神様の命令はゼッタイ!

第1話、神と狐と人間家族

俺が住んでるここは神界。


神様が住まう世界で、本来なら人間である俺がいるべきではない場所。


諸事情によりここで生活をさせてもらっているのだ。



人間界よりももっとずっと広いこの世界の、とある屋敷。


他の神様の屋敷とそう大差ない敷居を誇る日本家屋風の屋敷で、俺の日常は流れていた。




「急に呼び出してなんなの?今白狐と遊んでたんだ、簡潔に済ませてよ嵐武様」


……瞬間。


俺の身体は宙を舞った。


「ちょちょちょ、待っ……なん……っ!?」



どっしーーん!!



勢いよく脳天から落ちた。


意味が分からない。なんで襖を開けた途端に宙を舞わなきゃいけないんだ。


「上から目線でものを言うなとあれほど言っただろうが。人間としてみればあと僅か5年で成人する身……少しは弁えろ、爽。そんな子に育てた覚えはねぇぞ」


透き通る声と共に姿を表したのはサラサラストレートの長い白銀の髪をうなじ辺りで結んだ整った顔の男。


彼は俺の目前まで来ると、痛くて頭をおさえながらも改めて座ろうとしている俺ににっこりと微笑んで……


「ちゃんと聞けやクソガキがぁぁぁ!!」


俺の顔面に膝をめり込ませた。


のぉぉぉぉ!!俺のイケメンフェイスがぁぁぁ!!


「いっだぁぁぁ!!聞いてる!聞いてますから!お話を聞きに伺いましたでござるっ」


「敬語と武士言葉両方使うんじゃねぇよ!なんだござるって!お前は何時代の人間なんだよ、ええ!?」


「平成生まれの15才だよ!」


「敬語ぉぉっ!!」


「すみませんでしたぁぁぁっ!!」




ようやく口論が終わった頃。



「……で、本日はどのようなご用件で呼び出されたのでしょうか」


「ふん、やればできるじゃねぇか」


俺ら二人は向かい合う形で正座していた。



今俺の目の前にいるのは嵐武神様。風の戦神で、白銀の長い髪が特徴の神様だ。


さっき俺の身体が宙に舞ったのもこのひとが風を巻き起こしたからだ。


俺の保護者みたいな存在なのだが、先程の通り暴君なのである。


いやまあさっきのは俺が悪かったけどね。嵐武様が仕事モードのときは敬語で話す決まりだから。


でも嵐武様も嵐武様だけどね。このひと普段全然仕事しないから。だから俺もまた仕事サボってるのかなーと思ったんだし。今回の呼び出しもどうせ話し相手になれとかそんなのかなーと思ったし。


けど、嵐武様の顔が至極真面目な表情だからふざけた内容ではなさそうだ。


「今日はちとそれなりに大事な話があるからな。心して聞けよ」


「大事な話?」


「最近、神界で問題が多発してるのは知ってるよな?」


……知ってるよ。


嵐武様の屋敷に来た神様も、俺が他の神様の屋敷に遊びに行ったときも、その話で持ちきりだったから。


人間界で神社が少なくなったために神社の祠を依代にしている神様が次々と消えていくだとか、神界でも神様同士が争ってるだとか、聞きたくもない情報が色々耳に入ってくる。


俺は人間で、皆は神様。どんなに仲良くしていてもその事実は変わらない。その境界線はなくならない。


だけど俺はここにいる皆が好きだ。


小さい頃は嵐武様に仕事関係で会いに来た神様が時間が空いてるときに遊んでくれたりしたし、ちょっと外に出たら通りすがりの神様が話し相手になってくれて色んなことを教えてくれたし、悪いことしたらきちんと叱ってくれた。


嵐武様はちょっと暴力的だったけど。


保護者として些か問題のある神様だけど、ちゃんと愛情を持って接してくれてたのは知ってるから。


優しい神様も厳しい神様も、皆みんな大好きなんだ。


そんな大好きな皆が争ってるのを見てるのは辛い。



………って。



何序盤からしおらしい子犬系男子演じてんだよ気持ち悪いな!!


