依頼

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翌日、ベロウニャと俺達は小部屋で会談を持っていた。


「先ず我らをきゃつらの楔(くさび)から解き放って頂いたこと、氏族を代表し感謝を申し上げる。」


「首尾は上々だったんですね?」


「うむ。先発組は我を含め、ほぼ解き放れた。」


「ほぼ?」


「ああ。残念ながら数名ほど『ヘパイオ』の御許へと旅だつ事になってしまったが。」


「数名って具体的に何名なんだ?」

とヤルが口を挟む。


「3名だ。」


「聞きてぇのは、単純な人数じゃなくって、割合だ。何名中何名が死んだんだ?」




「180名中3名だ。それがどうした?」



(ざっと1.66パーセントって訳か。少ないって言えば少ない……か。)

俺はざっと頭で計算した。


「賭けるに値する数字か、知っておきたくてな。」


「ヤルよ、

他者に隷属させられた不名誉な生と

自由な死、比ぶるべくもなかろうが……。

試す価値は充分あると思うが……の。

しかも主らが負うのは、我らと違いあくまで自身の命のみであろう?」


「その生き様が『名誉に値するものかどうか』なんて俺らには関係ねぇ。

重要なのは、あくまで『生きてこの鉱山(やま)から出れるか出れないか』だ。

わずかでも、リスクがあるのなら躊躇うのは当前のこと。

皆で生き残る為に、より確率の高い方法を探ってやるのが、上に立つものの役目だと俺は思うが?

皆がみな、脳筋のあんたらと一緒の考えだとは思わないでくれ。


人間は臆病な奴も多いんだ。」


「……亡くなった者は、高齢で先行きが危ぶまれていた者と心の臓に問題があった者が中心だ。

健康だった者で倒れた奴はいない。これで充分だろう?」

それだけ言ってベロウニャは口をつぐんだ。


「2日ちょっとで180人解放だとすると、あと最低5日かかる勘定だな」

話を変えるべく、俺は口を挟む。


「いや、今日を含めあと3日で全員を終わらせるつもりじゃ。水温が上がってきておるのでな。失敗するリスクが上がってきておる……」


(確かにここ数日で気温も上がって来ている。

蛭退治ができる季節もあと僅かか……。


焦る気持ちも分かるが

いっぺんに多くのドワーフが川へ向かって、怪しまれないんだろうか?)


「上手く分散させて、向かわせる。それに人気の無いちょうど良い場所があるでな。」


「なぜ俺の考えが分かったんだ?」


「不信そうな顔を浮かべられればおおよそ分かる。」

そうベロウニャは言った。


「ところで、そこに積まれているのはもしかして魔石か?」

とベロウニャが棚を指した。


「ああ、そうだ。」


「もし良かったら、それらすべてわしらに引き取らせて貰えないか?対価はキチンと払う。」


「俺は構わない。ヤルとゼリスは?」


「これは殆どお前とゼリスの二人で狩ったようなもんだ。二人で決めてくれ。」


「ゼリスは?」


「バーバリアン、ヤルの兄貴はああ言っているが殆どお前が狩ったようなものだ。

ゴブリンジェネラルやゴブリンメイジに至っては俺が狩れたものは無い。残念ながら……な。

だからバーバリアンの好きにすれば良い。」


「魔石の剥ぎ取りや陽動、二人の手助けがなければここまで効率に狩れたと思わない……。

これは俺達三人の成果だ。」

そう言ったがヤル、ゼリスとも頭をふる。


(頑固だな……。

取り敢えず処分については俺が決めるしかなさそうだ。)


「そもそも俺にとってゴブリン狩りは階位上げが目的であって、魔石は副産物にすぎない。

今は使う用途も特にないから、ここにある魔石すべてベロウニャさんに譲ろうと思う。

対価についてはベロウニャさんを信じ任せようと思う。」

そう二人に向かって言った。


「待て……。ここにある魔石、お主がこのほとんどを狩ったとでも言うのか?


