交渉ごと
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手持ちのゴブ魔石が心細くなってきたので戻ることにした。
(また階位が上がったか…。力が漲るようだ。飛ばすか…)
バンッ
と踏み込むと僅か数秒でトップスピードに達した。
景色は流れあっと言う間にゴブリンドームに到着する。
(いちいちゴブリンを狩るのも面倒だな。スルーするか。)
ゴブリンどもの横をすり抜け、一目散に小部屋へと向かう。
部屋に着き、棚に鎖帷子、ソード、ボーラを置いた。
(そろそろ一度ベロウニャの所へ行くべきだな。)
そう判断し野営地に向かうことにした。
それから15分ほど後、俺は野営地前にいた。
(さて、どう切り出して野営地の中に入るか。)
しばし野営地の前で悩んでいると、番小屋にいたヨゴレが不審に思ったのか出てきた。
良く見ると時々会話を交わすヨゴレだった。
「お前、隼人じゃねぇか。一体何しに来たんだ?終了分のサインはとっくにした筈だが?
何か忘れ物か?」
(ええい。ままよ。)
「実はベロウニャさんから、話しがあるので後でくる様言われたんだ。中に向かいたい。ここを通してくれ。」
「何バカなこと言ってやがる。
一介の能無しのお前を、ドワーフの長老が呼ぶ訳無いだろう?」
(やはり無理か……。そうだ!)
「嘘じゃない。これを渡しに来た。」
そう言って手に持っていたゴブ魔石を見せた。
「魔石か…………。丸っきりのヨタ話しじゃなさそうだな。やつら最近集めているらしいからな……。2個だ……。」
「?」
「2個で良いっていってんだよ。俺とお前の仲だからな。早くしろ。」
(ああ……)
「俺達能無しがゴブリンを倒すのがどれだけ大変か知ってるだろう?」
「嫌なら帰れ。」
俺は大げさに肩を竦めると、奴の手の中にゴブ魔石を2つ落とした。
「20分だ。」
「?」
「だから20分以内に受け渡しを済まして来いって言ってんだ。それを越えたら俺はもういないからな。」
「分かった。助かる。」
そう言って俺は軽く手を上げ、野営地奥へと向かった。
野営地を奥に向かって歩くと、先の方に見知ったドワーフがいた。
(良かったボンだ。案内を頼もう。)
向こうも俺の顔を見つけたのか歩みよって来た。
「隊長どうしたんですか?」
「ベロウニャ、いや氏族長の所へ行きたいんだが案内頼めないか?」
「勿論お安い御用です。場所はすぐそこです。ついて来て下さい。」
ベロウニャが居を構えている場所は入口から歩いて5分程度の場所であった。
石づくりの堅牢な建物で全体的に赤茶けているのが印象的な住まいだった。
ボンがベロウニャに取り次ぐ為、奥に入っていった。
時間をおかずすぐに中へと招きいれられた。
「隼人殿、ボロスから貴殿の起こした奇跡について聞いておる。本当に何と言って良いか。感謝してもし切れぬ。」
手を握られ抱き締められた。
「お役に立てたようで光栄です。
ただ、これはボロスにも言ったことですが、実際闘いオーガを倒したものはドワーフ族の戦士達です。どうか彼らを褒めていただければと……」
「それは勿論の事じゃ。彼らにはキチンと酬いるつもりだ。
ただ、お主の策が無ければ果たし得なかったのも紛れもない事実。謙虚さは時として美徳ではあるが、過ぎたれば周囲から恨まれる元になる。」
「……良く分かりません」
「お主が謙遜したとしよう、お主より働きの悪かったものの立場はどうなる?」
「働きの成果を主張し辛くなります。」
「分かっているじゃないか。
誇るべきところは誇り、主張すべき誉れは主張する……。
分かられたか?」
「はい。」
「分かられた所で、お主に礼をしたい。何か欲しいものはあるか?」
(話の流れからして……
断れないか。この爺様相当のタヌキだな。
もし俺が固辞すれば、一緒に戦ったやつらに報酬を渡すのが、はばかられるとでも言いそうだ。ならば………そうだ!)
「報酬は物でなくとも?」
「構わぬ。なんならボックでも良いぞ」
(冗談…だよな?)
冷や汗が浮かんだ。
「その申し出、大変魅力的ではありますが、こ度(たび)は別のものでお願いします。」
「なんじゃ?言うて見るが良い。」
「ヤル達の命」
「ん?」
「ヤル達の命を狙わないと約束下さい。」
「…………お主は迷い人じゃろ?