あああ、自分からやっといてなんだけどマジでキモいわ。まあ皆が大好きなのはホントだけどな。


先程の嵐武様の言葉に頷く。


「ここ数日は特に神同士のくだらねぇ争いが頻発しててなぁ。近々、この神界でそこそこの規模の戦が起こるらしい」


神様同士の戦は今までも何回かあった。


けど、力の弱い神様同士のちょっと規模はあるけどプチゲンカでした~みたいなものだったからそこまで問題はなかった。


だけど今回はかなり上の位の神様同士の争いらしく、仲裁できる者は誰ひとりいないとのこと。


「で、こっからが本題だ。最上の神から伝令があった。上の神同士の戦に人間を巻き込む訳にはいかないっつーことで、お前は避難してもらう」


「なんかすごいことになってますねぇ」


「何他人事みたいに言ってんだ。一時的にとはいえ、お前は神界から去るんだぞ?」


はい?今なんと仰いました?


キョトンとする俺を見て嵐武様は額に手をあててため息をついた。


「お前まさか戦の真っ只中にここで安穏と暮らせるとか思ってないよな?弱い神同士の戦なら俺が守るから心配ないが、今回はそうも言ってらんねぇ。いいか、避難するっつーことは、神界から出て人間界に行くっつーことだからな?」


神界から出て、人間界に?誰が?あ、俺か。そうだよなー、俺がいたら邪魔だよなぁ。皆と離れるのは寂しいけどこればっかりは仕方ない。


大丈夫。人間界でもそれなりに上手く生活できるよ。なんせ俺は社交的だからな。人付き合いは上手い方だ。


自分で言っちゃうとか!あははっ……



いや待て笑い事じゃねぇよ!!?



「俺無一文なんだけど!住む家とか生活費とかどうすんだよ!?」


また敬語がすっ飛んでるが動揺してるからか嵐武様は突っ込まない。


「まあそこは安心しろや。最上の神から、お前にぴったりな全寮制の学園に編入できるように手配したって聞いたからな」


「学費は!?」


「そこの学園、成績が良いやつは学費免除されるんだと。お前なら余裕だろ」


どどどどうしよう!?


未知の世界にさようならの展開で尚且つよく分からん全寮制学園とやらに入学させられるとか何のいじめだよ!!


人間界行ったことないんですけどぉ!?俺人間なのに人間界行ったことないってなんか変だけど行ったことないのは本当だもん!!


学園ってあれだよな?人間界でいろんなことを教わる学舎だよな?つーか全寮制って何!?なんかのイベントか?わっかんねぇー!!



色々とぐるぐる考えていると嵐武様が俺の顔を見て吹き出した。


「ぶふぅっ!!ちょ、おまっ、百面相とかやめろよ!面白いだろーが!」


「百面相なんかしてねぇよっ!」


どうやら考えてる途中に表情をコロコロ変えていたようだ。ヤダ恥ずかし。


一頻り笑った嵐武様が「だから今は敬語使えっつってんだろーが!」と俺にビンタしたところで話は戻った。すぐ暴力に訴えるのは良くないと思います。


「全寮制ってのは学園に通う人間が学園にある……家って言った方が早ぇな。その家で生活することらしいぜ?俺は知らんがな。人間界の教養は神界でお前が勉強してたのと変わらないから問題ない。お前記憶力良いもんなぁ。学園の制服やその他必要なものは最上の神が手配してくれる。感謝しろよー。ちなみにお前が人間界に行く記念すべき日は明日だ。じゃあそゆことだからさっさと出てけ。客が来るからな。お前は邪魔にしかならん」


