第4話『木漏れ日』
冬もつらいが夏はいやだ
こうなっちゃあもう一歩も進めない
男らのしゅっしゅと草刈る鎌だとか
娘らのからから糸紡ぐ車だとか
童のたんとんはしゃいで撞く毬だとか
そんなもんが行く手さ示すのを
蝉時雨がみんな消やしちまった
「やい、そっちは川落ちるぞ」
若い風の艶のある声だった
だけど哀しく廃れていた
「庄屋殿ん処さ行かれるのだろう。連れってやろうか」
返事する間も無く手を取られた
細くて滑らかな指だった
野良働きを知らぬ手だった
妾の手は大層に汗ばんでいたものだから恥ずかしかった
引っ込めようとした手にひんやりした布が触った
木綿らしい強い張りがあった
男の袖を曳いて半刻ばかりも歩いたか
あれぎり男は口も利かなんだ
しかし何とも妾は寛いだ心持ちであった
なあお前様
妾を何処へなと連れてってくれぬか
旅回りも三味だの歌だのももう沢山よ
だけど言えぬも道理
男の甲斐性無しは推して知れたさ
握った杖がじとりと濡れている
さあて
ざっざっざっ
と時雨を衝いて大股の草履が寄せてくる
「おおい、ごぜさまあ、迎えに参りましたぞお」
ありゃあ庄屋殿だ
「いやあ、暑いなかようお越し下すった」
節くれ立った強い指が妾の手を握る
「真桑瓜を冷やしておりますで、まずはひと休み」
これよ
こういう手が女を食わすのよ
座敷に集った村衆のざわめきが
撥で三味打ちゃしんと静まる
とてもお前た食い遂げられぬ
裏の川へと流してたもれ
くぜつ中ばへひがまがないで
我ら二人は不届き者と
けどな
哀しい男は女にやさしいのさ
あれはどこの村であったか
もう遠いむかしの話よ
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