手荒い歓迎

 俺達が大きく跳躍しただけで、あっちゅー間に東雲しののめ神社は小さくなって、終いには山蔭に隠れて見えんくなった。

 

「ほんま……接続コネクトの力ってすげーな―……」

 

 改めて実感する超常の力に、俺は思わずそう呟いとった。

 

「まぁ……ほんまに凄いんは“霊穴”の力やけどな」

 

 俺の隣で同じく空を駆けてる利伽りかが、悪戯っぽい笑顔で軽くツッコミを入れてきた。

 

 利伽は今、さっきまでとはまるで違う格好になってる。

 輝くような白一色の巫女姿。

 銀色を放つ長い腰ひもが、まるで羽衣みたいにたなびいてる。

 そんな格好やから、彼女の長い髪が余計に映えるんや。

 普段は後ろで括ってポニーテールにしてる髪も、今は自由を与えられた見たいに長く尾を引いて煌めいてた。

 

「タッちゃん―……? 何見とれてるんニャ」

 

 俺等の後ろから、ビャクがくぐもった声を掛けてきた。

 

「なっ! ……べ……別に俺は……見とれてへんわ……」

 

 図星を突かれた俺の声は、面白いほど動揺してる。

 利伽もなんや恥ずかしかったんか、プイッと前を向いてもうた。

 

「……いいえ……明らかに今の龍彦たつひこは……利伽さんに見とれていました」

 

 すいっと俺の隣まで来たよもぎが、眉を八の字にして抗議した。

 気づけばビャクも俺の隣まで来て、二人で挟み込むように抗議の目を向けてる。

 

「こ……この調子やったら、『山の主』っちゅー奴のとこまですぐやな―!」

 

 俺は二人の視線から逃げるように速度を速めて、利伽の隣まで進んだ。

 ほんまは利伽の隣も気恥ずかしい事この上ないんやけど、あのまま無言のプレッシャーを二人から受け続けて平気で居られる自信なんてない。

 かといって、とっとと先に行こうにも、明確な場所なんか知らん。

 消去法でここを選んだんやけど……。

 

「せやな。気―引き締めて行かんとな」

 

 さっきまでの浮わついた雰囲気やない、ピリッとした利伽の声が帰って来た。

 どうやらここで正解やったみたいやな―。

 

「……おう」

 

 俺も利伽の声に、気持ちを込めて返した。

 後ろからは、どうにも気の抜けたため息が二つ聞こえてきたけどな。

 

 

 

 

 山を二つばかし飛び越して、大体山頂付近に降り立った。

 ここまでの所要時間は……15分や。

 ほんま、接続コネクトってすげーな―……。

 

 良庵さんの話では、此所に「山の主」の一体がおるって話やな。

 確かここまで来たら、「歓迎」を受けるとかなんとか……。

 

「……ふん」

 

 周囲を警戒してると、不意に蓬が気合いのこもった声を漏らして、俺等の周辺に防御障壁を張り巡らした。

 それと殆ど同時に、何処から飛んできたんか無数の石がその壁にぶち当たって砕けた。

 

「……これが『歓迎』……ですか? ……生ぬるい」

 

 表情一つ変えへん蓬が、なんや要らんこと呟いてる。

 蓬ちゃ―ん。挑発は止めてな―。

 

「そっち……って見せかけて―……こっちやなっ!」

 

 続いてビャクが攻撃の発生源を探り当てたんか、蓬の結界から飛び出して森の奥に消えていった。

 

「あっ! ……バカネコッ!……」

 

 ビャクを引き留めようとした蓬は、そこまでゆーて諦めたみたいや。

 素早すぎるビャクの動きには、流石の蓬も追い付かんかったみたいやな―。

 

 ビャクが去っていった方向とは別の木陰から、何処に隠れてたん!? っちゅー位にデカイ熊が現れた!

 

「……でっか……」

 

「……っ!」

 

 それは、昨日見掛けた熊よりも、更に二回りくらいの巨体やった!

 月の輪熊見たいに、首回りには白い模様が二重で描かれてる。

 両腕にも、まるで腕輪見たいに同じような模様がある。

 何より、顔には大きな目ん玉一つしかなくって、胸にはでっかい傷跡がバツを描くように付いてる。

 見た目からして異様なんやけど、何よりもこいつの発する威圧感が半端ない!

 

「何用じゃ……人間」

 

 しかも喋った!