「長っっっ!!やけに親切に説明してくれたと思ったら厄介払いしたかっただけかよ!」


俺泣きそう。


「ったりめぇだろ。さっさと出ろ」


言われなくとも出てくさ!と思いながら「失礼しましたっ!!」とヤケクソ気味に言い、襖の戸をぴしゃりと勢いよく閉めた。




《嵐武神side》



爽が閉めた襖をぼんやりと眺める。


「まさか離れる日が来るとはなぁ……」


独り言のようにぽつりと呟く。


そりゃ俺だって永遠に一緒にいられるなんてことは欠片も思っていない。神と人間は生きれる時間が大きく異なる。


人間は俺ら神にとってほんの僅かな時しか生きることができない哀れな存在だ。


……分かってはいた。いつかこうなるってことぐらい。だけど……


「いざそうなると、やっぱ寂しいもんだなぁ」


これが親心ってやつかねぇ?こんな情、神には必要ないのに。


いやしかし本当に寂しくなるな。戦が終わるまでの短い間だけとはいえ、爽をおちょくるのも爽で遊ぶこともできなくなるとは。



「嵐武様。御叶神様がお見えになりました」


「うぉっ!?びっくりした、白狐か」


突如背後からぬっと現れた人型に化けた狐。名は白狐。俺の神使であり、爽のもう一人の親代わり的存在だ。


何百年も前に狐の高位妖怪として恐れ敬われていたのだが、爽同様こいつも俺が拾った。その結果、神使として忠義を尽くしてくれている。


仕事は完璧にこなし、器用になんでもこなす。それが白狐だ。


けどこいつ怒るとめっさ怖いんだよな。ちょっと仕事サボっただけであんなおっそろしい目に遭うとは思わなかったし。でもサボるぜ。仕事はサボってナンボじゃああ!!


「御叶神が来たのか。意外に早かったな。ここに来るよう案内しろ、白狐」


「了解しました」


白狐は客人を案内するために静かに部屋を出て行った。


あいつ物音立てずに歩くの得意だよなぁ。忍者かよ。



しばらくすると御叶神が白狐に案内されてこの部屋に来た。



御叶神は最上の神。数多く存在する神の中で最も上の位につくお偉いさんだ。


いやしっかしいつ見ても若いな。20代のくそ真面目男子みたいな見た目してるもんな。神の中じゃダントツで一番長生きしてるってのにその外見は衰えを知らない。


なんでくそ真面目男子みたいなんだって?


黒い短髪に切れ長の黒い目で着物も着崩してないからだよ。俺は腰まである白銀の髪を後ろで結んでて、切れ長ではあるが瞳は黄金色。着物も着崩して胸元はがっつり開いてる。外見はまるで正反対だ。


若さを保つ秘訣を教えてほしいぜ全く。



「急に悪いな、嵐武神」


仕事机とは別の来客用の机と椅子が並ぶ部屋に促し、二人向かい合う形で座る。白狐は静かに戸を閉め、爽のもとへと向かっていった。


自分が立ち入ってはいけない空気を察したのだろう。申し訳ないと思うが正直有り難い。


「構わねぇ。で、話ってのは?」


真剣な面差しの御叶神にこちらも真面目な顔つきになる。


「爽のことだ」


まあそうだろうな。大体の想像はつく。


眉間にシワを寄せた俺に重苦しい表情で言おうか言うまいか僅かに瞳を揺らした御叶神だが、意を決して口を開いた。


「爽ももう今年で16だ。一人で生きていけるだけの力はある。そこで、だ」


ああ、聞きたくねぇ。それ以上言うな。


分かってる。分かってんだよ。ずっと一緒にいられないなんて、最初から分かりきってたんだよ。


ぐっと表情を歪める俺にお構い無しに、容赦なくその言葉を放った。


「今回の学園入学を機に、我々との縁をすっぱり切ろうかと考えてる」


人間と神は、本来繋がりを持ってはいけない。


神には絶対に破ってはいけない掟というものが存在するが、人間と関わりを持つことは別に掟破りではない。だが、神を見る人間が数少ないことからいつのまにかそれが暗黙のルールになっていただけのことだ。


掟破りではないにしろ、この神界に人間を連れ帰って来るなんぞ前代未聞のことだったから、人間嫌いな神を筆頭に爽を神界で育てるのは反対の声が多かった。当時は御叶神も良い顔をしなかった。


だが俺はその反対を押しきって爽を神界で育てることを選んだ。そのせいで高位の神から中位の神に降格しちまったが、後悔はしていない。


爽には、仕事で人間界に行ったときにたまたま赤ん坊のお前を見つけて気紛れに拾ったと言ったが、本当は違う。


あの日のことは誰にも言っていない。俺と白狐と、あいつだけの秘密。



「……爽は白帝学園高等部に入学するんだったな」


「ああ。あそこにはノアがいるからな。この上なく安全だろう」


「…………あの馬鹿を頼る日が来るとはな」


苦虫を噛み潰した顔で呟く俺に「ハハハ…」と乾いた笑いを溢す御叶神。


アレに頼るのはものっっっ凄く癪だが、事実アレのテリトリーは安全だから何も言えない。


「あの学園には2つの学科がある。爽は当然普通科だ。お前が神界に留まらせているせいで神界の聖気に身体が慣れて我々神が見えるだけで、本来ならば我々を見ることは叶わない。人間界に慣れればそれもなくなるだろう」