500は最低でもあるぞ?

一昨日この部屋に来た時は魔石はなかったように思う。」


「そう。ここにある分はすべて2日で狩ったものだ。」

と俺は頷いた。


「だとすると…

数日あればこれと同量の魔石を手にいれることは可能か?」


「可能だな。正直一人では少し厳しい気がするが。魔石は多少ゴブリン以外の物が入っても大丈夫か?」



「もちろん構わない。」


「わかった。他ならぬベロウニャの頼みだ。なんとかしよう。」


「助かる。」


俺は大きく頷いた。


「魔石を手に入れてくれると言うのなら、我らがドワーフ、全力をもってお主をサポートする。」


(階位上げのついでに集めるのなら一石二鳥だな。)


「ではいくつかの装備の用立てと、石を回収する為の人を出して欲しい。それと何故そんなに魔石を必要とするのかその説明も知っておきたい。」


「承知した。対価については期待しておいてくれ。説明もしよう」

そう言ってベロウニャは大きく頷いた。


「それはそうとまだ時間はあるかの?」



「俺はあるが。ヤルとゼリスは大丈夫か?」

ヤルとゼリスを見る。



「大丈夫だ。」

とヤルは頷いた。

その横を見るとゼリスもコクンと頷いていた。



「お前達に見せたいものがある。……

と、その前に……」

ベロウニャは立ち上がり

奥のロックチェアーへと向かい、膝まずくとミイラに手を合わせた。



「こいつをもしかして知っているのか?」

とヤルが聞いた。



「ああ。我らが先祖のうちの一人だ。

山向こうの彼方(かなた)国より、ミスリルを求めやってきた先達(せんだつ)だ。

数百年前から伝わる伝承では、我らが先祖は

地下の道に入り、リザードマンの里、オーガの砦を抜け、ゴブリン溜まりを越えようやく新天地にたどり着いたと聞く。

暫くは守人を部屋において道を確保していたらしいが、里を作り定着してから守番は無くしたと聞く。

なぜ、このご仁がこの部屋に残られたかはわからないがな。


しかし隠し通路がこんな近くにあったとは驚きだ……。

時を経た後(あと)、伝承を元に何度か我らが同胞もこの道を探したのだがな……。


待てよ……?伝承では……」


「隼人どの、ヤルそこの棚を少し動かしてくれ。」



「こうか?」



「ヤル、壁を」



「人使い荒いなじい様は……」



「おっ、これは…………?」



ヤルは壁の窪みに手を入れ引いた……。

『ゴトッ』と言う音と共に

壁が横にスライドした。



「ここにも階段があったのか……」



「俺様としたことが抜かったぜ。」



「マチス(風と泥棒の神)の子としては珍しいな。下に鍛治場がある筈だ。」



「すげぇ。でもここだが、元はあんた達のものだとしても……俺達が再発見(みつけ)たもんだ。今は俺達が使っているし、渡すつもりもねぇ。」

とヤルが言った。



「安心するが良い。今さらお前達にこの部屋を返して貰おうとは思っていない。

因みにお主はオーガの砦までは行ったのか?」

とベロウニャは俺の顔を見た。



「行った。だが全然歯が立たなかった。」

と俺は答えた。



「そうか。なら伝承は正しかったと言うことだな。」

そうベロウニャが呟いた。


「さて、それでは行くぞ。」

とベロウニャは言った。



「どこに行くんだ?」



「野営地の奥だ。ノルマの袋をお主ら持ってきているじゃろ?」



「ああ、持っている。終わったら回る予定だったからな。」

と3人とも頷く。


「ふむ。では中身を見せてみろ。」


そう言われ三人とも中身を見せた。

