喪服

下から上にと一通りの探索を終える。

そして分かった事だが

屋敷は地下1層、地上2層、屋根裏1層の4層構造からなっていた。


具体的には

地下は厨房や使用人の作業場だったらしいのだが最早使われておず、埃と蜘蛛の巣まみれとなっている。


地上階は、広々としたエントランス、応接室、ダンスホール、晩餐室、朝食室、書斎、図書室、居間等が並び


二階には、ガルダの寝室、ドレスルーム、メイクルーム客室が並んでいた。


そして、屋根裏部屋は…かつて使用人が住んでいたと思われるものの、人の気配もなくカビ臭い上に埃が床に積もっていて惨憺たる有り様であった。


(ガルダの生活空間以外はまあ、ひどいもんだな。この屋敷はガルダが人間から奪ったもんなんだろうか?

明日ガルダの奴が目覚めたら問い詰めよう)


そこでふと気づく。

(そういやガルダを一階に放置したままだったな。)


急いで念話をバルバレスへ飛ばした。

『バルバレス、ガルダの身体を操って二階の寝室まで連れていってくれ。

粗相した服を脱がした後…ベッドの中に寝かすようにな。』


『あいわかった』


『俺はもう少し屋敷を探索する。その後一階の応接室のソファーで寝るから

ガルダが起きたら、起こしてくれ。』


『分かった。では主どの、また明日』

そのような念話の後、ごとごとと何か動く音が遠くで聞こえ、暫く後静かになった。



そして俺は、一通り部屋を漁り始めた。



◼□◼□◼□◼□


「殺せ、殺せ、殺せ~」


朝から大きな声が屋敷中に響く。


『主どの……早く来て下さぬか?』

頭の中にバルバレスからの念話が響いた。


(朝から何だか騒がしいな)

慌て二階に上がる


「入るぞ」

そう声をかける。


ただ、返ってくるのは

『殺せ殺せ殺せ~』

の一言だけであった。


(仕方ない)

『了解』と捉え、中へと入る。


部屋の中に入ると、床に散らばった服と下着が見えた。


(これは?)


「何かあったのか?」


「何があったのかだって…?」

ガルダが怒りで顔中真っ赤になっている。


「ああ。」


「下等な猿のくせに妾に乱暴を働いた上、言うに事欠いて何かあったかだと…?

ふざけるな。辱しめを受けた以上この世には居れぬ。殺せ殺せ殺せ~」


「うん?俺は乱暴なぞしていないぞ?」


「この下等種め、まだしらを切るか…」


俺は床に落ちている衣服にまた目を向けた。

(引きちぎれているな?)


そして彼女に目を移す。

(シーツにくるまっている上に、顔にあちこちアザがある?)


(ふむ…。)


『バルバレス?』


『主なにか…?』


『お前、ガルダともパスは繋げるか?』


『可能じゃが?』


『三人で冷静に話をしたい。』


『了解した。』


暫く後、ガルダの意識も同調したのが分かった。


『殺せ殺せ殺せ殺せ』


『相変わらず、言っているな。』

一瞬キョトンとした顔をした後、俺からの念話と分かったのか凄い形相を向けてきた。


『殺せ殺せ殺せ殺せ』


『うるさ~い。』

オーガの魔石から思いっきりオドを吸い込み、念にのせる。

ガルダが顔をしかめたのが分かった。


『まず、俺の話を聞け。その後内容に納得がいかないというなら、もう一度殺してくれと言え。その時は望み通りにしてやる。』

そこまで言い切るとガルダは口を告ぐんだ。


『バルバレス、俺は昨日彼女に乱暴を働いたか?』


『いや?』


どうだとばかり俺はガルダを見る。


『とするならば、何故彼女の腕や顔にアザがあるのかが問題だ。』


『肩も足もじゃ』

ガルダも頷き俺を睨む。


『彼女が意識を失った後の行動をバルバレス教えてくれ。』


『『部屋まで身体を操って戻るよう』主が言ったので、身体を操り部屋へと戻った。』


『その後、『汚れた衣類を脱がし』ベッドに潜りこませた。これは主の指示だろう?』


『そうだ。そしてその時俺はこの部屋にはいなかっただろう?』


『うむ。下で探索すると言っていたではないか。』


(ならなんで、こんな惨状が起こったんだ………?


