第3話




「はぁ・・・」


ミラン・リヒターは溜息を付く。

彼の父はクラン・リヒター男爵。

栄誉あるサルべニア王国軍の少佐である。


二十年前の戦争時に少尉でありながら類稀なる才能で多大なる貢献をし、今でもその時の上官や同僚から信頼され新兵からは憧れの的らしい。

英雄らしい英雄では無く、軍人らしい軍人。

それが父の評価だ。

間違っている作戦には歯に衣着せぬ物言いで上官へと進言し、新兵には厳しい訓練を敷くも何故か羨望と敬意の籠った眼差しを向けられるそうだ。


またクラン・リヒターはその気質も然ることながら腕が立つ。

剣の腕は御前試合で披露させられる程の腕前である。

以前に他国より来ていた剣聖と模擬試合を挑まれるも開始早々剣を一撃で折られるものの軍隊格闘術一本で引き分けに縺れ込ませた実力を持つ。


裏での異名は「ゴーレム少佐」や「人間兵器」である。


その点息子であるミランは父の才能を全くと言っていいほど受け継いでいない。

それは気質も含め、何よりも弱いことにある。


子どもの頃から父に扱かれ、剣術や拳闘術に格闘術の道場にも入れられた。

だが全くと言って良いほど才能が無かった。

剣を振るえども型通りの綺麗な読まれやすいお手本の素振り。

それで倒せたのは精々が【ハウンドドッグ】よりさらに弱い【ゴブリン】程度。

しかも単体を何とか・・といったレベルである。


【ゴブリン】程度なら農具を持った農民でも倒せるくらいに弱い。

また二匹三匹と増えても基本的に非力で力任せで簡単に倒せるくらいの所謂雑魚。

前は【ゴブリン】が四匹も出てきて少々危なく、アリスに助けられた。

はっきり言って才能が無いのである。


剣がすっぽ抜けるとか、力が極端に弱いとか、とてつもないドジ、という訳でもなく。

単純に弱い。

剣は振れるが応用が出来ず、組み手をすれば技は読まれる、筋力を鍛えても中々上がらない。


それでも何とかしたいという本人の意思でミランは冒険者ギルドに登録した。

冒険者となり王都の魔物の生息する地域へと足を運び特訓をしていたのだ。

だが今日の特訓で彼は死にかけた。


それ故彼は深く考えた。

これからどうするか、という事を。



「じゃあ、アリ・・リングスティン、家に帰る前に冒険者ギルドで素材を換金して帰るとしようか」


「私としては家まで運んで頂いても構いませんが・・ミラン様がそう言うのでしたら。」



アリスはこのまま僕に家まで荷物を運ばそうとしていたらしいのが発言で分かる。

ふざけんな!!

もう腕も足もプルプルなんだよ!!

もう何時立ち上がれなくなるか分からない程に疲弊している。

それなのにアリスは小悪魔の笑みを浮かべて僕を見ている。


家に持ち帰ればまた冒険者ギルドまで持っていかなければならないし、何より素材が痛んでくるだろう。

そうすれば換金率も下がるし良いことは何もない。

それは僕にとっても同じことだ。

明日はもう満足に動けないだろう。

だから今日このまま行くしかない。


数分歩くと直ぐに冒険者ギルドが見えてきた。

正面から入りそのまま納品受付カウンターへと向かう。


「すみません、換金したいんですが。」


「はい、クエスト納品ですか?一般納品ですか?」


クエスト納品とは何らかのクエストを受けそこで提示された物品や素材などを納める場合を指す言葉だ。

例えば【急募 薬草百束】とあれば一度そのクエストを受ける旨を冒険者ギルドに伝える。

そしてそのクエストの物品、例えば【薬草百束】を持って納品受付カウンターで本人確認をし納品後クエストの報酬を貰うという流れだ。


逆に一般納品はクエストに関係なく倒した魔物や手に入れた物品・素材を買い取って貰う場合を指す。

その場合も冒険者ギルドに所属の冒険者か本人確認はする。

何故なら出所の分からない物は買い取れないということなのだから。


「一般納品で。」


「では冒険者証明カードの提示をお願いします。」


「はい。お願いします。」


「はい・・ではミラン様とアリス様ですね。では此方の素材をお預かりします。」


そういうと奥の方から筋肉隆々のギルド職員が素材を担いで奥の机へと持っていく。

そこで次に素材の鑑定をする訳だ。

素材の種類・数・品質それに相場などの計算をして買取金額を弾きだす。

偶にクエストの依頼品として被っている場合、クエストの後受け精算をしてくれることもありそういう時は普段より少し儲かることが多い。

まああくまでも偶にだが。


「それでは番号の木札をお持ち頂きお待ちください。」


「はいありがとうございます。」


僕とアリスはロビーの待合で待つのも何なので冒険者ギルドの奥に併設された酒場に行くことにした。

酒場と言ってももう少し上品でイメージ的にはレストランに近い。

カウンター席は広く酒を飲む人は其方で飲んでいる。

僕とアリスはテーブル席に座り軽食でもと思う。


「好きなものを頼んでいいよ・・リングスティン」


「どうしたんですか?いつもはケチなミラン様が・・頭でも打ちましたか?」


「違うよ!!【ハウンドドッグ】に襲われたのを助けてくれたお礼だよ!!」


「ああそうですか【ハウンドドッグ】に襲われた際に頭を打ったんですね?」


神様。彼女に善意が伝わりません。

そんな事を思いながら自分も注文をする。


「すみません、注文お願いします。」


「はい、デラックスフルーツサンドに、ビッグスモモのジャム乗せパンケーキに、キューブアップルのパイに、レモンティーと珈琲に、持ち帰り用で

ハートレモンの蜂蜜漬けとシュガーラスクですね?少々お待ち下さい。」


アリス・・。

お前・・。

僕は物言わぬ目で彼女を見るも彼女は気が付かないフリをして楽しんでいる。

メニューの甘味、しかも高い方から三つも注文し更に持ち帰り用まで・・。

僕は珈琲一杯だというのに・・。


僕は自分の中で「僕の命の値段、僕の命の値段」と連呼した。


程なくして卓上にはアリスへの供物が並んだ。

彼女の目に人知れず光が灯る。

喜んでくれているのは分かったので今日はこれを見れたという事で納得しようと思う。

そんな幸せの一口目をアリスが頬張る瞬間であった。


「テメェ!!いい加減にしやがれ!!こっちは出すもんは出すつってんだ!!!」


僕はその怒声の方へと目を運んだ。

巻き込まれる運命など知らずに・・。


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