レイヤー3 【3/5】
店を出て
カモメは取り出し口から缶コーヒーを二つつかみ上げ、一本を
「あ、ありがとうございます」
「全然、気にしないで。
「………」
それはまぁそうだろうが、何度も言わないでほしい。思い出す
自販機の横で
「……ていうかカモメさん、この辺の人なんですか? なんか、電車で通ってるとか言ってませんでしたっけ」
「今日はちょっと待ち合わせで出てきたの。このあと
「
カモメはうなずいた。
「ほら、あの子、ほっとくと夜昼関係なしに働いちゃうから。たまには外へ連れ出さないとね。買い物とか、映画とか、少しは女の子らしい遊びもさせないと」
「女の子らしい……ですか」
室見にはまったく似つかわしくない単語だった。いや、だが外見だけなら別におかしくないのか。目鼻立ちは整っているし服のセンスも、まぁ悪くない(TPOをわきまえてるかどうかは別として)。あとは同年代の子と連れだち食べ物やタレントの話に
………。
だめだ、まったく想像がつかない。
「室見さんって仕事好きなんですかね」
言わずもがなのことを
「好き……っていうのとは違うかも」
「違う?」
カモメは困ったように口元を
「仕事しかないっていうか、あの子の場合、
「………?」
よく分からない。きょとんとしていると、カモメは「あはは」と頭を
「あたし、なんかよく分からないこと言ってるね、ごめんごめん」
「いえ……」
「工兵君はどう? 仕事楽しい?」
「楽しそうに見えますか?」
「たまにハウス・オブ・ザ・デッドに出てくるゾンビみたいな顔色してるよね」
工兵はうなだれた。
「………、じゃあそういうことです」
「
よく見てるなぁと感心する。
「正直、よく分からないんです」
両手で缶を包みこみ、飲み口を
「
それに──と工兵は続けた。
「僕、Yさんみたいになりたいって、それだけを考えてこの会社を選んだんです。なのにあれが
「あ、ごめん。あれ書いたのあたし」
……へ?
カモメは気まずそうに
「あたし、昔ライターやっててね。そのこと人事に言ったら
………。
あ、あんたか!
あんたなのか!
あんたのせいで、自分は……!
ていうかライター?
「いやぁ、言い出しづらかった。なんか工兵君、あのサイトにすごく思い入れあるみたいだったし」
「できればずっと
カモメは
「ごめん、ごめん。でもね工兵君、あれ別に全部
「………? どういうことですか」
「あたし、SEの知り合いが何人かいてね、──あ、この会社じゃないんだけど。飲み会とかあるとさ、それはもういっぱい
「………」
「でもなんだかんだ言いながらみんな仕事続けているのよね。だから、理由を
それは──
今の自分が一番訊いてみたいことだった。一体、何をやりがいに仕事し続けているのか。どうしてこんな無茶に耐えているのか。
「なんて……答えが返ってきたんですか」
「何かを自分の手で作り上げる快感」
カモメはきっぱりと答えた。
「たとえばさ、メーカーで
「一人で……」
「まぁ時間さえかければの話ね。実際には納期の問題もあるし、
カモメはふっと口元を
「あの記事、そんなことも書いてあったでしょ」
「うん、あそこに書いているのはそういう知り合いの意見をまとめたもの。
「だからね、Yさんはいないけど、ああいうことを感じたり思ったりしている人は実在するんだって。それだけは分かってほしいの。ああいうのを工兵君が目指したいと思ったなら、そういう世界は確かに存在するんだって」
「………」
「ま、うちの会社じゃ
台無しだぁっ!
……まったくもって台無しだった。
今までの話はなんだったのか。……くそっ、
やっぱりブラック企業なのか……うちの会社。業界が悪いんじゃなくて、スルガシステムという会社が悪いと。……ああ。
絶望的な
「さてと、……そろそろ時間かな。あたし行くけど、工兵君も
「一緒にって……
工兵はぶるりと
「
「……そっかぁ」
カモメは残念そうに笑った。
「あの子に私以外の友達作ってあげたいんだけどなー」
「友達って……上司ですよ、あの人、僕の」
「平日はね。休日の付き合いはまた別でしょ」
「まぁ……それは」
そんな
「そういえば」
缶をゴミ箱に投げ込みながらカモメに呼びかける。わずかに
「室見さんっていくつなんですか? なんか僕より年下に見えるんですけど……」
「女の子の年
カモメは苦笑しながら
「でも、まぁ気になるよね。見た目は中学生みたいだし」
「……ええ」
「いくつに見える?」
そう来るか。
「二十……四とか?」
「ええええええ!」
ぎょっとするような大声をカモメが上げた。思わず身を
「それはひどいなあ!」
「え、え? じゃあ二十三……二十二?」
二十二じゃ自分と
「工兵君、それ絶対本人に言っちゃ
「………」
どういう意味でだろう。
反応に
「……やっぱ駄目。私の口からは教えられないな。本人に訊いてみて」
「はぁ」
隠すような話なのか。
待ち合わせ時間が迫ってきたのか、カモメは
まさかこんなところで会社の人に会うなんて。せっかく仕事のことを忘れようと思って出てきたのにこれでは逆効果だ。まだ自宅周辺でうろうろしていた方がマシだった。
……いやいや。
大きく首を振る。
会社のことは忘れる、仕事のことも忘れる。──
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