第11話



「第三の選択肢と言ってるけどさ・・結局雇われろって話だろ?」


嫌そうな顔でサヴォスは言う。

それに対しアリスは微笑を浮かべながら答える。


「別に飼い殺しにするわけじゃありません。寧ろ貴方のことを考えて納得できる内容かと思いますよ?」


それに対して半信半疑と言った顔をするサヴォス。


「納得出来る内容・・ねぇ・・」


「そうです。今と同じことを続けるだけです」


「続ける?」


「そうです。貴方はミラン様を鍛える。そして今度からはお金を受け取るだけです」


サヴォスは意味が分からず沈黙する。

彼女の言っている事が分からない。

一体何が目的なのかさっぱりわからない。

十日ほど続けたがミランには才能と言うものが欠片も無くそれこそ呪われているくらいに向上というものが見られない。


十日程度の特訓で変化があるのかと言われれば言葉上では考えさせられる。

だが実際にこの十日で行ってきたものはそれ相応の内容だ。

それこそ魔物を倒すための実地訓練。

これをやれば大の大人ならどれだけ才能がなかろうと直ぐにハウンドドッグ程度なら倒せるだろう。

またいきなり複数体は無理でも強くなっていく片鱗や成長は見えるものだ。


それがミランには見て取れなかった。

一日目と十日目のミランは全く同じ強さだ。

それこそ教えたことはやっているしやる気もある。

だからこそサヴォスには原因が分からないし、これ以上やっていたら死が待ち受けていることも理解している。

なのにこれ以上の特訓を続ける理由が分からない。


「何を企んでやがる?」


「企んでるとは穏便じゃないですね。ただこれからはお金を貰って偶にミラン様に稽古を付けて何もない日は自由に過ごせばよいだけですよ」


「それでお前らに何のメリットがある?」


「貴方はこの十日間ミラン様に稽古を付けていましたね?」


「稽古というか特訓というかなぁ。まあそれなりに厳しくやってたつもりだがな?」


「少なくともそこで動けなくなっている駄目主が死にかけたらちゃんと死なないように助けられてましたよね?」


そこでいきなり主に毒を吐くのは止めてほしいですねアリスさん。

そう思うがミランは特訓でまるで石のように重くなった体を動かせずに倒れている。

息は整ったが今度は体が疲労で動かない様だ。


「まあな。流石に目の前で死にかけてりゃそりゃ助けるだろうよ」


「ですので次回からはミラン様の【外出時など】の時に出先での稽古をお願いしたいと思います」


「・・それってよぉ・・体の良い護衛ってことじゃねぇのか?」


「いえいえ、稽古ですよ。それに毎日じゃありませんし、あくまで稽古の師範代として・・つまり客人待遇として扱いますし礼金もしっかりと払います。まあ冒険者として魔物を狩りに行くといのも良いですが結局それだと有名になりまた別の貴族からも同じように声が掛かるんじゃないですか?それこそ次はもっと上の厄介な方が来ないとも限りませんし」


それを聞き思案するサヴォス。

確かに今の処を整理すると、偶に稽古と言う名目での警護。

金は貰えるし、このメイドはともかくミランと言う貴族の坊主はまだ十日だが付き合って信用は出来るから約束事を破る懸念は無い。

他の貴族と言うのも案外的外れでもない。

勿論逃げるという手もあるが此奴ら位の貴族でも此れ位の駆け引きはしてくる。

それこそもっと上の貴族ならもっとえげつない脅しを掛けてくるかもしれない。


逃げるか?だが他の国でも同じ事が無いとも限らないし・・。


断るか?でも実際に師匠とか門弟の奴にさっきの話が行けば半信半疑でも連れ戻しに来るくらいはあるかもしれん。


そしてサヴォスは返答をする。


「直ぐには返事は出来ねぇな。それこそ礼金の金額に不満があるかもしれんし休みもどれくらいの頻度があるかもわからんしな」


「でしたら詳しい話を僕の家で行いましょうか・・」


そう言ってフラフラで立ち上がるミランはサヴォスを家へと連れて行こうとする。


「おい、坊主もう少し休んどけ。足が縺れるぞ?」


「大丈・・ぶっ!!」


次の瞬間サヴォスの言う通り足が縺れて盛大に転んだミラン。

それは見事に顔面から地面へと倒れ込んだ。


「全く、我が主は本当に駄目主ですね」


「おいおい、言ってやんなよ。かなり追い込んだからなそりゃ足も縺れるだろうさ。坊主大丈夫か?・・・あれ?坊主どうした返事しろ・・おい!!」


倒れたミランをひっくり返すと顔が血だらけになっていた。

ミランの倒れた処には地面から岩が露出しておりそこに顔面から倒れ手を付いたり顔を背けることも敵わず激突した様だった。

わりと冗談ではない出血が何処からか出ている。


「・・えっ?」


サヴォスが間抜けな声を上げる。


「サヴォス様・・幾ら稽古とは言えミラン様が死ぬほど・・いえ死んでしまっては上達は見込めないですよ?」


「いや、ちげぇだろ!!勝手に転んでるのを見たろ!?」


「メイドの私は今来たばかりでございますれば、稽古中何があったかは知る由もございません。ですので稽古に見せかけて貴族の子息を亡き者にしようとか考えていたとしても感知する所ではございませんので。私はこれにて失礼します」


アリスは一礼して走り出す。


「ちょっと待て!!!」


サヴォスはこの場から逃げ出すアリスと目の前で結構な量の血を流すミランを交互に見て、ミランを背負ってアリスを追いかけ始めた。




◇ ◇ ◇




それから三日後。

ミランは自宅で目を覚ます事となる。


「・・あれ・・?・・僕は・・えと・・・」


長く眠った後の気怠さがミランを覆っていた。

何故こんなに寝ていたんだっけ。

何をしていた?


と思い辺りを見回すとサヴォスが枕元で椅子に座り眠りこけているのを発見した。

あれ・・?

そう言えば僕はサヴォスさんに特訓を受けていたような?

段々と脳が覚醒し記憶が蘇ってくる。


確か足を滑らしたような気がする。

それから記憶が無いような。


「んごっ・・・んん・・・ん?・・え?・・おお!!坊主!!!起きたか!!?」


何だか凄い剣幕でサヴォスさんに心配された。

十日間サヴォスさんにみっちりと鍛えられたから分かるけどサヴォスさんは良い人だ。

それでもあくまで良い人であって聖人という訳では無い。

それこそ記憶の無くなる前にはアリスが僕の代わりにサヴォスさんとやりとりをし半ば強引なやり方で雇うというか師範的な位置で護衛をして貰うように駆け引きをしていた。

正直嫌われるくらいの事は覚悟していた。

それが何故か本当に心底から僕を心配してくれてるのは何故だ?


そして部屋をノックする音が聞こえた。


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