凡夫なる傑物

ノナガ

第一章「凡夫と剣豪」

第1話 

暗い森の中走ると言うのは存外に怖いものだ。

何故なら地面はぬかるんでいるかもしれないし、木の根が飛び出ているかもしれない。

それらに足を取られれば顔面から大地にダイブをするのは目に見えている。

え?顔面をぶつけるのが怖いのかって?

いや、もっと怖いものがある・・。


「「「グルルウルルルル!!」」」


例えば後ろから追ってくる魔物とか・・ね?

しかも牙を剥きだして血眼って状態なら尚更だね。

そんな時に転ぶのは皆が怖いと思う。

当事者の僕はいわずもがなであるが・・。


「あああああああああああああああ!!!」


どうも皆こんにちは。

僕はミラン・リヒター。

そしてもう、さようならかもしれない。


何故ならば前述でも分かる通り僕は今魔物に襲われている最中だからね。

僕を追いかけてくるのは狼型の魔物【ハウンドドッグ】。

凶悪さで言ったら五段階評価で下から二番目。

冒険者からしたら程よく弱い魔物さ。

それこそ単体であるなら初心者でも気を付ければ倒せるレベルさ。


でも僕は駆け出しの冒険者よりもか弱い存在。

しかも【ハウンドドッグ】は群れる程に強さが上がる。

彼らの強さは連携。

一匹が囮で後ろから襲うなんてのは当たり前。

もっとも恐ろしいのは囲んで持久戦に持ち込む狡猾さかな?


ははは、でもそんなことしなくても相手が僕なら簡単さ。

一匹でも手に負えない。

それが三匹纏めて来たら逃げるしかない。

そして一度捕まれば三匹の胃袋へと直行だろう。

だから僕は文字通り必死に逃げる。


そんな僕の目に大きな木が飛び込んでくる。

これしかない!!

僕はその時恐らく前世も含めて人生最高の跳躍をした。


「いいいぃぃぃいいいいいいい!!!」


僕は情けない叫び声を上げて太い木の上へとエスケープ。

ここまで来れば一安心だ・・・ろ?

僕はやっと人心地付く事が出来たと思ったが・・そんなことはなかった。

現実は非常である。

【ハウンドドッグ】達も爪を立て木へと登ろうとしているのを両の目でバッチリ捉えた。

一匹が木の幹に爪を立て残りの二匹がその一匹を上へと押し上げている。


「ううううえええええええ!?」


僕は必死に登ってこようとする【ハウンドドッグ】を蹴落とそうとする。

その顔へ頭へ容赦ない蹴りを見舞う。

その蹴りが【ハウンドドッグ】の目に命中し登ろうとしていた【ハウンドドッグ】がもんどりうって転げ落ちる。

しかし別の一頭が入れ替わりで登ろうとしてくる。

嫌だ死にたくない。


「おおおおおおおおお!!!」


僕は次の一頭にも蹴りを見舞う。

だが今度の一頭はそれを見越して僕のブーツへと噛みつく。

おいいいい!!そりゃ卑怯だろう!!!??

僕は心の中で叫ぶ。

ブーツに噛みついた【ハウンドドッグ】はそのままぶら下がり僕を落とそうとする。

ふざけんな!!

僕は足を必死で動かし振り落とそうとする。

すると何という事だろうか、スルンッとブーツが脱げる。

そのままブーツと共に【ハウンドドッグ】は地面へと落ちる。

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!


ブーツはもう片方しかない。

このままだと死ぬ。

殺される!!!

そう考えている間も木の幹を登ろうとする【ハウンドドッグ】。


「助けてえええええええええええアリスゥゥゥゥゥ!!!!!!!」


ガルルルルルル。

聞こえるのは【ハウンドドッグ】の声だけ。

僕の声は木霊するだけ助けは来ない。

顔が青褪めるのを感じた。


「助けてぇえええええええ!!!アリスさあーーーーん!!」


無情にも声に答える者は無し。

僕はこの時悟った。


・・・あ、これ・・助からんやつや・・・


その瞬間世界が反転する。

受け身も獲れないまま僕は木から落とされた。

木を登っていた【ハウンドドッグ】にズボンの裾を噛まれて引き摺り降ろされたのだ。

僕はまだ片方ブーツ残ってたのにとか、今日の朝のパン焦げてて不味かったなぁとか考えてしんだ・・。

と、思った。


冷たいぬかるんだ地面から泥まみれで顔を上げるとそこには僕のメイドのアリスが居た。

アリスは冷たい目で【ハウンドドッグだったモノ】を見ている。

細切れになりソレからは血液がジワーッと辺りに広がっていく。

僕はそれでやっと助かった事を知った。


「あ・・ありがとうアリ・・」


パンッ!!!

衝撃が頬を襲った。

僕はアリスに引っ叩かれた。


「バカですか?」


やけにアリスの声が響いて聞こえた。

そうだよな、馬鹿だよな。


もっと早く助けを呼べば良かったのに。

こんな死にかけて・・。


あとちょっとで【ハウンドドッグ】の胃袋へ直行だったんだ。

掛け値なしでバカだと思う。


「そうだね心配かけてごめん・・」


「はぁ?何を言ってるんですか?」


・・・・・・・・・?

あれ?

なんか反応が可笑しいぞ?

あれあれ?

僕を心配してたんじゃないのか?

そう思って彼女の顔を見ると冷たい蔑みの表情で此方を見下ろしていた。


「前に一度言いましたよね?」


え?

何々?

何でこんなに怒ってるの?


「ご主人様の足りない頭に言うのも面倒ですが・・今一度言います。私を呼ぶときはリングスティンとファミリーネームで呼んで下さい。」


彼女の殺気が滲む怒気に先程まで死線を彷徨っていたことなど忘れて謝罪する。


「はい・・ごめんなさいアリ・・」


「ああん!?」


「ひっ・・リングスティン・・さん」


「宜しい」


僕は自分専用のメイドにマジ謝罪をした。

ちょっと漏らしかけたのは内緒だ。

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