第10話



あれから十日が立とうとしていた。

あの後衛兵隊のポールさん曰はく状況が状況だけに互いの家及び本人が納得しているのならそれで事件解決だそうだ。

その後解放された僕は次の日から地獄の様な特訓をしていた。


「如何したまだ2912回だぞ?一万回素振りをしろ!!」


「はい!!!」


「如何した相手はただのゴブリンだぞ!!簡単に倒せて当たり前だぞ!?」


「・・はい!!!」


「ほら拳立て伏せ二百回に腹筋五百回にスクワット八百回だ!!」


「・・・・はいっ!!!」


あれから鍛えられた僕は凄く強く・・・・・。

それはもう強く・・・・・。

それなりに強く・・・・・。


なっていなかった。



「こりゃダメだな・・寧ろ良くこんだけ鍛えて全く成果が出ないな。呪いでも掛けられているんじゃねぇか?」


「ハァッ・・ハァッ・・ハァッ・・ハァッ・・・」


僕は答えられないまま倒れている。

厳しい特訓。

父上との鍛錬を思い出す。

あれもこの特訓と同じく厳しく辛かった。

しかしあの時も成果は全くと言って良いほど得られなかった。


「じゃあ、終わりだな。お前才能無いぜ?こんな事止めた方が良いぜ?」


「ハァッ・・ハァッ・・止めませんよ?」


「何・・?」


「ですか・・ハァ・・らやめま・・せんよ・・ハァッ・・」


僕はここぞとばかりに強気にでる。

それに対してサヴォスは測りかねていた。


「止めないっていってもお前さんこのままなら死ぬぜ?」


「ええ・・そうですね・・ハァッ・・昔も同じような事を言われましたよ」


「なら何でだ?」


「貴族として・・ハァッ・・生きていくには強さが・・必要なんですよ」


「強さが必要だからってよぉ・・」


「ではやはり・・貴方が・・・ハァッ・・私に・・雇われてくれますか?」


その時サヴォスは言いしれない何かをミランに感じた。

それは執念かそれとも意地か。

自分の教え子であり、自分よりも圧倒的弱者にサヴォスは何故か戦いを挑まれた気分である。

本来ならどう考えてもミランに勝ち目はない。


そもそも自分が強くなるという事を約束にした。

それも常人なら大凡手の届く強さ。

それがまさか自分を縛る鎖になろうとはサヴォスも思わなかった。


「訳が分からないな」


「ではそのような無知蒙昧の貴方に私がご説明申し上げます」


そこにメイドのアリスが現れる。

サヴォスから見てもアリスは中々の強さを持っているのが分かる。

だが少なくとも不覚を取るような相手ではない。

だからこそ分からない。


「貴方にとれる選択肢は今の段階で三つかと思われます。一つはこのままいつまでもいつまでも、ミラン様を特訓して頂く事です。これはおススメしません。何故ならミラン様はお父上に貴方の特訓と同じ程の鍛錬を三年ほどミラン様に課していました。が・・結果は御存じの通りです。最早目も当てられない程の成長の無さです」


その言葉にサヴォスは目を細める。

此方の狙いを探っている様だ。


「二つに逃げる。その才能のないダメ人間を捨てて行く。まあ無くは無いでしょうがここ十日で色々と調べさせて頂きました。サヴォス・レグレーン、ルーランス剣術道場の師範代にまでなった男。総師範代の右腕として王の前で御前試合などもするも総師範代と喧嘩をして放浪生活を始める。意外と面倒見が良く門下生には慕われていたようですね」


「それで?門下生にでも手を出すってか?」


「いえ、真実をを伝えさせて頂きます」


「真実?」


「ええ、伸び盛りの貴族の子息との約束で【ハウンドドッグ討伐が出来るまでは面倒を見る】という約束を反故にして逃げる。それに尾ひれや背びれが付けば中々に面白いとは思いませんか?例えば超絶美少女メイドと戦い負けるとか、ハウンドドッグ程度も倒せないとか?まあ一番堪えるのは【人を見捨てて逃げていく】とかですか?いつも通りに特訓の場所に言ったらサヴォスは消えていて魔物に襲われたというシナリオとか中々に道場の看板に泥を塗ると思いますが?」


「ふん、その程度の噂で俺が躊躇するとでも?」


「ならば最終手段ですね。これはミラン様からの提案で私も余り気乗りはしないのですが。本当に本当に気乗りがしないのですが・・」


そう言うアリスの顔には何処となく愉悦がしみだしていた。

それに嫌な予感がするサヴォスだが聞かない訳にもいかない。


「私があなたの娘だと言ってみますか」


「はっ・・?」


「ですから貴方は娘を捨てて逃げたクズオヤジというレッテルが張られるのです」


「いやいやおかしいだろ?第一、こんな大きな娘が居る筈がないだろうが?」


「連れ子と言えばいいんですよ。早くに父親を亡くした母と私を救ってくれたまでは良かったが貴族とのいざこざでそのまま何も言わずに出て行ってしまった。しかも母は義父に毎晩のように求められていた。そして心の支えも義父のみとなった処で貴方が居なくなり自殺をしたと。ええ、義父を責めないで下さい。きっと私達を置いてでも逃げたい事情があったのでしょうから・・・と貴方のお師匠さんに涙ながらに訴えますよ」


サヴォスの首に嫌な汗が一筋流れる。

おいおい、これは案外不味いな。

師匠はそういう人情話に脆い処がある。

案外俺を探すのに門弟にけし掛けるかもしれんな。


「それでも逃げると言ったら?」


「そうですね。私を組み敷いたとでもいいましょうか?」


「はん、誰がお前みたいな奴を抱くかね。門弟ならそんなことしないって分かるだろうさ」


カチンと来たアリスの笑みが更におどろおどろしくなる。


「では一緒にお風呂に入らされたとかいいましょうか?」


「え?」


「本人は私の事を子どもとみてコミュニュケーションのつもりで入ったのでしょうが、私は既にれっきとしたレディであり心に傷を持ちました。しかし母を見ている限り私が義父を拒絶すればそれは最悪の事態になりかねない。私は嫌なことも嫌と言えずにそっと枕を涙で濡らすのです」


サヴォスの顔色がみるみる悪くなる。

これは俺がやりそうな上に信じそうな話題だと判断する。

しかも何処となくさっきからこのメイドの演技は堂に入っている。

これなら演戯次第でコロッと騙されてしまうかもしれない。


「OK・・逃げない。だからそれはマジで勘弁してくれ・・確実に師匠や何人かの弟子が殺しに来るイメージが湧いた」


「分かりましたでは、第三の選択肢を言うとしましょう」


その時のアリスは更に悪い顔をしていた。

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