「丁度良い。急ぎ頼んでいたものがある。」

そう言ってベロウニャはにやりと笑った。


「では行くぞ」


その言葉を合図として、俺達は野営地へと歩き始めた。


その後小一時間ほど歩き、野営地の手前でベロウニャと一旦別れた。



時間を少し置き、ヤルとゼリスと一緒に番小屋へ向かう。


持ってきた荷物とリストの照合を受け、ノルマ帳にサインを受けた。



「最近お前ら良くつるんでいるな。」

と番人が言った。



「俺がか? このチビとは確かにつるんではいるが……。こいつと俺がつるむなんて冗談だろ?」

とヤルが俺を指差した。



「お前、この前こいつに荷物の確認手伝わせていたじゃねえか。」



「確かに……こいつとは顔見知りだが……。

こんな野蛮人と俺がつるんでるって言われてもなぁ……」

そう言ってヤルはにやりと笑った。



「体(てい)良くパシリに使っていたのか。

呆れたやつだ。


お前も仲間は選んだ方が良いぞ。」

と俺を見て言った。

 


話の最中、不意に野営地の奥から居丈高な声が響く。

「それはもしかしてヤスリと金床が入っている袋じゃないか?


慌てて、番人が中身をもう一度確かめた。

「その通りです。」


「急ぎその荷物をこっちに持って来るんだ。」


彼は俺達が持ってきた荷物を1つ担ぎ野営地の奥に向かおうとした。


「1つだけじゃない3つともすぐ持ってこい。」

と重ねて声が飛ぶ。


「ドワーフの旦那、少し時間をくれませんかね?3つ一遍に持っていくとなると時間がかかります。

流石に番小屋を長い間、空ける訳にもいかないので。交代の要員が来たらすぐにでもお持ち致します……」


「ふん、そこに『能無し』が3人いるだろう。そいつらに持ってこさせろ。

その物品の到着が遅れたせいで、採掘ペースが遅れた場合、お前が責任を取れると言うなら話は別だが。」


「俺達で持っていこうか?」

と俺は提案し、


「お前らも来るよな?」

と振り返って二人を見た。



「ちっ……しゃあねぇ。ゼリス行くぞ。」

とヤルが話を合わせてきた。


「お前達、恩に着る。本当に行ってくれるのか?」

渡りに舟とばかりに門番はその話に飛びついた。


俺が頷くと、

「帰りがけにこいつを出してくれ。俺がいなくてもここを通れるように話しておく。」

そう言って紙にすらすらと文を書き渡してきた。


それを受けとり俺達は野営地の奥へと向かった。


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門を通り野営地の中に向かう。

ここは野営地と言えども石造りの簡易な建物が多数並び、まるで小さな町の様だ。

ドワーフ族に合わせてか建物の高さは総じて低い。

野営地の手前にある建物は『よごれ』達の待機所かそこの一角だけ高い建物が並んでいた。


野営地に入るとベロウニャが待っていた。


「俺達の寝床(掘っ立て小屋)とえらい違いだぜ。まったくもって良い身分だな。

ドワーフ様は。」

とヤルが呟く。


「これらは我ら自身で築いたものじゃ。

主らも頑張って建てたら良い。」 


「俺も……土魔法が使えたら作るさ。」

とヤルはうそぶいた。


「やらないで済む理由を、敢えて作るようじゃ駄目じゃな。


人生結局『やるか』「やらないか』それだけじゃ。


それはそうと目的の場所はそこだ。ついてこい。」


後について野営地の奥へと向かうと、一際大きな倉庫へと案内された。

中に入ると、日用品、食料品、鍛治道具などが整然と並べて置いてある。


(量はそこそこあるが……別に普通の倉庫だな。)


