タイトルのない詩(うた)

拝啓 高下駄さま

あなたをなぜ高下駄さまと呼ぶのか覚えていますか?

お父さんが中学2年生で亡くなり

あなたは妹を守る父親の代りをしようと少し考えたのかもしれません。


高校を卒業したあなたの妹が

経済的な理由で

大学進学を諦めて

新聞記者になりたいという希望も消えた

ならば何でもいいから何かを学びたかったので病院で働きながら

看護学校に行きたいと言った

母は反対だった

高校を卒業して

普通の会社員として働き始めたとき

少し挫折したのを気がついていたのかもしれません


その時は門限が夜9時でしたね

何の気なしに帰宅したのが

9時ちょっと過ぎていた

ガラリと玄関の戸を開けた

私の目に入ってきたのは

仁王立ちで立っていた

あなたの姿でした


何だ?

ガラリと開けた戸を咄嗟に閉めて

今バス停から歩いてきた道を

後ろも見ずに走って逃げた

あなたは玄関にあった

高下駄を引っかけると

私の後ろから走って追いかけてきた


カンカンカンと高下駄の音が聞こえた

1度振り向くと

何だー!追いかけてきてる

もう1度振り向いた

今度は履いていた高下駄を

脱いで両手に持って走る姿が見えた


私は高校時代陸上部で卒業したところ

どんどん高下駄を手に走ってくる

姿が遠くなる

坂道の階段を駆け上ると

バス停に来たバスに飛び乗った

さっきバスを降りて

ホンニャラホンニャラ

歌を口ずさみながら

歩いて家に戻ったのに

バスに飛び乗り電車の駅まで行った


駅に着くと30分待合室で時間をつぶし、またバスに乗って帰宅した

怒られてもいいやと思いながら

玄関の戸をそっと開けた

あなたの姿もなく

静まりかえった玄関を入り

そっと階段を上り

自分の部屋に入った


なぜ黙っていたのだろう

なぜ出て来なかったのだろう

逃げて何処かに行った妹が

帰ってくるまで心配したに違いない


ごめんなさい

心配かけて

高下駄を手に追いかけてきた姿が

今も目に焼き付いている


拝啓 高下駄さま

あなたの妹を

お前は自由人だなと呟いたけど

実家に帰るときは

今でも私が到着する前から

玄関の前でソワソワ待っていると

義姉が笑って話してくれる

そして言う

○○さん、可愛い妹帰ってきたよ

言われて黙っている顔は

変わっていないあの時と同じ


拝啓 高下駄さま

あなたの妹は宇宙人より

変わっている自由人

そんなふうにできるのも

きっとのびのびできるよう

あの広い空を飛ばせてくれたからかもしれない


心配かけてごめんなさい

ホンニャラホンニャラ

空を飛び

会えばふざけて言う言葉を

何も言わずにただ聞いている

コンクリートの道に響く

カンカンカン

高下駄の音は今も

頭の中に響いています

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