人間界に慣れれば俺達が見えなくなる。


そうなってほしくはないが、普通の生活を送るなら我々が見えていたら異常だ。個人的には猛反対だが、爽のことを思えば、我々が見えていては不都合だろう。


……だが、良いのか悪いのか、俺達が見えなくなる可能性はゼロに等しい。


「爽の保護者はお前だ。だからこそ、このことを一番に伝えに来た。……お前とて、一時の感情に惑わされただけでずっと面倒を見ようなんて思ってはいないだろ?」


御叶神の言う通りだ。


あのときは状況が状況だったから致し方なく拾っただけで、少しの間だけ面倒みてやるかーって軽い気持ちでこの世界に連れてきただけだったし。


え?じゃあなんで神々の反対を押しきったんだって?それは……あれだ。その……む、ムキになっちまったんだよ。


決して離れたくなかっただとか自分の子供みたいに錯覚しただとかそんな人間みたいな感情で行動した訳じゃねぇからな!


まあとにかく、執着とかは皆無なはずなんだよ……本来ならな。


「悪いが、俺と爽の縁はそう簡単に切らせやしねぇよ」


意地の悪い笑みを浮かべて言い放った一言。


まさか俺がそんなことを言うとは思わなかった御叶神は僅かに目を見開いて驚いた表情を見せる。


だがすぐにやっぱりそうきたか、とでも言いたげに力なく笑った。


「……爽と繋がりを持つ前のお前とは随分変わったな。まさかお前が人間に入れ込むとは思わなんだ」


「親心ってやつじゃねぇか?多分」


どこか呆れを含んだため息を吐きながらもホッとした様子の御叶神。


さっきの苦い表情で言いにくそうにしてた様子から察するに、こいつも爽に入れ込んでる一人だろう。だが立場上それを表に出すことはできない。


爽を人間界に還す大事な機会だと踏んで言ったんだろうな。


「ではどうする?爽は人間だ。本来なら我々とは無関係の存在だ。人間は人間界で暮らすのが一番ではないのか?」


「馬鹿言え。それを決めるのは爽自身であって、俺達がつべこべ言うもんじゃねぇだろうが」


暫しの沈黙。


縁側の方から柔らかい風が俺達の間を通り抜ける。


白狐が開閉した戸とは反対方向にある縁側。その先にある庭は色とりどりの花が咲き乱れ、一本の柳の木が立派に聳え立っている。


爽の名字と同じ名前の木が、風に揺れて葉同士が擦れ合い自然のメロディを奏でている。


静かなその音がやけにこの部屋に響いた。


数分、いやもしかしたら数秒だったかもしれない。長く感じる沈黙を破ったのは御叶神だった。


「……そうだな。爽の気持ちを無視しちゃあ駄目だよな」


何かを吹っ切るような柔らかい笑みを溢し、ぽつりと呟いた。


……なんだよ。最初は爽のこと反対気味だったくせに、まるで親みたいな顔つきになりやがって。あいつの親は俺だぞ。


「爽が自ら人間界に留まりたいと願わない限り、繋がりを断ち切ることはない。安心しろ」


むっ、と眉をぴくりと動かして御叶神を軽く睨む。


「人間界に留まりたいだぁ?んなこと願う訳あるか!ずっと神界にいたんだ、そう簡単に人間界に馴染むか!」


「わからんぞ?友人や恋人なんかができたら神界より人間界を選ぶと思うが?人間は、そういう生き物だからな」


そう言われてしまったら何も言えない。


人間はほんの些細な出来事の積み重ねで大事だと思える単純なやつらだ。この先の人間にとっては長い、神にとっては瞬きするだけの短い時間を生きる爽が大事な人をつくらないとは限らない。いや、あいつの性格を考慮したら間違いなくつくるだろう。


そうなったら親の俺の立場は……どうなるんだ?



「うわああっ!!考えたくない考えたくないぃぃ!!」


「うおっ!?いきなりどうした?」


頭を抱えて急に叫んだ俺にびっくりして声をかける御叶神だがすまん、今は相手できねぇ。


なんで俺が人間ごときに頭を抱えなきゃならんのだ!!なんだこの気持ちは!?爽が大事な人をつくったら寂しくなるってか!?


んな訳あるか!!全然寂しくなんか……寂しく……なん、か…………



そこで思考を無理矢理止めた。





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