第2話
僕は汚れた顔を洗う。
【ハウンドドッグ】との必死の逃亡劇の果てに全身ドロドロで生還した僕は今汚れを落としている。
服は木から落ちたり転んだりでドロドロになっていたので新しい服に着替える。
服と顔を拭くタオルを用意するのは僕のメイドであるアリス・リングスティンだ。
彼女は毒舌で【ハウンドドッグ】程度なら瞬殺できる力の持ち主だ。
「どうぞ、ミラン様。」
この娘も普通にしていれば可愛くて仕事の出来るメイドなのになぁ、と思う。
そう思いながら彼女の顔を見ていると心底不愉快そうな顔で僕に言葉をぶつけてくる。
「何ですか?気持ち悪い顔で此方を見ないでください。」
彼女の言葉が心に刺さる。
それは言い過ぎじゃないか?
僕はそこまで酷くない筈だ。
そう平均的な顔だ。
そう平均!!
普通なのだ、普通!!!
自分にそう言い聞かせながら平常心を保つ。
「それよりミラン様。本日はこれにてご帰宅で宜しいですか?」
僕は頷く。
死にかけたんだ当然の選択だろう。
するとアリスは手早く荷物を纏め始める。
僕の汚れた服を詰め、また彼女自身が狩ったであろう魔物の素材も纏めていく。
ちらりと見ると【ハウンドドッグ】の毛皮が十数枚程束になっており、その他にも【ビッグボア】の牙や【ビッグスパイダー】の眼球なども見て取れた。
背負子に魔物の素材を纏め、手には僕の服などの荷物が持たれている。
それを見て僕は少し暗い気持ちとなった。
「アリ・・リングスティン・・良ければ荷物は僕が持とうか?」
「いえ、結構です。ミラン様の細い腕がへし折れてしまいますので」
アリスさん・・僕の心がへし折れそうです。
女の子に荷物を持たせ自分は手ぶら、その他にも女の子に助けられたり、自分よりも魔物を沢山狩っていたり・・。
何とも言えない居心地の悪さを感じる。
「じゃあ、ジャンケンで負けた方が荷物を持つという事でどうかな?」
「・・分かりました。ミラン様がそうしたいと言うのでしたら」
その後、僕は王都までの二時間の間計十七回ジャンケンに負け続けた。
荷物を持って歩いては休み。
ジャンケンをしてはまた荷物を背負った。
何故アリスはこれを何の苦も無く先程背負っていたのだろうと考える。
基本的な体力差なのだろうか?
疲れもピークになるとアリスは休憩を促してくれる。
ただその後ジャンケンをすると必ず負けるのだ。
そしてまた僕が背負う事になる。
重そうにする度にアリスにニヤつきながら言われるのだ。
「どうしたんですか?ご自身で言いだしたことも覚えてらっしゃらないんですか?」
と僕に言ってくる。
結局僕は王都まで荷物を一人で運んだ。
「それでは此方にご記入をお願いします。」
王都への入り口で冒険者用の列に並び、代表者として名前を記入する。
僕はプルプルと震える手を押さえつけながら名前を記入する。
その横で他の人間にばれないようにアリスがプルプル震えながら笑っていた。
クソー、何でそんなにお前はジャンケンが強いんだ!!!
そう思いながら僕は必死に名前を書いた。
「はい、ミラン・リヒターさんですね・・。」
そう言いながら僕の顔をまじまじと見る衛兵。
なんだ?
僕なんかやらかしたか?
別に自分の名前を書き間違えた訳でもないし一体なんだ?
「リヒターとはクラン・リヒター少佐殿の御子息様でしょうか?」
衛兵が僕に尋ねてくる。
成程そういう事か。
クラン・リヒターとは僕の父である。
誉あるこのサルべニア王国軍の少佐である。
「はい、クラン・リヒターの息子のミラン・リヒターと申します。」
僕は一礼する。
それを見て衛兵の人が慌てて頭を上げるように促す。
「そそそ、そんな私に会釈など必要ありません。貴方は貴族なんですよ?それにクラン少佐殿の息子様に私などがお声掛けてしまってすみません。」
恐縮され深々と頭を下げられる。
寧ろそんなことをされたら僕の方こそ恐縮してしまう。
だって偉いのは僕の父で僕自身ではない。
だからそんな事をする必要はないのだ。
「いえ、私は一応貴族ですがそれでも偉いのは家であり父上です。私にそこまでの価値はありませんよ。」
出来るだけ明るく言う。
卑屈にならないように明るく。
出ないと泣いてしまいそうだから。
「そんなことありませんよ。クラン少佐殿の血を引いているからこそ冒険者として己を鍛えていらっしゃるのでしょう?その年でそれだけの魔物を狩れる方は
中々いらっしゃいませんよ。」
衛兵の人はそういいながら僕の背負っている荷物に目を向ける。
その目には流石という表情が浮かんでいた。
だがそれは間違いでこの背負っている物の中に僕が狩った魔物の素材なんて一つも無い。
それどころか今日は魔物を一匹さえも倒せていないのだ。
「ははは、連れがいましたから・・」
と、アリスに目をやるも。
御謙遜をと更に恐縮されてしまった。
僕は出来る限り明るい顔のまま王都へと戻っていく。
その心がどれだけ落ち込んでいても。
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