レイヤー4 【1/7】
四月七日
周囲のビルは重厚で、
『金融の街』──らしい。日本銀行や証券取引場、
ネクタイを
───。
仕事だった。
初めての
あの突発的な休日出勤から三日、工兵はまだ気持ちの整理をつけられないでいる。果たしていつ会社を辞めると切り出すか。
辞表を出すなら早い方がよい。それは分かっている。二週間OJTさせた挙げ句、退職では室見も
──はぁ。
気が重い。室見さん、なんて言うかなぁ。怒るだろうか、それとも
ちくりと胸に痛みが走る。
なんだろう、別に彼女の心証なんかどうでもよいはずなのに。どうにも胸がくさくさする。彼女の期待を裏切りたくない? まだ彼女を見返したいと思ってる? いやいやまさか、あんなしごきに付き合っていたらこちらの身がもたない。
だからこそ身を
………。
まぁ、……あとで考えるか。
……遅刻?
ていうか今何時だ。
……ええっと。
工兵は首を
不安に胸を
「おはよう」
「おおぉぉう!」
「む、む、室見さん」
「なによ、そんなびっくりした顔して。普通に
「いや……急に現れるから」
「急?」
室見は腕時計を
「ちゃんと、待ち合わせ時間だけど」
「ええっと……あの、いいです。僕が悪かったです」
まさか一秒の狂いもなく現れるとは思わなかった。どんだけ時間に
「………」
言葉を失った。
彼女の格好は──何というか普通だった。白のシャツブラウスにチャコールのジャケット、
「なに」
室見が
「いえ……あの、室見さん、そんな服も持ってたんだと思って」
「ん……? ああ、こないだカモメに買わされたのよ。動きづらいからあんまり好きじゃないんだけど」
室見は腕を折り曲げて自分の格好を
「タイトスカートとか本当
「いや……それは作業用の服に着替えればいいだけでしょ」
「は? 用途
社会人とは思えない、恐るべき発言だった。ていうか寝る時とかどうしてるんだ。
「いつものキャミだけど。あれ色違いを四着買ったから、ネットで。あとはロングシャツ一枚とか」
「きゃああああ!」
「と、とにかく行きましょう。こっからそれなりに歩くんですよね?」
強引に話を打ち切り歩き出す。
「──それで、
「VPN
「VPN?」
「
「………」
さっぱり分からなかった。少しはネットワークのことを勉強したつもりなのに、まだ全然ついていけない。やっぱりこの業界、奥が深い。
「その……VPなんとかの機械を入れ替える? そのためのヒアリングってことですか? 今日は」
室見はうなずいた。
「現行機器のスペックを訊いて、実際どのくらいパフォーマンスが不足しているか
「……また社長案件ですか」
がくりと肩を落とす。まったく、あの
「社長以外に案件取ってくる人いないんですか? この会社。まともな営業がお客さんと
「営業が何人いても売り物にならないって、社長の考えよ。案件は自分のコネでとってくるから、あとはそれを回すエンジニアさえいればいいって」
「……はぁ」
つまり、スルガシステムの案件は原則、
「あの……」
迷った末、質問する。あの日、コンビニで読んだ雑誌の特集記事が
「うちの会社って……人材ブローカーなんですか?」
「はぁ?」
「人を右から左に流して利ざやを
室見はきょとんとした表情で
「何言ってるのよ、うちが人材ブローカー? ありえないから、そんなの」
「……そうなんですか?」
「だってうち、
明快だった。
拍子抜けして肩の力が抜ける。
「あれ? でもニンクがどうとか社長に言われましたよ。
「工数を売ること自体は普通のSI会社でもやることだから。案件単位で受注して
「じゃあうちは……普通のSI会社なんですか?」
「DQN企業だけどね」
うわぁあああん! やっぱり!
………。
「……ていうか室見さん、なんでこの会社にいるんですか? 室見さんくらいスキルがあれば
工兵の問いかけに、だが室見は
「大手なんて別にいいもんじゃないわよ。何をするにも手順と
………?
(本当、いくつなんだろう、室見さんて)
カモメは『本人に
考え込んだ
「そう言えば──話は変わるんですけど
「知らない」
……え?
「血液型とか星座とか、そういうの
「いや血液型はやばいでしょ!? 事故の時とかどうするんですか!」
「どうするって?」
「
「大丈夫、私、引きが強いから。七分の一の
「血液型はA、B、O、ABの四種類です!」
前提からして間違ってるよ!
………。
どうやら戦略を根本的に練り直す必要があるらしかった。子供の時、
物思いにふけっていたせいか目的地を通り過ぎそうになった。ぐい、と腕をつかまれ引き戻される。
「ちょっと、何ぼんやりしてるのよ」
室見は
室見は盛大な
「しっかりしてよね。はじめての客先で
「……はい」
工兵はうなだれた。まさか室見の年が気になっていたとも言えない。
「ま、心配しないで。
自信満々な
工兵は無言で頭を下げた。まぁ……
──そう、そのはずだった。
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