 ……ま―、ある程度想像はしとったけど、実際に目の当たりにすると、殆どファンタジーの世界や。

 ……ま―……お伽噺みたいな可愛らしい「クマちゃん」やないけどな―……。

 

「私達は、この近辺で活性化してる化身について調べに来ました! それについて、あなた方の承認を貰いに来たんです!」

 

 熊の気勢に負けへんように、利伽は声を張り上げて返答した。

 

「ゲッゲッゲッ……人間や……」

 

「クックックッ……こいつら……忌々しい接続師やぞ」

 

「ヒェッヒェッヒェッ……殺っちまって食ったろか」

 

 気付いたら、俺等は無数の化身に囲まれとった。

 っちゅーても、その姿は確認出来へん。

 どっからともなく……まるで周囲の木々やら暗闇から声が聞こえてるみたいや。

 こら―、一種のホラーやで。

 俺はゆっくりと、利伽と熊の間に割って入る位置取りをした。

 

「うるせ―っ! 黙れ、アホんだらがっ!」

 

 その声を、目の前の熊が一喝した!

 その声はまるで音波攻撃見たいに、結界で守られてる筈の俺等を打って体を震わせた!

 その途端に、周囲の嫌な雰囲気が霧散した……いや、大人しくなったんか?

 

「……名乗れ」

 

 改めて対峙した熊は再び俺等に視線を向けると、ゆっくりとした口調でそう……命じた。

 はっきりゆーて、敵かもしれん化身の言いなりになるんは気が進まん。

 けど……これは拒否出来ん。

 これを拒否ったら、話し合いの席はもう二度と開かれんやろう。

 

「……八代やつしろ……利伽です」

 

「……不知火しらぬい龍彦」

 

 俺等が従順に答えたからやろうか?

 熊の化身は満足そうに頷いた……様に見えた。

 だって、熊の表情なんか分からんしな。

 

「……そちらの娘は名乗らんのか? 見たところ化身の様だが……」

 

「……黙りなさい……三下……」

 

 続けて蓬に話し掛けた熊の化身へ、蓬はその言葉を遮ってそう呟いたんや。

 ちょ……ちょーっ! 蓬ちゃんっ!? 波風立てんようになっ!

 

わっぱが……嘗めた口を……おおっ!?」

 

 蓬の言葉に何事か答えようとした熊の化身は、それを言いきらんと驚いた声を上げた。

 

「あ……貴女は……尸解仙で在られるか!?」

 

 明らかな動揺と畏怖の感情が熊から滲み出てる!

 ……え? 何なん? 蓬って、そんな凄い化身なん?

 

「あーあ―……。なんか向こうの奴は囮やったニャ―……」

 

 そこへ、獣を片手で引きずってきたビャクが戻ってきた。

 その獣はグッタリしてるけど、別に死んでへんみたいや。

 多分ビャクが追いかけた化身なんやろな―。

 

「う……うん? お主は我が部下を……って、おおっ!?」

 

 ビャクの姿を見て、熊は一瞬怒気を顕にしようとしたけど、すぐさま驚きでそんな気配は引っ込んだ。

 

「その気配……その霊気は……っ! お主……いや、貴女は『ミケ様』の……」

 

 よ―見たら、なんや熊の足が震えてる。

 今度は一体何なんや?

 

「『ミケ』はウチのおかんおかあさんやけど? あんたが主っちゅー奴ニャン?」

 

 答えたビャクは、えらい自虐的な笑みを浮かべた。

 放っといたら、そのまま飛び掛かりそうな勢いや。

 

「な……何で貴女方みたいな化身がこんな所に……」

 

 呆然とする熊の化身は、何や信じられへんもんを見てるって感じやった。

 ……ま―、熊の表情なんか分からんけどな。

 

「今ウチ等は、タッちゃんと利伽さんの元に居るんや。因みに、タッちゃんはウチの許嫁や」

 

 しれっととんでもないこと言いおった。

 普段やったらツッコミどころやけど、余りな急展開に俺も利伽だって付いていけてない。

 

「……勝手な事を……ほざかないで下さい……バカネコ」

 

 蓬が凄い形相……はしてへんけど、暗く冷たい顔と雰囲気をビャクに向けてそう言った。

 ただそれだけで、向かいの山からぎょーさんの山鳥が飛び立ったんや。

 

「ああ……? ニャんやって―?」

 

 今度はビャクが、嫌な雰囲気を纏わせて反論する。

 ただそれだけで、、さっきとは反対側の山からぎょーさんの山鳥が……。

 

「いやはや、そーでしたか! それでは貴殿方あなたがたは……む?」

 

 俺等に声をかけ直した熊が、話の途中で表情を変えた。

 勿論、熊の表情なんか以下略。

 

「……こ……この感じは……ま……まさか……不知火……みそぎ……か……?」

 

 流石に俺らでも分かる驚愕の表情を浮かべて、熊の化身は数歩後ずさった。

 今度はなんやねん。

 

「そやで―。タッちゃんと利伽さんは、禊様の御孫さんニャんやで―」

 

 ビャクがすかさず説明した。

 あれ? ひょっとして、ばあちゃんの名前出したらオールOKやった?

 

「お……お前達があの……不知火禊の子孫か―っ!」

 

 怒髪天をつくっちゅーのを、俺は初めて見た。

 熊の化身は、俺等に向けて恐怖と怒りのない交ぜになった気勢を向けてきたんや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る