レイヤー3 【2/5】

 休日のじんぼうちようはのんびりした空気に包まれていた。

 古書店の前をこうっぽい人々が行き交っている。カフェとラーメン屋とスポーツ用品店、ファストフードにコンビニ、金券ショップ。ごった煮のような町並は、だがどこか上品さも兼ね備えている。街を歩く人々も学生から老人まで幅広い。なんというかふところの深い町なのだ。だれがいつ、どんな目的で訪れても受け入れてもらえる。そんな安心感が好きで、こうへいはよくこの町を訪れていた。

 駿するだい下のカレー屋で昼食をすませた。味は変わっていない。学生時代のままだった。なつかしさに胸をあつくしながら工兵はサイドメニューのジャガイモをお代わりした。すっかり満腹になったあと、「ごちそうさま」と告げて店を出る。

 スパイスのからさに舌をひりつかせ近くのゲーセンへ。入り口わきはんでコーラをこうにゆうする。昼食後はジュースを飲みながらゆっくり対戦麻雀マージヤンを楽しむ。個人的に一番落ち着く時間の過ごし方だった。

 ──さて、と。

 かべぎわきようたいに腰掛けICカードを投入する。画面に「KOHEI」のハンドルネームが表示された。LVは22──学生時代からやりこんでいるためかくとくけいけんぼうだいなものとなっている。ゲーム内の階級も最上位まで到達し、残すは階級内でのランク上げのみとなっていた。

 百円を投じゲームスタート。

 モードはトン風戦、最初の相手は同じ階級の人間二人ふたりと下位階級の人間一人ひとりだった。場決めの結果、対面トイメン起家チーチヤ。工兵は西家シヤーチヤとなる。

 はいパイは悪くない。手配にドラが一つ、役牌の対子トイツもある。二、三回鳴けば聴牌テンパイできるだろう。──と思ってるうち、上家カミチヤハツを切る。

『ポン』

 特急券かくとく

 さい先の良いスタートだった。

 続いて嵌張カンチヤンの待ちを引き当て一向聴イーシヤンテン。オタ風をポンし、二五萬リヤンウーワン両面リヤンメン待ちで聴牌する。そのままいけば役牌ドラ一でも上がれただろう。だがさらなる転機が七巡目に訪れた。

 下家シモチヤ二索リヤンソーカン、新ドラ表示牌は「白」、工兵の手が一気に三翻サンハンね上がる。そして下家がツモ切りした嶺上牌リンシヤンハイ五萬ウーワン

『ロン。役牌ドラ4、満貫マンガン

 なエフェクトとともに下家の点数がごっそり削られる。

 よしよし。工兵は舌なめずりした。絞りの甘い相手で助かった。ちよう良い、たっぷりみついでもらおうか。

 ───。

 半荘ハンチヤン終了時、工兵の点数は四万二千だった。文句なしのトップ、そして次の卓に続行。そこでもこうへいは親満を上がりじよばんで勝負を決めた。

 どうも今日きようはついているらしい。

 LVが23に上がったのをかくにんし工兵はほくそえんだ。公式には否定されているものの、対戦麻雀マージヤンゲームには流れがあると思う。上がれる時は何をやっても上がれる。上がれない時は何面待ちだろうと上がれない。このあたり現実の麻雀よりもいろく運不運が出ると思う。そして今日の工兵はついているらしかった。

 ならまぁ行けるところまで行くだけだ。

 二半荘目の結果表示で続行ボタンを押す。画面が切り替わり次卓のプレイヤーしゆうが始まった。だが前の半荘と違いなかなか面子メンツそろわない。さっきまでのプレイヤーがリタイアしてしまったのか、このままいけばCPU対戦になると思った時だった。

 下家シモチヤに新たなプレイヤーが表示される。ハンドルネームはKMM、階級は──

「初段?」

 工兵はまゆをひそめた。ものすごい初級クラスだ。普通ならこんな無差別階級戦に出てくる相手じゃない。

 怖いもの知らずなのか。

 怖いもの見たさなのか。

 まぁいい、いずれにしろカモだ。上位ランクの恐ろしさを思い知らせてやる。

 だが──

『ロン』

 開始早々、工兵はKMMに振り込む。純チャン三色、満貫マンガン。ダマテンでノーマークのところを当たられた。続くトン二局、親リーをけいかいし現物切りしたところ、またしてもKMMに振り込み。今度はタンピン一盃口イーペーコー、3900。

 ぐうぜんか、そう思いつつ気をめる。どんな初心者でもつき始めると手がつけられない。なるべく危険ハイを絞り、流れを引き戻す必要があった。

『リーチ』

 東三局、工兵の親番にKMMがリーチ。相変わらず早い。自分の手はまだ三向聴サンシヤンテン、無理は禁物だった。

(回しながら、手を進めて)