キョロキョロ周りを見ていたヤルも同じ考えに至ったらしく今度は石造りの床や壁を、コツコツと叩き始めた。


「じい様、こんな物を見せるため俺達をここに呼んだんじゃないだろう?」


「勿論そうだ。で何か見つかったかの?」


「何も不信なものが見つからねぇ。

隠し扉でもあるかと思いきやそれもない。

ただ逆にそれが勘に触りやがる……。」


ヤルがそう言って顔をしかめる。


ベロウニャがそれを見てニヤリと笑った。

「シーフのお前でも分からぬか……」


「魔法……?」

思いつき聞いた。  



「ほう……?」

ベロウニャが目を細め


「当たりじゃ……」

と笑い出した。 



『ヤデルポロピティル』

そうベロウニャが唱えると、床の一部が陥没し、地下への階段が現れる。


「こんなの反則だろ。分かるわけねぇわ」

とヤルが呟いた。


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階段を降りきると、かなり広い空間へとでる。


そこで目に入ったきた光景に、俺は思わず目をとられた。


(なんて明るいんだ……)


正面の壁全体が煌々と青白い燐光を放っている。

(すげぇ)


呆気に取られた俺の様子を

ベロウニャはニヤニヤと見ていた。



「どうだ、凄いだろう?」



「ああ、凄い……」

この世界では人工的な光などある筈がなく、その明るさに思わず俺は見惚れてしまった。



「これ全部聖銀(ミスリル)か?」

とヤルが口を開いた。



「そうだ。」



「まさか全部純銀だとか言うんじゃねえか?」



「ああ、そうだ。ミスリルクズを精錬して固めたものだ。これだけじゃないぞ?まわりを見まわしてみろ……」



両端の壁には木箱が山積みとなっているのが見てとれる。

更に良く見ると置かれている箱の形状が左右の壁で違っているのが分かった。


「これは?」


「見てみるが良い。」

その言葉に促され一つずつ開けてみることにした。

(片方の形状の箱に入っているのは魔石だ……な。そしてもう片方は……

長持のような形状の箱には…… 

なんと驚いたことに『ライフル』と言っても違和感のないような、細長い形状の金属製の筒が入っていた。


「まさか『銃』……?」

そう俺が呟くと



「やはり、知っておったか……」

とベロウニャは答えた。


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「おい、じいさん俺らにも分かるよう説明しやがれ。」

そう言ってヤルが話に入ってきた。


「まずは正面の壁についてからだな。隼人お主は聖銀(ミスリル)についてどの程度知っておる?」


「硬質な素材としか知りません。」


「まあ、間違いはない。ただ、それだけではないのだ。」


「他にどんな特性が?」


「多くの魔物にとって銀は毒となる。不死属性であれば特にな。一説によれば、純度の高いミスリルを溶かした液体は魔物の核となる魔石を溶かすとも言われる。

それ故、ミスリル金属の価値は高い。」


(なるほど……通りで……。

そんなものを粉末にして目に振りかけたら……

大変なことになるわな。)


昨日のゴブリン達の悶える様が思い起こされる。


(くず鉱石ですらあの効果だものな……。

ん?待てよ……?

ナイフでサクサク魔物を狩れる理由(わけ)って……。

もしかしてミスリル製だからとか?)


「他にも用途として、光源として用いることもある。

が、コストパフォーマンスを考えると金持ち以外にはまあ使わん」


(紘道の光は、ミスリルによるものだったんだな……)


「つまり、この壁を掘り出すだけで俺達は大金持ちになれるってこと?」

今まで黙っていたゼリスが、急に口を開く。


「まあ、ここから持ち出せればだな。」

とベロウニャが含みのある口調で返した。



「もし、虫から解放されて自由の身になったら……」



「その時は自由に持って行くが良い。お前らには世話になったからな……」



それを聞き、

「やったぜ兄貴」

とゼリスが小さくガッツポーズをとった。


(何か見落としがある気がする……)


ヤルの顔を見ると同じく腑に落ちていないように見えた。


「有難い話だが……何故……そこの壁は『純銀』なんだ?」

とヤルはベロウニャに聞いた。


(そう言えば、ベロウニャは精錬したと言っていたな。)


「兄貴、解放されたあかつきに、運び出しやすい様加工しただけじゃないのか?」



「これらは我が一族が長い間かけてコツコツ貯めおいたものじゃ。」

とベロウニャが言った。



「魔石も相当量集めたみたいだな……

『よごれ』を使って魔石を集めているのは知っていたが、その理由はなんなんだ?」

とヤルが聞いた。


それに対しベロウニャは直接答えることはせず、俺に話を振ってきた。


「そもそも魔石とは何で出来ていると思う?」


(『魔石』が何で出来ているか何て、考えたこと何てなかったな。


こんな石、何でドワーフは欲しがるんだ?


