第2話、いざ、人間界へ!

ああ……親になると本当変わったなって思うよ。


まさか自分が親バカという未知なるものになるとは思わなかった。そうか、これが親バカの心境か……


「嵐武神、さっきから何をそんな慌ただしくしてるんだ?見てて飽きないから一向に続けてくれて構わんが」


しまった、目の前に御叶神がいることをすっかり忘れてた。


当の本人は若干引き気味ながらも口元を押さえて笑いを堪えている。笑うなや殴るぞオラァ。


拳を握り締めて羞恥心で殺気を露にする。


笑いの衝動がおさまったらしく口元から手を離した御叶神は「面白いもん見させてもらったわぁ」と呑気に言う。


だがすぐに顔を引き締めて真面目な表情に戻った。まだ何かあるのか?爽の話だけじゃねぇのか?と内心首を傾げていると、御叶神は重々しく口を開いた。


「例の件はどうなってる?」


“例の件“と問われれば、あれしか思い付かない。


忌々しげに舌打ちして「進展なしだ」と答えると眉間のシワを増やした。


「そうか、まだ見つからないか……」


また暫しの沈黙。


さっきよりも空気が重い。


そりゃそうだ。爽のことよりも深刻な問題なんだから。


「早いとこ見つけねぇとな……手遅れになる前に」


俺がそう言えば当たり前だと頷く御叶神。


俺達の間に流れる重苦しい空気を和らげるように、またふわりと優しい風が舞った。




《爽side》



嵐武様に追い出された俺は、自分の部屋で学園に入学することについて思考を巡らせていた。


「明日、人間界に行くのかぁ……」


学園……か。どういう場所なんだろう?楽しみ半分、怖さ半分ってとこだな。


だって今までずーっと神界で暮らしててそれが当たり前の日常になってたのに、いきなり未知の世界に行かされるんだぞ?不安がない訳がない。


知らない世界で、知り合いが誰もいない場所で上手くやっていけるのか、物凄く不安だ。自分で言うのもなんだけど対人関係は良好な方だと思う。けどやっぱ不安な気持ちはまとわりつくんだ。


畳の上に敷いた座布団の上で胡座をかいて座っていた俺はごろんと横になる。


慣れ親しんだこの畳の匂いとも明日にはお別れか……


不思議と何も感じないのは実感が沸かないからだろう。あまりにも唐突すぎて頭では理解してるのに感情が追い付かない。


ぼんやりと縁側の先にある庭を眺める。


嵐武様の部屋からは柳の木は右側寄りの景色だけど、俺の部屋からは目先のど真ん中。つまりは嵐武様の隣の部屋である。


沢山の花が一本の柳の木に寄り添うように咲いている。


ヤナギにも色々種類があるが、ここにあるのはシダレヤナギという枝が垂れ下がってるやつだ。風が吹く度にゆらゆらと揺れて自然の音を奏でるそれは妙に神秘的で、ここから見えるその景色も静かな自然の音も結構好きなんだよね。


瞼を閉じて心地良い音色を聞いて楽しんでいたとき、襖が開く音が耳に入って目を開ける。


「失礼します、爽……昼寝したら夜眠れなくなりますよ」


寝転がっている俺を見て呆れたような声色でやんわりと叱るのは嵐武様の神使・白狐。


襖を閉めて俺を起こそうとしたのが気配で伝わり、ゆったりと起き上がった。


「寝てないよ。横になってただけ」


首だけ後ろを向けて眠ってはいないアピールをすれば、白狐は目元をゆるりと細めて俺の隣に腰を下ろした。


「嵐武様から聞いたんですね、入学の件」


真っ直ぐ縁側に視線を寄越しながら俺に確認するように問う。


シダレヤナギの葉がサラサラ、さわさわと揺れ動くのを見ながらこくりと頷いた。


「明日でしょ、俺が神界を出てくのは」


「ええ。制服や身の回りのものは一通り揃えてあります。生活費もご心配なく。少し危ない橋を渡りましたがちゃんと稼いでるので」


「今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど」


正攻法で稼いだお金なんだよね?警察のご厄介になりかねない手段で稼いでないよね?今一瞬不安になったんだけど。


「爽なら友人が沢山できても不思議ではありませんね。友神も多いのですから」


疑いの眼差しをものともせず不自然に話題を変えた白狐。うん、そこは否定しない。それよりも。


「白狐が人間界で仕事してたなんて知らなかった」


「分身術を使ってますからね。わざわざ言う必要もありませんし」


「それもそうか」


二人してふふっと控えめに笑う。


俺達がこうして話してる間にもシダレヤナギの葉は風で揺らめく。縁側の戸は全開だから自然とこちらにも風が流れる。


俺の青色の髪と白狐の薄い金色の髪が微かに靡いた。


「……爽」


突然厳かな声色で呼ばれて白狐の方に顔を向けると、思いの外真剣な表情をしているので少し驚いた。


「いいですか。今から言うことは絶対に守って下さいね」


学園生活においての注意事項といったところか。


白狐の顔からしてとても真面目な話だと察したため、胡座をかいていた体勢から白狐と同じ正座になる。


「まず、盛った雌豚や獰猛な野獣と化した女共には近づかないこと」


「一つ目からおかしい!」


すかさず突っ込む。


「妙な性癖を持った野郎共にも注意して下さい」


「男女共に危険なの!?」


「理事長に会ったら必要最低限の会話しかしないこと。それ以外は逃げて下さい」


「どんだけ危険なんだよその学園!!」


俺の輝かしいスクールライフが早くもピンチなんですけど!?逃亡が必要って何事だよ!悪の組織か何かかよ!


