毒女蟷螂(かまきり)

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「よう、隼人」

出口にほど近い場所でヤルに声をかけられた。


「小部屋へ行ってみたんだが、いなかったんで探していた。」


「ゴブリンドーム中にまだいるとは思わなかったのか?」


「武器も防具も無しでか?」

呆れた顔で見られた。


(そうだ……一式棚に置いてきたな。

頭が回ってない……どうかしてる)

頭を振る。


「まあ、お前(バーバリアン)なら可能性はあるか……」

勝手に納得していた。


(だから、そんな可能性これっポチも……)


「ところで……」

とヤルが話を切り出した。


「お前に頼まれていた件、調べがついた。ここで話すのは憚(はばから)れる内容なんで小部屋にいこう。」


「ちょうど良い。俺もヤルに話したいことがあった。」


「なら行くぞ」


二人して小部屋へと向かう。

「さてと、調べたことについて話す前に、一つ聞かせてくれ」


「なんだ?」


「『ダッケ』の奴、何かヤバい山を踏んじまったのか?」


「今の段階では完全にクロって訳じゃないが……


まあかなりヤバい立場だと思う。

彼はヤルのギルドのメンバー……なのか?」


「……そうだ。スラムで燻(くすぶ)っていたところを俺が拾って育てた。幸いシーフの素養もあったんでスキルも俺が教えた。

少しバカなところもあるが、俺にとっちゃ可愛い弟子だ。」


(まずいな)


「その愛弟子がヤル達の地雷になるかも知れないぞ。」

そう言って俺は、ボックに係わる一連のことと、ヤル達の助命をベロウニャから取りつけた際の条件について話した。


「余計なことだったかも知れないが、ベロウニャから先ほどの内容での言質はとれた。」


ヤルは柄になく真剣な顔をして言った。

「『先制攻撃を受けた場合は反撃するが、自らは手をださない』……

その言質を爺様から取れただけでも有難い。取り敢えず時間を稼げる。

隼人……礼を言わせてくれ。

お前のおかげで少し肩の荷が降りたぜ。」


(らしくないな。)


「ヤルには色々世話になったから、当然だ。」


「正直、今日にでもここからずらかるかどうか真剣に悩んでいたんだぜ。

「蛭』とは昨日おさらばできたしな。」

そう言ってヤルは笑った。


(こいつが言うと本当か嘘かわからんな。)


「話しを戻そう。『ダッケ』の件だが……恐らく奴は組合に踊らされただけだと思う。ただ無関係とは言い切れんな。」


「それを証明する方法は何かないか?

証明出来たのなら地雷を踏むことは避けられる。事実を説明して、ボックの理解が得られれば……」



「お前は……本当に甘ちゃんだな、

 『孫娘(ボック)が今回の経緯について周り

  に漏らしていないと言っていた。』

  だから……

 『今回の話は彼女さえ押さえれば全て

  丸く収まる』

 どうせそんな風に考えているんだろう?」


「ボックが今回の件で『ダッケ』が無関係だったと納得すれば……全て丸く収まるんじゃないのか?」


ヤルはやれやれと言ったようなポーズを取った。


「ベロウニャの爺様はそんな甘い人物じゃないぜ。一族の……孫が捲き込まれた事故について調べに動かないと思うか?

うちの『ダッケ』が絡んでいたらしいぐらいはとうに押さえているさ。


裏取り一つしない者が族長になれるほど、この世界は甘くねぇ。

従って俺のギルドの構成員がボックの件で無関係であったことを彼女は勿論、ベロウニャのじい様にも証明する必要がある。」


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「そんじゃ、ま、頼まれた件について話そう。お前が睨んだ通り『バルニャ』とやらは完成に真っ黒だな。恐らくこいつが諸悪の根元だ。」


「えっ……?

そうなんだ……。」


「おいおい怪しいと思ったから調査を依頼したんじゃないのかよ……?」


「何らかの形で関わっているとは思っていたが、黒幕なんて大層なものだとは思ってもみなかった……。


見た目からして優しげな癒し系って感じだし。実際ボックのことも本気で心配していたし……。


借金の減額の為事情があって協力させられているとか……じゃないのか?」


「あかんわ。」

そう言ってヤルは頭を振った。

そして少しばかり哀れむような表情を浮かべた。


「『如何にも怪しい奴』って言うのはサギ師として三流だ。

『善良で虫も殺せません』っていう奴の方が質の悪いケースが多い。

実際お前もコロッと騙されてただろ?

実際『バルニャ』が、闇社会でなんて呼ばれているか知ったらお前、きっとびっくりするぞ」


「なんと呼ばれているんだ?」


「『毒女蟷螂』だ……。

食いつかれたら骨の髄までしゃぶられることからそう言われているらしい。


あの赤シャツですらしゃぶられ捲って、挙げ句の果て言いなりになっているそうだ。

見た目じゃ清楚でおしとやかだがよ、夜も凄いと聞くぞ。」


「可哀想な借金奴隷じゃ……」


「そんな訳あるわけ無いだろう。いい加減目を覚ませ……」

呆れたようにヤルは呟いた。



「赤チョッキは、彼女の言いなりってことか…」


「まあ、言いなりってことは無いだろう……。

あくまで、主導権は赤チョッキに取らせていると思うぞ?

