闇に潜む影

「なんや? なんで深刻なんや?」

 

 ビャクの話から、ここ等におる化身は大したことはない。

 数はおっても、正に「烏合の衆」や。

 ……お? なんや、上手いことゆーたな、俺。

 

「私もタツも……多分ビャクも、1対1の戦いしかしてこーへんかったし、多分そっちの方が得意やろ? 弱いゆーても、数は力になる。一気に襲われたら、どう対処してえーか思い付かんわ」

 

 言われて成る程、合点がいった。

 確かに、ワラワラと周囲を囲まれて一斉に襲われたら、どないして良いか見当もつかんな。

 

「あ……あの……。あの化身と戦うんですか?」

 

 俺等の話を聞いてた伊織いおりが、何や不安げに声を掛けてきた。

 

「そやな―……。私達にはそれしか出来へんし、現状で一番の解決策は、化身の脅威が無くなることやからな―……」

 

 不安げな伊織に、利伽りかは優しい笑顔でそう答えた。

 あの笑顔を俺にももっと向けてくれればな―……。

 一気にえームードになるんちゃうんか?

 

「あの……あいつ等は数は多いけど、私の結界は破れません。放っておくって事は出来へんのですか?」

 

 現状で害がないんやから、それも一案としてありや。

 けど、それには条件がある。

 

「伊織ちゃん。その為には、あんたがずーっと此所におらなアカンねんで? 学校も辞めなあかんし、殆ど一人で暮らしていく事になるんやで?」

 

 そう……。

 その条件っちゅーのは、所謂「人身御供」や。

 伊織の人生を捧げて、一切の生活を犠牲にして、ひたすらここで過ごしていかなあかん。

 長い人生で、今は伊織が青春ってやつを謳歌する事の出来る時期や。

 普通やったら楽しい時期を、化身に対峙して封印する事だけに過ごしていくなんて、あんまりっちゃーあんまりや。

 

「……」

 

 伊織はまだ何か言いたそうやったけど、それを呑み込んで堪え俯いてもーた。

 

「とりあえず、周囲を探って化身を探してみるわ。伊織ちゃん、その化身が住処にしてそうなとこ……知らん?」

 

 結論を出した利伽が伊織にそう尋ねた。

 こんだけ広い範囲で、殆どが険しい山やら森やら……。

 当てもなくさ迷っとったら、体力と時間だけが浪費されてまうわ。

 

「あ……それは……。ごめんなさい……詳しくは知らないです……」

 

 さっきからどうにも伊織の様子がおかしい。

 俺も気づいてるんや。

 利伽が気付いてない訳ないねんけどな。

 

「そう……じゃあ、良庵さん達に聞くわ。伊織ちゃん、またね」

 

 そんなそぶりも見せへん利伽は、にこやかにそう言うとその場を立った。

 それに続いて俺も立ち、そのまま庵を出たんや。

 予想に反して……かな? 伊織は外まで出てこんかった。

 

「あの娘……ニャにか隠してるニャ」

 

 俺の前を行く利伽に、人の姿へと戻ったビャクが話し掛け、

 

「……うん」

 

 利伽もそれに答えた。

 なんや、気付いとったんかいな。

 まー、俺が気付いとったくらいや。

 利伽が気付いててもおかしないわな―。

 

「利伽さんは……あの場で問い詰めて伊織さんを頑なにしないよう……気遣ったのです……」

 

 未だ小鳥の姿をしたままのよもぎが、俺の方に止まって囁くように話した。

 なんや……妙に頬擦りしてくるけど、小鳥の蓬やとあんま恥ずかしくないな―……。

 利伽も目くじら立てへんし。

 いや……放っとかれてんのか?

 

「あっ!? こら、蓬―っ! タッちゃんに何しとんのやっ!」

 

 目敏く気付いたビャクが、蓬に猛抗議する。

 もっとも、ビャクの気勢を受けても、当の蓬には何処吹く風……やな。

 

「……黙れ、バカネコ……。あなたも先程は……、龍彦の膝の上で気持ち良さそうにしていたでしょう……」

 

 容姿は可愛い小鳥やのに、似合わん鋭い視線となった蓬が反論する。

 ……しかし……力のある化身同士の対峙って、容姿に関わらず威圧感あるな―……。

 

 ―――ギャーッ! ギャーッ!

 

 何かを感じ取ったんか、山鳥達が悲鳴みたいな鳴き声を上げて、一斉に木樹から飛び立った。

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 刺すような視線のビャク。

 気にせず俺に頬擦り続ける蓬。

 なにこれ、俺が一番巻き込まれる位置におるやんけ。

 

「そ……それやったら、ウチももう一回化けて、タッちゃんに甘える―――っ!」

 

 何かに……負けたんやろな……。

 ビャクが俺の目の前で、小さな白い子猫へと変化した。

 

「二人とも―……えー加減にしーや―……」

 

 その時、前を歩いとった利伽が、振り返る事なくそう告げた。

 声音は低く……小さい。

 けど、だからこそ……その声に込められてる気迫の強さがめっちゃ感じられた!

 正直、今の利伽の顔を見るんは……かなりの度胸がいる。

 

 電気に打たれたようにビクッと動きを止めたビャクと蓬は、それぞれ人の姿へと戻って俺の左右に付き歩き出した。

 

「……お前が要らんことするからニャ」

 

「何を……元はと言えば……」

 

 けど双方収まらんのか、俺を挟んで舌戦を開始し出した。

 いや、俺を挟むん止めてくれ……。

 

 そうしてる内に、俺達は東雲しののめ神社にある母屋に辿り着いた。

 

 


 

 ―――厄介な者共が来たようですな……。

 

「うん……。でも、まだ私とあんたの関係はバレてない……と思う」

 

 ―――それも時間の問題かと。

 

「そんな事あらへん。私が上手く立ち回れば、このまま帰ってくれる筈や!」

 

 ―――そうでしょうか?

 

「そらそうや。あの人達にだって、自分達の生活がある。学校にも行かなあかんし、家にだって帰りたい筈や」

 

 ―――あなたと違って……ですか?

 

「そ……そうや」

 

 ―――そうですか、そうですか。それは兎も角、あの者達に対する策をろうする必要があると思うのですが?

 

「……またその話かいな……あんたの言おうと思ってる事は分かってる」

 

 ―――これは、恐れ入ります。

 

「けど……まだその時やない。今はまだ出来へん」

 

 ―――ほう……。手遅れになっても良いと?

 

「ちゃうっ! あんたの事を完全に信用出来へんだけやっ!」

 

 ―――敵の敵は味方……。信じられない者を信じる……と言うことも、時には必要かと。

 

「そんなん、言われるまでもないわ。けど、まだその時には早いっちゅーてんねんっ!」

 

 ―――……別に構いませんがね。そうやってあなたが結論を先延ばしている間に、どうにもならない処まで事態が進んでいた……等と言うことが無いよう、努々ゆめゆめお忘れなきように……。

 

「あ……行ったか……。そんなん……言われんでも分かってるわ……」

 

 

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