タイトルのない詩(うた)

緩い坂道を自転車を押して歩く私は

接骨院の前で一匹の盲導犬に気がついた

患者さんを待っているのかもしれない

盲導犬に話しかけたり撫でたりすることは

良くないことだと勿論知っている

今は飼い主がいないため

少し話しかけることにした

仕事を離れた盲導犬は

体を休めていた

どれ程、自分の命を削り仕事をしているかは

勿論知っての上だ


彼女は(この子はメスである)

玄関前のコンクリートで寝そべっていた

かなり疲労しているようだ

「疲れた?疲れるよね」とだけ言うと

また坂道を自転車を押して歩いた


何ヵ月か経った頃

同じように緩い坂道を上り

接骨院の前を通りかかった

彼女は飼い主さんと

帰る所だった

飼い主さんと歩く彼女の姿を

後ろから静かに見送っていた


そのまた何ヵ月が経った頃

緩い坂道を上り歩いていると

飼い主さんといる彼女が遠目に見えた

玄関先に彼女を置いて飼い主さんは

接骨院の中へ入っていった

私は自転車を止め話しかけた

「ひとりだけど大丈夫?」と

彼女は何度か見る私を覚えていた

しゃがんだ私の体に前足をかけて

尻尾を凄い勢いで振った

会社から出るとき手を洗ったなと思いながら

撫でてあげる

立ち上がり喜んで落ち着かない彼女に

「sit down」と言った

きちんとお座りをする

もう一度「sit down」と言った

彼女がわかっていた

「sit down」


しばらくすると飼い主さんが

接骨院から出てきた

「ごめんなさい、一人で待っていたので。良い子ですね、sit downと言うとお座りしましたが、英語で訓練されたのでしょうか?」と私が聞く

飼い主さんは「多分そうだと思います」と笑って答えてくれた


盲導犬として仕事をする彼女と

優しい飼い主さんの後ろ姿を見送る

空には白い月が出ていた






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