「万が一、理事長や性欲にまみれたハイエナ共に捕まったときはこれを使って下さい。多少時間稼ぎにはなりますから」


そう言って俺の手に乗せてきたのは……どんぐり。


これでどうやって時間を稼げと言うんだ、という俺の視線に当然気付いてる白狐は懐からもうひとつどんぐりを出した。


スッと立ち上がり、縁側まで足を運び、その手にある物をぽーいっ!と投げ捨てた。


庭の上空に投げられたどんぐりは次の瞬間、ドォォンッ!!と大きな音を轟かせて爆散した。


「おや、思ったより威力ありましたね。運が良ければこれでイチコロです」


めっちゃ輝いた笑顔の白狐に身震いした。


たしかにイチコロだね。あの世に逝く意味でイチコロだね。


学園よりもあなたが怖いです。


「あともうひとつ護身用にこれを」


「まだあるの!?てか何この武器の山!全然ひとつじゃない!護身用っつってもこんなにいらねぇよ!」


「おいさっきのは何だ!?」


襖をすぱぁんっと勢いよく開けたのは嵐武様だった。さっきの爆発音を聞いて慌てて来たんだろう。


「爽に爆薬の使い方を教えただけですので嵐武様は気にせず仕事なさって下さい」


「そうか。爽に怪我がなけりゃいい。殺るなら頭狙えよ」


「俺を犯罪者にするつもりかぁぁぁ!!」


子供にそんなこと教えんな保護者!!


やらないから!たとえ明日から通う学園が危険地帯だとしてもそんな物騒なもの絶対使わないから!



だがしかし俺の意思に反して無理矢理持たされてしまった。


「あ、うっかり落とすと爆発するので気を付けて下さいね」


「なんちゅーもん持たせてんだ!!」


護身用と渡されたのは爆薬のみならず、長刀やナイフや暗器など様々なものがあった。学園に通うだけでこんな沢山武器を持つ必要はないと思うんだけど、でも持たされたからには仕方ない。白狐の言う通りにしよう。


絶対使わないけどね!!



その後白狐も嵐武様も仕事に戻り、俺は暇だったから黙々と勉強していた。


あっという間に外は暗くなり、月が空に浮いていた。


白狐が「晩御飯の時間ですよ」と知らせに来てくれたのでシャーペンを持つ手を止め、「今行くー」と返事して教材とノートを閉じた。


嵐武様の部屋に行き、食卓に並ぶ美味しそうな料理から香る良い匂いに涎が出そうになるのを堪え、自分の定位置に座る。


台所が嵐武様の部屋の隣だからご飯を食べるのは嵐武様の部屋なんだ。


白狐が割烹着を着てお茶碗を人数分乗せたお盆を持って台所から出てくる。


「先に手を洗いなさい」


「はーい……げっ、セロリ……」


「好き嫌いしない。ちゃんと全部食べて下さいね」


「うー……わかった」


一連のやりとりはまるで母子のようだが、一応誤解のないように言っておこう。


白狐はれっきとした男である。


俺より少し背が高く、男前なイケメンフェイスに骨張った身体。だがゴツイ訳ではなく男にしては若干華奢だが全然女には見えない。


趣味は家事だが男である。


人間界のスーパーの特売に常に目を光らせているが男である。


人間界の主婦達とたまに井戸端会議をしてるらしいがれっきとした男である。


食事を済ませ、洗い物を手伝い、一息ついた頃。


今の今まで空気と化していた嵐武様にチラッと目を向ける。


部屋の隅っこで死に物狂いで書類仕事を片付けている嵐武様。その頭上にはヒモに吊るされたタライがあり、中からぐつぐつと湯が沸く音と共に尋常でない量の湯気が発生している。


あれは昼間仕事をサボった罰で強制的にやらされているのだ。手を止めた瞬間ちょー熱々の熱湯が頭からバシャーッである。軽い火傷で済めばいいけど大丈夫かな。


ちなみにあの罠を仕掛けた張本人は嵐武様の存在を視界から消して俺と仲良く談笑中である。嵐武様の自業自得なので俺も放置。


その後どうにか仕事を終わらせた嵐武様に「なんで助けねぇ!?」と理不尽にど突かれて白狐が俺に当たるなと怒って嵐武様の頭を燃やして俺は笑った。



そんないつも通りの一日が終わり、翌日の朝。


白狐が起こしにきてくれて、寝間着から普段着の着物に着替えて嵐武様と3人で朝ご飯を食べる。


一番早く食べ終わった嵐武様が徐に立ち上がり、大広間の方へと歩いていく。そして戻ってきたときには手に何かを抱えていたので頭に?を浮かべた。


「学園の制服だ。食ったら着替えてこい」


渡されたのは白いシャツと黒いズボンと黒いネクタイ、そして白地に黒いラインが所々施されているブレザーだった。ブレザーの胸ポケットには金色で帝と刺繍されていて、白い線がカーブを描いてその文字の下でクロスしている。まるでそれを守るように。