彼女は期間がくれば開放される借金奴隷と違い犯罪奴隷だ。赤チョッキが彼女に満足出来なくなればいつでも切ることが出来るってことはわきまえているだろうよ。

だからこそ他にも自分が彼の為に役立てるって事を色々アピールしているんじゃないか?」


「組合で奴隷の内情を探るとか?

亜人と人間の間に緊張関係を作らせ、互いに監視し合わせたり、彼らが纏まって行動を取ることを防ぐとか?」


「そんな所だ。」


「それなら『ザギンの実』の件も納得出来る。ボックは身内以外に『ザギンの実』について話していないと言っていたけど、彼女は例外だったはず…」


「そうだ。『宣言』する為に少なくとも組合の誰かにはザギンの道がなっている場所を伝えたはずだ。」


「誰かってバルニャしかないだろう?」


「ああ。」


「それで『バルニャ』が『ダッケ』に事前に場所を告げて…」


「待ち伏せさせた。」


「結果見に行ったところ予想もしない結果か起こったんで、慌てボックを助けに走ったと…。」


「バルニャの立場だとドワーフとの関係で多少の緊張は必要だが、決定的な亀裂は避けたいだろう。」


「人間と亜人が正面衝突したら組合で培ってきた可能性の立場なんて飛ぶだろうからな。」


「ボックはドワーフ要人の孫娘だ。

彼女が死んだりしたら、ことはさらし場だけの話には収まらなかっただろう。」


「ヤルの事だダッケからも裏は取ったんだろ?」


「ああ。直接会って聞いた。迷惑をかけたく無い人がいると言って、初めは言い渋っていたが…。何とか説得してな。


あいつの言う分には、ベモという組合の役員からザギンの実の場所について教えて貰ったらしい。


『俺だけが知っているザギンの場、教えてやるから行ってみな。誰も知らないから取り放題だぜ。宣言はお前がすりゃいい。』」

そう言われたらしい。


その後組合の壁に張ってあるさらし場内の宣言済みエリアを確かめたらしいんだが、そこは描かれていなかったらしい。」


「ベモは、確かバルニャと同じ組合の取り纏め役だったと思う。バルニャと違って大の亜人嫌いだとボックの奴が言っていた。」

(そうそう恫喝役だ)



「ん?俺が伝(つて)を使って聞いたところじゃバルニャも相当な亜人嫌いだぞ?」


「本当か?」


「ああ、話すのも触るのも嫌だとバルニャの昔のサギ仲間が言っていたんで、間違いない筈だ。『生理的』に気持ち悪いんだと。」


(彼女のイメージがどんどん崩れていくな。)


「話を戻す。今まで何度かダッケは『ここだけの話』をベモに聞いたんだと。でも実際駆けつけて見ると、僅差で先に亜人達にその採取場や狩り場を抑えられたケースが多かったとか。

『きっと亜人が彼らの話を盗み聞いて場所を特定しているのに違いない』そうボックの奴は言っていた。

『例え抑えられたとしても、奴らはいちゃもんをつけてくるし』とボヤいていたぞ。


まあ、組合が亜人と人間相互に同じ情報を流せばこうなるわな。」


「因みに、彼はボックを川に放り込んだ件は認めたのか?」


「いや。それがこの件についてはガンとして奴は認めようとしないんだ。

『俺はやっちゃいねぇ』としか言わない。」


「ダッケが嘘をついてる可能性は?」


「俺は奴の言葉を信じたい…。」



(だろうな…)


◼□◼□◼□◼□


時刻は早朝、一人マントで顔を隠した者が周りを気にしつつある方向に向かって歩みを進める。


その人物はとある場所にたどり着くと辺りを念入りに調べ、そして頭を振った。

そして誰かの気配に気付いたのかビクッと身体を震わせ近場の茂みに飛び込んだ。


待つこと数分、小柄なドワーフが同じ場所に到着し、目に見えぬ何かと交信を始めた。

それと共に壁らしきものが後退していく。


そして一瞬、力が抜けたのかドワーフが片ヒザをついた。


茂みに隠れていた人物はこの時を待っていたのか、スッとドワーフの後ろに忍びよる。

そして持っていた棍棒を振り上げたその瞬間


ボコっという音と共に穴へと落ちた。


「なんで……」


「なんで…?」


「バルニャさん、どうして……」


「ふん、私を誘き出す為の罠だったのかい?小狡いドワーフらしいやり口だよ。まったくね。何時から気付いたんだい?」


「今の今まで信じ、お慕いしておりました…。」

信じられぬ物を見たような表情を彼女は浮かべた。


「それはそれでヘドが出そうだ。

まあ、今回私の動きに反応できた点だけは褒めてやるよ。前回は何も出来ず無様にぶっ倒れただけだったからね。」

バルニャはそう言って笑った。


「私や周りの子供に接するバルニャさんの分け隔ての無い立派な態度を見ていて、この方は尊敬に値する立派な方なんだなと信じていましたし、もう今はこの世におりませんが母のような方だとお慕いしていました。」

なのに何故?と言うような表情を浮かべた。


「こいつは傑作だ。あんたが私の子供だって?まったく持って想像するだけで気持ち悪い。私にゃこんな髭を生やしたチンチクリンなガキ産んだ記憶もないし、産むのもはっきり言ってゴメンだ。」


「嘘、嘘ですよね……?私を人間の子供のイジメから守って下さったり、病気の時必死に看病して下さったじゃないですか…?

