第3話『テイン』

ひゅう。

呆気なく男が斃れる。

べとついた血が気持ち悪い。


この頃テインは絵本を読んだ。可哀相な燐寸売りの少女のお話で、花火だったらよかったのにとテインは言う。ぱちぱち爆ぜて、いい匂いがして、きっと楽しい事を思い出したよ。

それからテインは図書館で本を借りてきて、メモを取り、リスト作る。燃える石、光る石、匂う草花。

それからテインはメモを手に向うの山に出掛ける。燃える石を拾う。光る石を拾う。匂う草花を摘む。向うの山にはリスト通りにそれらがあるけれど、テインにはちっとも不思議な事じゃない。

それからテインはお小遣いで難しい名前の薬品を少し買う。

あたしはテインが花火を作り始めた事を奥様に内緒にしている。

奥様はきっと良い顔をしないから。

テインはこの街に越して来た中国人夫妻の一人息子で、奥様はどうしてか自分のルーツを忌み嫌っている。

どのみち黙って火薬を作らせてるなんて子守りとしては失格だ。

テインはハンマーで石を砕き、乳鉢で草花を擦りつぶす。粉薬品を天秤に掛けて豆みたいな分銅と釣り合いを取る。それらを慎重に鍋に入れて掻き混ぜる。コンロの火はあたしが点けてやる。

「一番楽しかった思い出ってなあに?」と、テインは訊ねる。

「一番ってよくわからないや」と、あたしは答える。


「かんせい!」

それからテインは鍋底に煮詰まった火薬を木ベラで掬い、せっせと竹籤に塗り付ける。

「夜になったら実験しよう!」

明かり取り窓から夕日が差し込んでいた。


テインが三度燐寸を擦ってようやく火が付いた。一瞬しゅーっと長く炎が噴いたかと思えば、すぐに丸い小さな火球になって星を散らした。

「どう、何か見える?」

あたしの顔を覗き込みながらテインが訊ねる。


男の喉に突き立てたナイフは全然手応えが無かった。


「ううん、どうかな」

これは絵本に描かれないお話。


「つまんない!」

テインはサンダルを鳴らして駆けてゆく。


思いのほか長く燃えていた火球がぽとりと落ちた。

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