現し、前方を走る角を生やした異形の者に襲い掛かった。


「ウギャァァ!!」


水の刃は容赦なく切り裂き、最後には跡形もなく消えてしまった。


一部始終を傍観していた俺は訳が分からず立ち尽くす。いきなりのバトルショーに困惑を隠しきれない。


と、そのとき。


金髪の男が出した水の刃の流れ弾、いや流れ刃?がこちらに急接近してきた。


「ひぇっ!?」


反応が遅れたせいでかなりスレッスレに避けた俺。盾代わりにした木に幾重もの刀傷が記された。


あっ……ぶな。めっちゃコエェ……


傷が残った木を唖然と見ていると、金髪の男がいつの間にかすぐ近くにまで来てることに気付いた。


「……誰だ?」


胸にずしんと響く重低音。


太陽光でギラギラと輝く金髪。


耳に沢山つけられたピアス。


鷹のように鋭利な深紅の瞳。


全身に浴びた赤い液体。


懐に携えてある刀。


極めつけには黒い着物。



人生初のヤーさんとご対面です。



「おいお前!」


「ははははいぃ!?」


めっちゃ睨んでる!怖い!!腰抜けるくらい怖い!!


「お前は人間か?」


「は!?」


なんで唐突に人間か否か疑われるの!?意味わからない!!


「今使った術は人間には反応しない。なのに何故お前を攻撃した?」


わぁ怪しまれてるー!そうだよね!対妖怪用の術に人間の俺が引っ掛かるなんてまずないもんね!でも俺も原因わかんないから答えに答えれないなぁ!!


「人間に決まってんだろ!迷子になりそうなときにあんたが術なんぞ使うからこんなんなっちゃったんでしょうが!」


怖いながらも頑張って言い切った俺。


にも関わらず眼光は鋭さを増すばかり。


俺の言い方がいけなかったの?


数秒後、目の前の怖い男は俺をじろじろくまなく見て、信じられない一言をぼそっと呟いた。


「人間に化けた妖怪か」


「ちがぁぁぁぁう!!」


「何が違うんだ。陰陽師の使う術は人間に向けたとしても発動しない。それなのにお前には発動した。妖怪だとしか考えられない」


「斬る気かよ!!?」


刀を構えたよこの人!!人間斬ったらさすがにヤバくね!?


まさかの絶体絶命というやつ?こんな所で!?


咄嗟に逃げようとしたら術で拘束されてしまった。


身動きできない俺に斬りかかろうと突進する体制になる男。



誰も助けてくれないの!?


誰かいないの!?




誰か!誰か………っ!



脳裏に浮かぶのはもう会えない二人。


ああ、駄目だな俺。


こんなときはいつも二人を頼るんだもんな。


しかもそれが日常になってるときたら救いようのない馬鹿だよなぁ……



男が刀を降り下ろそうと一歩前に出たその時。


「雪……その人、人間」


何の音も立てずに静かに歩み寄って来たのは凛とした背の高い女の子。


長い黒髪はキレイに揃えられていて、ややつり目の紺の瞳には俺が映っていた。


「イオリ!……だが、こいつはこの俺の術にかかった。間違いなく妖怪だ」


「でも……」


少女は俺に近付き、俺の顔に鼻をクンクンさせた。


何故初対面の俺の匂いを嗅ぐ必要が?


「人間の、匂い、する……」


人間の匂いぃぃ!?


匂いで種族が分かるの!?


なんだそのスキル!


「そうか、イオリがそう言うなら人間なんだな」


しかも信用できるレベル!?


「おいお前。悪かったな、疑って」


「あ、うん、謝らなくていいから刀しまってくれるかな。あとこの術解いて」


何気に俺を拘束してる縄のせいで身体ミシミシいってるんだよね。感覚なくなってきてるから急いでくれないかな。


男は術を解く呪文を口にし、ようやく身体の拘束を解いてくれた。


「あぁ~、やっと解放され……いだだっ!?」


自由になった身体。だが伸びをしたら両足にズキーンと痛みが走った。


パニックになる寸前、そういえば今までずっと歩きっぱなしだったことを思いだした。どれだけの距離を歩いたかは分からないが、体内時計では一時間は経っていた。


歩きすぎて足が痺れていたことも思いだし、先程の痛みに納得した。


「どうした?怪我をさせてしまったか?」


しゃがみこむ俺の顔をのぞきこむ男。殺気を含んだ数分前の般若みたいな怖い形相でなく心配さを声に滲ませた焦り顔がそこにはあった。


さっきとはえらい違いだな。別人かと思ったじゃねえか。


「大丈夫。歩きすぎて足が痺れてるだけだから!」


笑ってるけどけっこー痛い。


「は?歩きすぎ?」


「うん、学園に行くためにずぅっと向こうから歩いてきたんだ」


そう言って歩いてきた道を指差す。


平然と言う俺を凝視した後何故か驚きの表情を浮かべる男。ちなみにイオリと呼ばれた凛とした顔の彼女は影に溶け込んでるかのように空気な存在となって俺をじーっと見つめていた。いやん 、そんな見られると恥ずかし。


「立ち入り禁止区域から出てきたのか?あっちは妖怪が沢山いるのに、よく無事だな」



白狐ぉぉぉぉっ!?どこに降ろしてくれちゃってたのぉぉ!?


立ち入り禁止区域って!立ち入り禁止区域ってぇぇ!!



下手すりゃ妖怪と遭遇してバトっちゃってたよ!!殺されるか喰われるかだったよ!!怪我は絶対してたよ!!!白狐の馬鹿ぁっ!人間の子供を危険に晒さないでよぉっ!!