考えろ考えろ考えろ……)


(もしかして…)


『バルバレス、お前もしかして憑依した相手を動かす場合、今までどうしていた?』


『念話を通じ、意識に働きかけ動かしていたが?』


『今回ガルダは意識無かったはずだが?』


『おかげで苦労した。身体の筋肉も儂自ら操らねばならなかったのでな……』


『どんな動き方取ったのか、映像にして見せてくれないか?』


『分かった………』


…………………………………………………


バルバレスからの映像は正直見れたものではなかった…。


簡単に言えば、芋虫と蛇の動きを人間が無理やり真似して、階段を這い上がっていく、そんな感じの映像と言えば良いだろうか。


(あいたた、また手すりに膝が当たった…、今度は頭…)


そして部屋に入り、ベッドに這い上がると

来ていた服を自分でひきちぎり始めた。


(服を脱がすってそういうことじゃないんだが……)


シーンとした空気が重い。



(でも…ま、俺の冤罪は晴れたな。)



原因が分かりスッキリしたところで俺は、そろそろと部屋を出ていった。



後で『わーん』

という魔族らしからぬ声が聞こえたがきっと気のせいだろう…


◼□◼□◼□◼□


暫く後、俺は再度ガルダの部屋へと向かった。

(流石に、魔族とは言えひどいことをしてしまったからな。)


トントン


ノックをする。


音がしない…


(もしや…)


慌て入るとガルダが虚ろな目をしてベッドの脇に座っていた。


『殺すのなら、はよ殺せ。もう大分いたぶったじゃろうが…。』


(こいつは確かに俺を嵌め、バルバレスに憑依させた上で使役しようとした。場合によっては殺されていたかもしれん。

それに長年に渡り村人を苦しめ続けた魔人でもあるしな…。

だからと言って俺の判断で本当に殺してしまって良いもんだろうか?)


『1つだけ聞く。』


『なに?』


『この屋敷は、お前が誰かから奪ったものなのか?』


『違うと言って信じるの?』


『いや、信じるかもしれないぞ?』


『この屋敷は我が一族の正式な持ち物。

だから今は妾のものよ。

例え誰にも

絶対ここは渡さない。』

ガルダは言い切った。


『ここは人間の屋敷じゃないのか? 