誰かに脅かされてそう喋らされているとか…ですよね?」


「これだからガキは嫌いだ。優しくするとすぐ付け上がる。お前に親切にした理由なんて決まっているだろう?


『利用価値があるから』

これだけさ。

お前らドワーフは結束が固いからね。内話の話なんて部外者が聞ける術(すべ)がない。

ましてや、氏族長に近い者の情報なんて尚更だ。

イジメから守っただ?やつらはほんの少し褒美を与えてやっただけで良く動いてくれたよ。本当にね」

そう言って下卑た笑いを浮かべた。


「そんな…」

ボックはガクッと膝をついた。

そんなボックを横目に穴の縁に手をかけるとバルニャはヒョイと上に上がった。


「愚かだね……まったく。」


「何故私を川に落としたんですか?そこまで私が嫌いだったんですか?」


「嫌いじゃなかったよ。ただ生理的に気持ち悪かったたけで。

お前を川に落としたのは……

このままお前が居なくなっちまえば

ザギンの実を独占できるんじゃないか……

そんな風にふと魔が差しただけだよ。」


「たかが…ザギンの実の為に……

組合には宣言する際、証拠として一部お渡ししているじゃないですか。」


「ふん。たかがザギンの実ってかい……

食べ物一つで命のやり取りをするような生活をお前がしたことが無いからそんな風に言えるのさ。

あたしが育ったスラムじゃ、パン一欠けの為に殺傷沙汰が起こるなんて日常茶飯事さ。

そんな中、春に実をつけるザギンの実はあたしら兄妹に取って最高のご馳走だったんだ。」


「だった?」


「ふん。良くあるつまらない話さね。

幼いあたしに食べさせようとして、

ザギンの実が成っている貴族様のお屋敷へ忍びこんだバカ兄貴がいつまでたっても戻らなかった。

ただそれだけ……さ。


一部組合に入れただ?。

100個以上成っているうちのたった20個程度じゃないか。ベモのやつと半分ずつ分けたら10個にしかならない。

まあ、やつは私にぞっこんだし、間もなく労役期間が終わって解放されるのが分かっているから頼めば全部くれると思うが……

にしても少なすぎると思わない?」


「えっ……?間もなく解放される借金奴隷って、バルニャさんじゃなかったんですか?」


「やれやれ、どこでその話を聞いたんだろうかね……。

借金奴隷は奴に決まってるでしょうに。健康な男がさらし場にいる時点で不思議に思わないってのは相当鈍いんじゃない?」


「でも、バルニャさん旦那様の借金を……」


「はあ……?あたしは結婚なんてしたことなんて一度もないよ。」


「でもそう言って……」


「お前は少し人を疑うことを覚えた方が良いね。どこで聞いたか知らないが、そんなの適当に言ったに決まっているだろうが。

相方のベモからお涙頂戴するためにね。

男ほど……この手の話に弱いもんなんてないから。一発でコロリさ。」

そう言ってバルニャは妖しく笑った。


「さて、どうしたもんか。お前を消すことは容易いが……

後々色々と面倒だ。」

しばしの間バルニャは考え込んだ。


「しょうがない…今回のことは全て忘れな。

それで手を打ってやる。

ただし……ここで喋ったことが漏れたら分かっているわね?

さらし場でお前を社会的に抹殺するなんてことは容易いこと。

それにもし、あたしの身になんらかの危害が及びそうになったら……

躊躇無くあんたを殺すから…ね。」

そう言うとあざとく笑った。


「理由なんていくらでも付けられるし、

お前は確かにドワーフのお偉いさんの孫かも知れないが、あたしの為ならあの人がなんとかしてくれるからね。揉み消すのなんて簡単なもんさ。」


「あの人?」


「ああ、お前達は知らないか…。

あたしは赤チョッキの情婦なんだよ。」

そう言ってバルニャはクックックックッ…

と笑った。


(そろそろ介入の頃合いか?)

薮奥で身を潜ませていた俺は同行のベロウニャの顔を見る。が、横にいたベロウニャが俺の動きを制した。

 

首を振り、再度座るよう促した。


(何か思惑があるのか?まあ、ヤルのギルド員がボックの件と無関係と証明出来ただけでも成果はあったが……)


ボックがノームに頼んで開けた穴向こうを一瞥し、ザギンの実が無いことを確認すると

バルニャはつまらなそうにふんっと鼻を鳴らし来た道を戻って行った。


残されたボックは、暫く動く素振りさえ見せなかった……

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