「あっち行けば、道路、あった。あっちから、来れば良かった、のに……」



ここでいきなり空気な存在の彼女、イオリちゃんの静かな声が聞こえた。あっちと言って指を差す。



あのクソ狐……わざと森の奥深くに着地させやがったのかよ。



「危険区域、校則で、駄目……罰、ある」



ところでイオリちゃん、辿々しい言葉遣いだと理解するのに苦労するんだけど直すことはできないのかな。


「立ち入り禁止区域に侵入するのは校則違反で、侵入した生徒は罰則がある、とイオリは言ってる」


通訳ありがとう金髪くん。


「今うちの霊能科1年は授業で妖怪を祓うために立ち入り禁止区域に入る許可がおりてるが、お前は編入してきたばかりなんだろう?」


「おう。普通科の1年に編入してきた柳 爽だ」


あれ、今なんか妖怪祓うとかなんとか聞こえたけど、まさか普通科ともう一つの学科って陰陽師とかが通うとこ?


おいぃぃぃ嵐武様!?肝心な情報が抜けてまっせー!!


「普通科か……罰則はあるな」


あれ?今のは流れ的に男の方も自己紹介してよろしくする場面じゃない?おかしいな、学園が舞台のマンガではそんな感じだったのに。


え?神界にマンガなんかあったのかよって?


うん、沢山あるよ。


なんか白狐と嵐武様が人間界のことはこれを見ればだいたい分かるとか抜かしやがってもうほんっと沢山のマンガをずらりと並べてくれちゃってた。


白狐が時間をかけて月に何回かに分けて人間界の書店に買いに行ってたらしいよ。そこまでしなくても良かったのにね。おかげで毎日読書三昧だったわ……目ぇ疲れて涙ボロボロでるまで。


「とにかく、ここもギリギリ立ち入り禁止区域だから学園まで行くぞ。こんなとこじゃあ迷うだろ」


救いの手が!迷子の子羊に救いの手が差し伸べられたっ!


金髪くんの右手をかたく握りしめて「ありがとう!助かった!」と言ったら頬が若干赤くなった。熱でもあるんかな。


「雪、照れてる……可愛い」


「はははあ!?てて照れてねーよ!ほら行くぞ、柳!」


「お、おぃっす!」


そうか、照れてる顔だったのか。表情コロコロ変わるなぁ。パッと見は恐くて厳ついヤ◯ザのくせに……確かに可愛くないこともない。



俺が進む道は学園への道のりで合ってたらしく、また前に歩き出した。


でもゆっくり歩いてってお願いした。まだ足が痺れてるからそんなにはやく歩けない。ビキィンってな感じに痛みあるもん。


「……ん?どしたの?」


ゆっくり歩いてる俺の隣にはいつの間にかイオリちゃんが同じ速度で歩いていて、制服の裾を小さな力で引っ張っていた。常に空気になってるから急に隣に居られるとびっくりするわぁ。


イオリちゃんは暫しの沈黙のあと、金髪くんに指先を向けて


「奥ヶ咲……雪」


次に自分に指先を向けて


「……イオリ。よろしく……」


自己紹介してない金髪……いや、奥ヶ咲の代わりに紹介した……のかな?


辿々しい話し方だけどいい子だな。


二人と一緒に向かってると学園までの道はそう長くなく、ゆっくり歩いていたはずなのに数分でついた。


神界に置いてきた数あるマンガに描かれているような馬鹿デカい鉄格子の門。その門の向こうには両端に花壇があり、少し先には噴水がある。


ここからでも分かるくらいキレイに手入れされている。


そしてその学園の物全てを覆い隠すようによじ登っても簡単に落ちてしまうだろう高い塀がセキュリティ万全だということを物語る。


だって目ぇ凝らして見たら監視カメラとか異常な数あるもん。霊能科とかあるくらいだし、ここらは妖怪が出やすいんだろうな。


さっきまでいた立ち入り禁止区域に霊能科の人が授業の一環で妖怪討伐してたぐらいだしなぁ……



「じゃあ俺達は戻るからな。あとは自分でどうにかしろよ」


しれっと言ってくれちゃったよ。


まあ、学園にはついたしあとはどうとでもなるか。ここまで案内してくれたことは感謝しないとな。


「ありがとー二人共!もう大丈夫だよ!んじゃ俺早く学園長室に行かなきゃだからもう行くね!」


門をくぐって颯爽と駆け抜ける俺に後の二人の会話が耳に届くことはなかった。


「は!?学園長室!?お、おい、大丈夫かあいつ……学園長っつったらアレだよな?俺らも一緒に行ったほうが……」


「今、授業。編入生、絶対」


「ああ、編入生とかは絶対最初に挨拶しなきゃいけないんだっけ。……可哀想に、学園長に気に入られる可能性大だなあいつ」


「…………」


「どうした、イオリ?ほら行くぞ。まだ授業中なんだから」


言いながら学園前から遠ざかる雪。慌てて雪の背中を追いかけようとしたイオリだが、立ち止まって爽の去っていった方を振り返った。



「……確かに………人、匂いだった。けど、それと……違う、匂い、混ざってた。……あの匂い、何?」


イオリは爽の匂いに違和感を感じてた。確かに人の匂いをしていたが、妖怪の匂いに近い、でもそれとも微妙に違う匂いを敏感に察知していた。


「……妖怪、人とも、言えない、微かな匂い………何者?」


去っていった爽を疑いの眼差しで見つめるイオリ。


その小さな呟きは、強く吹いた風に掻き消された。


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