少なくとも俺にはそう見えるぞ。』


『知りたいと言うのか?長くなるぞ?』


『構わない。俺にはたっぷり時間がある。』


『そうか。なら聞かしてやる。』

そう言ってガルダは話し始めた。


『父上はこの辺一帯を治める男爵家の頭領でね、良民にも家族にも優しい人だった。


心の臓に病を持つ妾にも本当に優しくしてくれた。

都より集められるだけの薬を集め、呼べる医者はみな呼び何とか治そうとしてくれた。


だけど、妾の病を治せるだけの薬も医者もまたなく、

最後行き着いた先がカニバリズムだった……。

カニバリズムとはオドを身体に取り込み、身体を強化すると言う邪法でその同時ですら異端とされていたものだった。


きっと父上も藁にもすがる思いだったんだろうね。


父上は領民に日々ノルマとしてホーンラビットを狩らせ、その魔石を細かく煎じ妾に飲ませるそれを毎日毎日繰り返した。

そのおかげか、だんだん妾の体調は回復していってね…

家族みな、それは喜んでくれた。


ただ、幸せっていうのは中々続かないもんで、

その事件はある冬の日に起こったのさ…


ある雪の夜、一人の顔色の悪い男が父上を訪ね屋敷にやってきた。


父は何か思うところがあったんだろう。話があるからと言って食事の後、妾と妹を先に部屋に上がらせたんだ。


妾は疲れていたこともあり、上がってから早々に眠りについた。


そしてね。真夜中ごろか……

階下から争う声で目が覚めることになる。


怖かったんだが、ベッドから抜け出しドアに耳を当てたんだ。

そうしたら


『約束を果たせ』

とその男が叫んだのだろう声が聞こえた。


そして父が『もう少し待ってくれ必ず約束を果たす』と叫んでいるのも聞こえた… 


『我が一族との約束を軽々しく破って良いとでも思っているのか?愚かよの。』


「………………」

暫くの沈黙の後


『約束を果たせぬならば別の物で返して貰う』

と圧し殺したような声が聞こえたのさ。


そして…その後

屋敷中に悲鳴が響き渡ることになった…。


その間妾は、ただ自分の部屋の中で震えるだけだった。


悲鳴がだんだん止み、静けさが戻ってきた後、不意にドアが開き、妾の部屋へそれが入ってきた。

妾は怖さのあまり、悲鳴をそいつに向け『放った』の…。


そしたら…何故かそいつがドアへと吹き飛んだ…』


ここでガルダは一旦口をつぐむ。


『で?』

と俺は話を繋ぐ。


『『同胞よ、こんな所で何をしている?

血の匂いに惹かれやってきたか。』

そう言ってそいつは、妹を…妹だったものを

私に投げて寄越したんだ。


それを見て妾は気が違うかと思えるほど大きな声で叫んだのさ。


そしたら、そいつは…

大笑いして


『楽しもうぜ同輩』

そう言って去って行きやがったんだ。


皮肉なもんで。魔石摂取を繰り返すことによって妾はいつの間にか忌むべき魔族になっていたんだよ。


その翌日、血溜まりに座りこみ妹だった物を抱いていた妾は保護されたのだけれど


唯一生き残った妾のことを呪われ子と呼ぶ親族が多くてね。


誰にも引き取って貰えなかった。


父上が生きていた時はあんなにすり寄ってきたのに、現金なもんさ。


恩があった筈の連中も手のひら返して、取るものとって消えちまった。

後で取り返すものは取り返させて貰ったけどね。


妾はその時より一人で生きていくことに決めたのさ。魔族としてね。


下等な人間として、これ以上生きていたくなかったから。


幸い引き取り先のないこの呪われた屋敷と、慣習となっていた魔石の差し入れこの二つは、妾の権利として残ってた。


きっとだれも手を挙げなかったんだろうさね。


その後、魔石さえあれば食事さえいらないってことに気付けたのは幸運だった。』


『…ちなみに、ここに来たばかりのころ

俺に目をつけた理由はなんなんだ?

明らかにあの時俺を探しに来ただろう』


『身体からオドの気配を出し、強力な土魔法で土のドームを作るなんて人間がいるなんぞないと思ってね』


『まさか俺を魔族だと……勘違いしたのか?』


『そうだ。』


『あの時の魔族がまたこの地方にくると言う当てでもあったのか?』


「あの魔族が言ったのさ『もう少し大きくなったら嫁に貰ってやる』とね。

我らが時は長いから、いつ奴が来るかは知らないが、そのうち来ると思っていたんだよ。』


『来たら……どうするんだ?』


『そんなの決まっているだろう?妾の手できっちり引導を渡してやるのさ。父上の分、母上の分、妹の分。まとめてね。


その為に妾は強くならねばならないのさ。魔石をできる限りこの身に取り込んでね』


『そんなことしたら、人からどんどん離れていくぞ…?』


『だから魔族として生きる選択をしたと言っているだろう。そして魔族によって魔族が滅せられるの。面白い趣向だろう?


恨みを一時でも忘れぬ為に、烏の羽を身に纏ってこの300年生きてきたのだから。』


『ファッションじゃないのか?』


『ファッション?

あの夜から数日、血の匂いに惹かれカラスどもがやって来た。妾はそれを一匹ずつ殺してやったのさ。そしてその羽をもってその日のことを忘れえぬ様に服を作った。

誰ぞやのおかげでビリビリに破けてしまったがね。本当にろくなことしない。あの蛇は…』

そう言ってガルダは泣き笑いをした。


(ファッションじゃなく喪服みたいなものだったんだな)

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