 手配の九策チユーソーに手をのばす。KMMは二巡目に六策ローソーを切り九策も場に二枚見えていた。両面リヤンメンとシャボ待ちがない以上、これは通る。特にけいかいもなく牌を切った時だった。

『ロン』

 信じられない声がスピーカーから流れる。パタリとKMMの牌が倒れ、待ちがあらわになった。しゆんかん、工兵はうめごえを上げた。

 九策……たん

立直リーチ混一色ホンイーソーやくはい、ドラ3。倍満』

「じ……ごくたん

 点数が箱割れし、マイナスになっていくのをこうへいぼうぜんと見つめていた。ダマでも跳満ハネマンの手をわざわざ単騎待ちに変えリーチしてきた。完全にねらちだ。なんだこいつ、初心者のくせに。

 頭に血が上り、しきのうちに追加クレジットを投入していた。いくらなんでもこのままじゃ引き下がれない。せめていつむくいないと。そう、今は少し油断したのだ。相手が速攻型ならこっちも合わせるまでだ。に手作りなどこだわらず、鳴きまくりで手を進めて。

 ───。

 だが、二半荘ハンチヤン目も三半荘目も工兵はざんぱいした。

 KMMはろうかいだった。相手の点数が高いと見るや安手で流し、時には他家ターチヤのゴミ手に振り込んで出血を防いだ。ダマ上がりでけいかいを誘い、悪待ちのリーチで他家の手を止め、じゆうおうじんに場をほんろうし続ける。気づけば工兵のけいけんはごっそりと削られ開始時のLVを割り込んでいた。

 ぐ……ぐぐ。

 こぶしを握りしめ液晶画面に突っ伏す。ここまで一方的に負けたのは初めてだった。完敗、手も足も出なかった。

 一体どこのプレイヤーだ。情報画面を開け、相手のプレイ場所をかくにんする。

 ──東京、かん。店名は……

 ……え?

 工兵は目をしばたたいた。ちょっと待て、この店名はもしかして。

 あわてて入り口の看板を見る。赤字で装飾されたアルファベットは画面上の名前と同じだった。

「………!?」

 同じ店? どこだ!?

 表情をこわばらせ店内を見渡す。対戦麻雀マージヤンきようたいかべに沿って店の奥まで並べられていた。時間帯のせいか店内に人の姿は少ない。手前の筐体からせんを走らせる。いない、いない、いない。階段の陰……もいないか。……いや、一番奥の席、カウンター手前の筐体にひとかげが見える。あれか?

 ほっそりしたたいの女性だった。ペイズリーがらのワンピースにデニム、ちやのブーツを合わせている。ディスプレイの陰になり顔はよく見えない。長くれいな髪が肩から背中に流れ落ちている。

 女の……人?

 きつねにつままれた思いで視線をらす。さきほどのえげつない打ち筋と女性のシルエットがどうしても重ならなかった。ゲームを終了させ席を立つ。何気ないふうよそおい店の奥におもむき、女性のプレイ画面をのぞき込んだ。ハンドルネームは──KMM、やっぱりこの人か。

 しゆんかん、ふっと女性が顔を上げた。黒髪が揺れ磁器のように白いひたいあらわになる。視線がこうさくした。

 ……え?

「あら、こうへい君」

 女性は涼やかなみを浮かべた。うすべにいろの唇と切れ長の目は見間違えようもない、スルガシステムのアシスタント、カモメだった。

「か、カモメさん……?」

 ぎようてんしてあとじさる。なんで彼女がこんなところに。ていうか、え? ここゲーセンだよね。

「工兵君もゲームとかやるんだ? 何やってるの、格ゲー? 音ゲー?」

 工兵はかぶりを振り液晶画面を見た。画面にはまだ対戦相手の名前──KOHEIが表示されている。カモメは液晶にせんを落とし「あらら」と肩をすくめた。

「これ……ひょっとして工兵君だった?」

 無言でうなずく。カモメはバツ悪げに小首をかしげた。

「……ごめんなさい、なんかねらい打ちしたみたいで。ほかの人達がベタ下りだったから、つい」

 中途半端に勝負を仕掛けた分、カモりやすかったということか。工兵はしばらくぼうぜんとしていたが、ややあってわれに返りためいきをついた。

「……いいですよ、勝負事ですから。ていうかカモメさん、なんでそんな強いのに初段なんです? 始めたばっかってわけじゃないですよね」

「ああ、あたし、一度カードなくしちゃってるから」

「カードを? ……ああ、それでユーザ情報が消えちゃったんですか。じゃあ前はそれなりのレベルまで進んでいたんですか?」

「うん、LV99。全国ランカー」

 勝てるか! そんなもん!

 ていうかそんなのが初段とか名乗るな! だ!

 ………。

 はぁ。

 肩を落とししようちんしているとカモメが立ち上がった。荷物をまとめれた手つきでゲームを終了させる。彼女はぱちりと工兵にウィンクしてみせた。

「ちょっときゆうけいしない? おびに飲み物おごるから」

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