レイヤー2 【2/10】
ようやく
「一時間十八分と四十五秒。……話にならないわね。時間かかりすぎ。これじゃあ急ぎの書類とか頼めないじゃない」
室見が冷ややかな
──ったく、なんなんだ。……この特別扱いっぷりは。
「ま、いいわ。ちょっとこっちも
「自習……ですか?」
って、またいきなりだな……この人は。一体何を?
「ビジネスマナーとか業界
「はぁ……」
まぁそれはそうだろうけど。具体的にどうすれば良いのか。自習という以上、室見が教えてくれるわけじゃないのだろう。
「何かテキストでもあるんですか?」
「テキスト?」
「ビジネスマナーの入門書とか……そういうのです」
「ないわよ。適当にググって。ネットにいっぱい転がってるはずだから」
教材の
ていうかこの人、本当は教育する気なんかないんじゃないのか? 作業の
「PCはそこにある
それだけ言うと室見は作業に戻っていった。ケーブルを取り上げ手元の書類を
……検索結果、八百七十七万件。
なるほど、確かにいっぱい転がっている。
迷った末『ビジネスマナーの基本』と題されたページをクリックする。
何々、社会人マナーの原則。──『時間
ほうほう。
……目の前のトレーナーは一つもできてないんですが。
………。
まぁいいや。えーっと、『
──なるほど。
二十分程かけて読み進んだ後、彼は
当たり前のことだがなかなか勉強になる。何せ自分は右も左も分からない新人なのだ。こういう基本的な情報はありがたい。えーっと、じゃあ次は……。
「んっふぅ」
………。
なんか、今、変な声が聞こえなかったか?
周囲を見渡すが特に異常はない。気のせいか、首を
えー何々、電話を取るときはまずメモを準備して──
「うっふふーふぅー」
………。
PCを
「よしよし、ちゃーんと接続したげるからね。……うりゃ。……来い」
……うわ、パソコンと話してるよ……この人。
どん引きだった。
いやまぁ仕事の仕方は人それぞれだし。結果を出していればなんでもいいんだろうけど──
「キター!!」
……うるさい。
気が散ってしょうがない。
首を横に振りディスプレイに集中する。いかんいかん、今はビジネスマナーを勉強する時間だ。
「んっふふ、ふふふん、ふーふーうふふふっふー。ふふふん、ふふふ、うふーうふーふー」
(………)
結局、その後も室見の妙な鼻歌や独白は続いた。そう言えばゼミでもPCの作業を始めた
歌うだけならまだいい。たまに疲れたのか大きく伸びをして机に足を投げ出す。
だが工兵は一応といえ室見からOJTを受けている立場で、勝手に
切実な思いでいると
「
………?
「はい?」
会話のない時間が続いたためか、
「CD─R」
「……は?」
「
「取ってきてって──」
どこからだよ。
だが室見は工兵の存在など忘れたように作業を再開している。細い指が
仕方なく工兵は席を立った。まぁいいや。カモメさんに
廊下に出ると外はすっかり暗くなっていた。
うわ、いつの間に。
いや、ちょっと待てよ。ここの定時って
悪い予感は的中した。ひっそりとしたオフィスにカモメの姿はない。
あちゃー。
頭を
「どうしたの? 桜坂君」
困り果てていると後ろから声をかけられた。
「藤崎さん」
救われた思いで向き直る。よかった、助かった。彼はほっと息を吐いた。
「CD─Rのメディア探してるんですけど、……どこにあるか分からなくって」
「CD─R? それならこっちじゃなくて。入り口脇のキャビネだよ」
荷物を抱え直し、ミーティングスペースに歩いていく。キャビネの
「CD─Rなんて何に使うの? 何か納品物でも作ってるの?」
「さぁ……よく分からないんですけど、
「室見さんの仕事……? ならキャビネの場所も教えてもらえばよかったのに」
「
事情を察したのか
「まぁ、彼女、仕事に
………。
そんな人に教育を任せて良いのか?
つっこみたくなる気持ちを抑え、代わりに
「……あの、室見さんてどういう人なんですか」
「? どういうって?」
「仕事は
ひどく──子供っぽい。
というより外見だけなら本物の子供にしか思えない。
藤崎は
「彼女は……うん、まぁなんていうか、
「複雑?」
「まぁ
………?
なんだろう、奥歯に物が挟まったような言い方だった。首を
「これは僕から渡しておくよ。室見さんがそんな状態じゃ
「……え、でも」
「彼女につきあっているといつまでたっても帰れないよ。まぁ残りたいなら止めないけど、桜坂君、
言われた
「……じゃあ、あの、お
ぺこりと頭を下げ工兵は気づいた。
「そういえば藤崎さんは帰らないんですか?
藤崎は「ああ」と
「あと二時間後に作業があってね。そのあと、深夜一時に作業があって、朝の四時にもう一つ作業があるんだ」
ケタケタと乾いた笑い声が
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