この世界の者とはしがらみは無いはず。
知っておろうが、彼ら(シーフ)も彼らなりの打算を持ってお主と付き合っている。
決して好意だけではないぞ?」
「それは分かってます。」
「ならば何故お主はそこまで彼らに肩入れするのじゃ?」
「前にこう言われましたよね?
『命の恩』には『命』で……と。
俺はヤルにその恩がある。」
「はっはっはっは 確かに言った。
ここでそれを出してくるか。これは……一本取られたわい。良いだろう。
ヤル達の命、見逃そう。
ただし条件がある。」
「条件?」
「ああ。『彼らが先に我らを裏切った場合にはその限りではない』……と言うことだ。
争いを仕掛けられてまで、手をこまねくつもりはないからな。」
(まあ、もっともな話だな。)
「それを飲むのであれば、『我ら自からの手でヤル達へ先に仕掛けるつもりはない』と約束しよう。」
(随分回りくどい…がこれも妥当な条件だな)
「ああ、それで良い。」
そう言って頷いた。
「よし。決まった。約束は守ろうぞ。
で、だ。それはそれとしてこれをやろう。」
そう言ってベロウニャは懐から指輪を取り出し、俺の手を取ると中指に嵌めた。
(指輪?)
ついている石に何か紋章が刻まれている以外は、特に特徴はない。地味な指輪である。
(嵌められているこの石は何と言ったっけ……。
確かこの独特の目のような紋様は……
そうだ『タイガーアイ』だ。
宝石じゃなくいわゆる貴石(パワーストーン)だった筈だ。
そういえば姉貴が一時期この手のパワーストーンにはまっていたな。
懐かしい……)
不思議なことに、多少大きめであったその指輪は俺の指に通されると縮みきっちりフィットした。
(ただの貴石であるはずもないか。)
「その指輪はパルデドワーフ(ドワーフの友)と言うものだ。お前がこの世界で困ったことがあったら、それを我らが同胞に見せると良い。氏族に関係なく可能な限りの助力を得られるはずだ。」
(石自体は高価ではなさそうだが…名誉士民の称号みたいなものか。)
「有り難く頂いておきます。」
そう素直に言って頭を下げた。
「そうか。貰ってくれるか。大切にしてくれると嬉しい。」
そう言ってベロウニャは相好を崩した。
その後俺はベロウニャと握手を交わしねぐらへと向かうことにした。
建物の出口までベロウニャが見送りに来る。
「ここまでで結構です。ありがとうございました」
「そうか。じゃっまたな。」
そう言ってベロウニャは一旦中に戻ろうとした。が、何を思ったのか一瞬立ち止まり、引き返してきた。
「ああ、最後に一つ……?
お前が考える『ヤル達』とはヤル、ゼリス、ミュルガ三人のことだな?」
(なんだそんなことか……)
「ああ。そうだよ。」
それを聞いた後ベロウニャは頷き、
今度こそ本当に部屋の中へと戻っていった。
その後ベロウニャと別れ、番所へと向かう。
(まずい。感覚的に20分は過ぎているな……。もう彼は交代してしまっただろうか?)
そう思って蕃所に向かった。
中を覗くと意外なことに彼はまだ残っていた。
「遅かったじゃないか。魔石を何と代えたんだ?酒か?食い物か?」
ニヤニヤ笑いながら言う。
(こいつたかるつもりだったのか?
残念だな。どちらもないぜ。)
「残念ながら、ベロウニャとは会えなかった。」
と肩を竦める。
一瞬肩透かしを喰らったような顔をした後、
再度口を開いた。
「まあ、そうだろうな。俺みたいに伝(つて)がなけりゃドワーフ様は取り合ってもくれまい。ましてや面識の無い能無しが族長にいきなり会わせろなんていったら普通ボコられるわな。」
(こいつそれを知った上で俺を通したのか?)
彼に僅かばかり持っていた好意も四散した。
「まあ、社会勉強ってやつよ。それよりまだお前魔石残っているんだろう?
俺の伝(つて)で交換して来てやるよ。駄賃は貰うがな」
そう言って彼は下卑た笑いを浮かべた。
(ふん、くれてやら〜)
俺はゴブ魔石を奴の足下に投げつけて言った。
「そんなにこれが欲しいならくれてやる。」
「ふん、これだから礼儀の知らねぇガキは困る。どこで魔石と物を交換出来ると聞いたか知らねぇが、出来ないと分かるとこれだ。」
彼はそうぶつぶつ言って、床に散らばった魔石を拾い始めた。
(結局拾うんだな…)
俺はその後何も言わず番所から去っていった。
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