ドワーフと言えば、『鍛治』だよな。

鍛治には、熱……。


熱を起こすには…… エネルギーが必要だ。

魔石がエネルギー源と考えればしっくりくるな。鍛冶に必要ならよごれに集めさせたとしても、違和感はもたれ難い。


エネルギー源として考えて

間違いないだろう……。


問題は何で出来ているのか……だ。

待てよ?)


「分からぬか?」

暫く答えなかったからだろう、ベロウニャが俺に対し失望の色を浮かべた。


「オド(魔素)ですね。」


「ほう……何故そう思った?」


「魔石をあなた方は、エネルギーとして使用していると推測しました。

この世界で『エネルギー』と言ってまず思い浮かぶのは『魔法』……。

そして魔法を発動する上で、必要不可欠なのが『マナ』と……」


「『オド』」


パチパチパチパチ



「その通りだ。見事、見事な推理だ。」


「そして、これら魔石は使い方を俺が知らないだけで、武器となり得るものだと……」


「ほう?ならばこの状況をどう見る?」



「『反乱前夜』」

と俺は臆せず言った。




「それはちょっと違う。」



「?」



「もともとこの地を治めていたのは我々だ。

それを人間族がさも『良き隣人』の顔をして近づき、王家の者を捕虜にした。

その上、蛭なるおぞましいものを植え付け服従を強制してきた。」



「なるほど『反乱』ではなく、『解放』だと……。そして、俺らにこれを見せたってことはここで始末するつもりか……」


ヤルとゼリスはナイフを抜く。


「まあ、待て。我らドワーフはお前ら人間族と違い受けた義理は返す。恩は恩で、仇は仇でな。しかも協力を頼もうとする相手に対し害するつもりがあると思うか?

そもそも良く考えてみろ。隼人はこの地の者ですらない。」

とベロウニャが言った。



「ふん。」



「それに、『解放戦争』を今起こすつもりはない。『王家』が囚われている限りはな。」



「それなら何故ここを見せた?」



「我らが本気を分かって貰う為と、協力を願いたいが為だ。」



「協力ってのは、『魔石』収集のことか?」



「ああ、お前達ほど魔石集めに長けた者はいない。小部屋で確信した。」



「で、報酬があれってことか。」

ヤルは顎てミスリルを指した。


「我々はこの紘道の入口付近を崩落させようと考えている。『魔石』を使ってな。

大規模崩落の報を帝都の官僚が聞いたらどうとると思う?」


「生き埋めになったと取るのでは?」


「そうだ。救出までの時間がかかると分かれば?」


「生存は絶望的と取るだろうな。蛭のことがあるから、3日を過ぎた時点で我々のことを締めるだろうな」


「ああ。」 


「そうしたら我らは晴れて『亡きもの』となり彼らから解放されることになる。」



「でもだ。肝心なことが抜けているぜ。」

とヤルが言う。

 

「なんだ?」


「どうせ答えはあるんだろうが……

どうやってその後ここから出るんだ?」



「我らには『土魔法』がある。」



「お前らに限って言えば心配無用って訳だ。」



「その後この地を放棄し、山向こうの遠き先祖の地にいる同族に身を寄せるつもりじゃ。」

とベロウニャは語った。



◼️□◼️□◼️□◼️□


「族長大変だ。」

ふいに階段の上から野太い声が響く。


ドタドタと一人のドワーフが階段をかけ降りてきた。


「ボロス、客人がおると言うのに……。

急ぎの件か?」


「はい、よごれのザミュから『監察官』が近々この鉱山へ査察に来るとの情報が入ったので、

一刻も早くお伝えしなければと思い馳せ参じました……。」


「このタイミングで査察……?

