レイヤー2 【8/10】
気の抜けた声が
「な……! か、カモメ!?」
室見が
「遅くまでご苦労様。そろそろオフィスの
「締める!?
足をばたばたさせて
「
「大きくなんかなれなくったって……、って、ちょ、どこ触ってるの! ひゃ!? や、いやっ、やめてっ」
カモメは「肌荒れチェックー」と言いながら、室見の身体を触りまくっている。シャツの
工兵は
「──工兵君も、そろそろ終電でしょ? 早く出ないと間に合わないんじゃない?」
カモメの言葉に顔を上げる。
終電?
工兵の
「立華ちゃんの仕事なら大丈夫。この子、いつも余裕をもって締切り設定しているから。終わってない部分は
「………、はい」
「じゃあ私はこの子送っていくから。
そう言うとカモメは
工兵はきょとんとその場に立ち尽くしていた。
ややあって、はっと
なんとか終電に間に合った。
地下鉄の出口を抜けると町はすっかり静まりかえっていた。坂に面した商店街は
──そうだ、夕飯まだだっけ。
ぼんやりと考えながら店に入る。クォーターパウンダーのセットを注文、ついでにナゲットも
後ろ向きな考えにとらわれながら店を出る。持ち帰りの袋が妙に重く感じられた。狭い路地を進み自宅にたどりつく。
──まったく、なんて会社だろう。
無名のベンチャー企業。楽しいことばかりじゃないと覚悟はしていた。やりづらい上司もいるだろう、残業だってあるだろう。飲み会に連れていかれ、限界まで飲まされることだってあるかもしれない。それら全部ひっくるめて、しばらくは
だが、まさかここまで
業界がおかしいのか、スルガシステムという会社がおかしいのか。ここ二日の出来事は工兵の社会人生活に対するイメージを
ごろりと寝返りを打つ。
辞める……か。
当座の生活費はバイトで
『逃げるつもり?』
『
ぎりっと歯を食いしばる。
違う。
自分は逃げるわけじゃない。
この会社が、
だが、今もし工兵が辞意を告げたらどうなる? 室見は
(──それは……、いやだ)
胸の奥から、じわりと
ごろりと、もう一度寝返りを打つ。窓の外を眺めながら工兵は考えを
室見を見返す手段。
悩むまでもない、方法は一つだ。
二週間
室見の
大きく深呼吸。
──じゃあ、どうやってOJTをこなす。
しばらく考えたあと、
自分には──基礎となる
それはもう
今から基礎を身につける。
クォーターパウンダーにかぶりつき工兵はノートと鉛筆を取り出した。何かを理解しようとする時はとにかく実際に書いてみる。書いて頭の中身を整理する。ただ
クリックを
このドットで区切られた数字がインターネット上の住所を示している。それ自体は昼の段階で分かっていた。だがいまいち理解が進まなかったのは、ネットマスクの
違うのだ。IPアドレスは一つの数字の並びで、ネットワーク部とホスト部、二つの
先程のアドレスだと、192・168・24までがネットワーク部で最後の3がホスト部になる。192・168・24ネットワークに所属する3番目のコンピュータということだ。で、どこからどこまでをネットワーク部にするか示すのがネットマスク、すなわち「/24」ということになる。なぜ24で192・168・24を表せるのかと言うと、この24が二進数の
ではなぜ、こんな
(うーん……)
ああでもない、こうでもないと悩み続けた
ナンセンスだ。ありえない。
だからこそ、ネットワーク部を使いアドレスを「集約」する。そして集約されたアドレスに対し宛先を設定する。このネットワークはルータAに、こちらのネットワークはルータBに。そして、それ以外──デフォルトルートと呼ぶらしいが──はまとめてこちらに。
以上で43億個のアドレスをわずか数行の宛先指定で表現できる。理解した
……すごい……ていうか、なにこれ、
一つ切り口ができるとコンフィグの意味が、設定者の意図が次々にひもとけてくる。もちろん本番のコンフィグは会社に置きっぱなしだから
───。
鳥の鳴き声が聞こえた。
一体どのくらい作業していたのか、窓の外がうっすらと白んでいる。時刻は午前五時半、夢中になるあまり、時間の経過を忘れていた。
気づくと、手元のノートもデスクトップのメモ帳も書き込みで真っ黒になっている。
どんだけ
「は……ははは」
大丈夫かな。今寝ちゃったら。
八時半には家を出なくちゃいけないのに。起きられるのか? 二時間しか寝れないのなら、いっそ
いや──。
わずかに考え込んで、思い直す。
少しは休んでおいた方がいい。どうせ今日も
〓
目が覚めると出社五分前だった。
「うわあああああ………!?」
悲鳴とともに
ネクタイを
会社の始業時間は午前九時半、
発車メロディーに背中を押され電車に乗り込む。
心臓がばくばくと高鳴っていた。
肩で息をつきながら、工兵は手近なバーにすがりついた。危ない。
そこまで考えて、だがふっと
──
自分は何も悪いことをしていない。
だが、どうしようもない。今の自分は無力な新入社員で
『昨日はすみませんでした。力不足で仕事を終えられずごめんなさい。できればもう一度、
理屈ではその通り。
今の自分にできるベストの対応。
だが、だがしかし。
(いやだなぁ)
心は正直だった。電車が乗換駅に到着する。
ああ、くそ。
分かってる、分かってるよ。
謝る、謝るさ。どうせあと二週間の
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