今まで着物しか着たことない俺にとって初めての洋服だった。


「そっか、今日からだもんね……」


箸を持つ手が止まった。


昨日は何も感じなかったのに、制服を目の当たりにした瞬間“ああ、本当にここを出ていくんだ”と実感して、心にぽっかり穴が空いたような感覚に陥った。


「今は春休みですよ?私服でいいでしょう」


「馬鹿か!制服姿を一番に見たいっつー親心を察しろ!」


「なるほど確かに」


食事を終えたので二人が親バカ発揮してるのを他所に一人着替えにいく。隣の自分の部屋で人生初ブレザーに身を包むも思ったよりテンション上がらない。


今になってようやく寂しいと思ったからかな。でも寂しいと思ったところで俺が神界から出て行くのは変わらないし、この気持ちを二人に伝えたら困らせてしまうから何も言わない。


着替え終わって二人のもとに戻ってくる。


俺の姿を確認した二人は途端に真顔になり「うちの子は何着ても似合う」と嬉し恥ずかしいお言葉をもらった。


ちょっぴり照れてはにかんでいると、二人は光の速さでどこかへ行って秒で戻ってきた。その手にはカメラが収まっている。


「爽!そのままじっとしてろ!」


「表情を変えないで下さい!」


親バカーズによる写真撮影会が始まった。


あのカメラ、白狐が昔人間界で調達してきたものらしい。俺の成長を記録するために。幼少期からことあるごとに撮影会が繰り広げられてるのでもう慣れてしまった俺は言われるがままじっと時が過ぎるのを待つ。


しばらくしてから白狐が食卓に並べられた食器の存在を思い出して慌てて片付け始め、嵐武様は満足した様子で「現像しねぇとな」と呟いていた。



それから暫し時は流れ、俺は制服に身を包み学生鞄と服やら何やら入った大きなトランクを持って嵐武様の屋敷を出た。


傍には白狐がいる。嵐武様は他の神様達と会議があるから見送りに来れなかった。「俺も行くぅぅぅ!!」と駄々を捏ねていたけど白狐が嵐武様の頭を燃やして早よ行けオーラを放っていたため泣く泣く会議に出席した。


多分今回の戦のことかな。誰と誰が戦うのかは知らないけど、できることなら怪我しないでほしいな。無茶なお願いなのは百も承知だけど、そう願わずにはいられない。


「着きましたよ。ここが人間界と神界を繋ぐ場所、天通の鳥居です」


神界の北に位置する場所にある、とても大きな真紅の鳥居。遠目からしか見たことなかったけど横幅がすげぇ広い。20人くらい並んでも余裕じゃね?


目の前に聳え立つ鳥居を見上げて呆然としていると、隣から心配げな声がかかった。


「やはり私も一緒に行った方が……」


「ううん、ここまででいいよ。ついてきてくれてありがとね白狐」


確かに一人でここに入るのは少し怖いけど、白狐と一緒に入ったらきっと離れがたくなってしまうから。


甘えちゃ駄目だ。ここからは俺一人でどうにかしなくちゃ。


まだ心配そうにしているが、俺が譲らないことを悟って何も言わなくなった。


やがて小さくため息をついてから俺の名を静かに呼んだ。


「学園の門の前に降りれるように調節します。門の前には案内人がいますから声をかけて下さい」


「わかった」


「くれぐれも生活のリズムを崩さないこと。勉強のし過ぎにも注意して下さい。脳味噌爆発しますからね」


「ははっ!爆発はしないよ」


「それと、普通科の人間としか親しくしないように。もう一つの学科とは距離を取りなさい」


「え??……うん、わかった」


最後の注意だけは理解できなかったがとりあえず頷いておいた。


「……いつ終わるかは分かりませんが、戦が終わって神界が平穏に戻り次第ご連絡します。そしたらまた3人で暮らせますから、それまで我慢させてしまうことをお許し下さい」


深々とお辞儀する白狐に「うん」と相づちを打つ。


少しの辛抱だよね。またすぐにここに帰って来れるよね。


「約束ね!どんだけ戦が長引いても、絶対絶対ぜーったい俺を連れ戻しに来て。待ってるから!」


右手の小指を突き出せば軽く笑って、右手の小指を絡ませて指切りげんまんする。


白狐が着地点を調節してくれてる間、後ろを振り返ってこの景色を目に焼き付ける。しばらくはこの景色ともお別れか……と感傷に浸っていると、鳥居の方から強烈な光が差し込んできた。調節が終わったようだ。


鳥居のすぐ真ん前に立ち、深呼吸をして白狐に視線をやる。


まだ心配げでハラハラしてる様子の白狐を安心させたくて、にかっと思いっきり笑顔をつくって、



「行ってきます!」



鳥居の中に足を踏み入れた。





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