レイヤー1 【3/7】
………!?
………!
言葉にならない声を上げてあとじさる。上体をのけぞらせたまま、工兵は顔中の筋肉をひきつらせた。
白シャツに
男は右半身を下に、やや猫背の姿勢で倒れていた。よく見れば呼吸にあわせ肩が小さく上下している。──生きてはいるのか。いや、だが──
息を
「おい、藤崎君! 起きろ、私だ!」
空気が
だが社長は男の混乱に気づいた様子もなく、陽気に彼の肩を
「なんだ、君。また
男は「ああ……」「ええ」「うう」と意味不明の声を上げている。きょどきょどと周囲を見渡す様子は、まるで幼児のようだった。だが社長はさっき男のことを「藤崎」と呼んでいた。それでは──この人が自分の上司?
「ほら、増員だ。人事から新入社員が来ると聞かされていただろう。よかったなぁ、これでもっともっと仕事をこなせるぞ」
「新入──社員?」
「そうだ。えーっと、彼は……
「
……サクランボ?
「
工兵は一礼した。藤崎が「ああ、……はい」と平板な
「じゃあ藤崎君、しっかり彼を教育して一刻も早く戦力に育ててくれよ。ニンクは──とりあえず四本でいい。来月には
「………」
「では桜川君、
がはははと笑って社長は
「あの……」
「おお、そうだそうだ。忘れてた!」
声を上げかけた
「例のメールシステム
瞬間、藤崎の顔から
「要件は君
「……ちょ! ちょっと社長、待ってください! それは……!」
藤崎の口から初めて言葉らしい言葉が
藤崎はすがるように伸ばしていた手を、へなへなと下ろした。全身の力が抜け陸上げされた
「あ、あの……大丈夫ですか」
事情が分からないまま工兵は藤崎に呼びかけていた。社長の言葉が藤崎の心に何か回復不能なダメージを与えたのは間違いなかった。精神に生じたひび割れは放っておけば肉体に広がり目の前の男をバラバラに
「……ああ」
たっぷり数十秒は
「大丈夫、……いつものことだから」
「いつものことなんですか!?」
藤崎は
藤崎は工兵に向き直り頭を
「……ごめんね、みっともないところ見せちゃって。
工兵はこくりとうなずいた。藤崎は
「藤崎です。君の……上長ということになるのかな。
「……あ、こちらこそ」
よろしくお
「とりあえず席に案内するよ。荷物持ったままじゃ落ち着かないだろうし、仕事の話はそれからってことで」
「……はい」
藤崎について
オフィススペースは意外と奥行きがあった。二十畳ほどの空間にパーティションで囲まれたデスクが並んでいる。仕切りが高いためか見通しは悪い。全部でデスクは八つほどあるだろうか。通り過ぎながら
「ここ──何人くらいの部署なんですか?」
ふっと疑問を投げかける。藤崎は
「六人……いや、五人かな? こないだ
「辞めた──」
「結構出入り
悲しげに言って藤崎は工兵を振り返った。口元に乾いた笑みがある。
「桜坂君は……健康に自信ある?」
「……それなりには」
「それならよかった。いやぁ、なんかね。みんな入社してしばらくすると、いきなり
「………」
「目がかすんで画面が見えなくなってきたとか」
目……?
『──視力はどうだ?』
「ビールを飲んだらアレルギーが出たとか」
『酒は大丈夫か?』
「──虫歯が悪化して家から出られなくなったとか」
『虫歯はあるか?』
───。
眉根を寄せる工兵に、
「でも
「………」
えっと……。
なんだろう、この逃げ道が次々と
──気のせいだ。
強く
だってYさんの
………。
そういえば、Yさんの席はどこだろう?
社内にいるなら
だがYさんの所在を
いつのまにか
ここが自分の席?
「カモメさん、ちょっといいかな」
パーティションの
エプロン姿の──女性だった。年の
「カモメさん、総務から連絡来てるかもしれないけど、こちら新入社員の桜坂君。
藤崎の紹介に女性は「あー、はいはい聞いています」とうなずいた。椅子に座ったまま工兵に
「──カモメです。こちらの部署の──事務とかアシスタント業務を担当しています。分からないことがあったらなんでも
「桜坂工兵です、よろしくお願いします」
返してから、ふっと違和感にとらわれる。
えっと……何? なんて名前だって?
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