その情報は確かじゃろうな?」


「只今赤チョッキ(ザナル)の取り巻きにいる我らが協力者に裏取りをさせてます。」


「監察官の詳細はどこまで分かっておる?

役職位は土黒位か?」


「役職位は不明。5日の後には到着の予定とか。」


「『ドリード』の屑がまたタカりにきたんじゃねぇのか?」


「いえ、初めて聞く名の監察官でした。

確か……『ケペロス』とか……ザミュが言っていたと思います。」


「5日で到着と言うなら、王都の役人ではなさそうだな……。郡の小役人じゃねぇのか?」

とヤルが口を挟んだ。


(『ケペロス』?? 

どこかで聞いたような名だ……。


俺がこの世界の役人など知る訳は……

………………。

いた……。


「『ケペロ-フィーネ』

もしかして『ケペロ-フィーネ』って名前では?」

と俺は聞く。


「そうです。その名前です……何故ご存知なので?」

ポロスと呼ばれたドワーフは驚いた表情を浮かべた。


(悪い予感は当たるものだな。

よりによって奴か……)


「……そいつがもし俺の知っている奴ならば、間違いなく最低な奴だ。


この世界に落ちてきたばかりの時、

何も知らない俺から持ち物を全て巻き上げた上で鉱山(ここ)に俺を売り払った奴だ。

そして……確か『心読み』と『眠りの魔法』の使い手でもある。」


「なんか色々出来すぎていやがるぜ。

じい様、情報が漏れているんじゃねぇか?」


「ちなみにお主、その者の役職位を知っていたりするのか?」


「申し訳無いが、役職位と言う言葉自体今日初めて聞いた。すまない。」



「では、その者の『心読み』の能力はどうじゃった?」


「どうとは?」


「その者と接した際、どのくらい離れた距離から、心を読み取られたと思う?」


(心を読まれたのは……確か……あの優男に手を握られた瞬間からだったな。)


「手を握られて初めて、読まれた気がする。」


「接触型か……。だとすれば風触位だな。

まだ対応は可能だが……

厄介なのは変わりないな……。

なにより……作戦を早めねばならなくなった。」

そう言ってベロウニャは大きくため息をついた。


「それで、具体的にあとどのくらい俺達は魔石を集めたら良いんだ?」

とヤルが聞く。


「単純に鉱道1mを崩落させようと考えた場合、小型の魔石で大体300個必要じゃ。

我らはそれを少なくとも1km崩落をさせたいと思っている。数10m程度の崩落ではすぐに鉱道は復旧され、我らの痕跡を知られる恐れがあるのでな。

単純計算で30万あればまあ、足りるじゃろ。

そして今この部屋に約29万個はある。」


「とすると……あと1万個集めりゃあ良いってことだな。5日だと1日2千個。隼人できるか?」


「必ずしも1万個無ければならないと言うことでも無いが、出来るだけ集めて欲しい。」


「そう言うことなら、頑張れるだけ頑張って見る。ただ、先に言った通りお願いがある。」

と俺は答えた。



「聞こう。」



「装備と人員を手配して欲しい。」



「具体的には?」



「剣と防具を人数分、それと人員の手当ても願いたい。」


「分かった後で例の場所に届けさせる。」


「ならば魔石は任せてくれ。」


ベロウニャと互いに握手し、俺達は倉庫を後にすることにした。


階段を登り一般の倉庫に戻ってくると同時に数名のドワーフとすれ違う。



「彼らは?」



「開けた穴は塞がねばならんじゃろう?」



遠くで幽(かす)かに

『ヤデルポロピティル』

と言うワードが聞こえた。


◼️□◼️□◼️□◼️□


番所まではベロウニャが付き添って来てくれたため、すんなり出ることが出来た。


屑石置き場で俺達3人は屑石を回収し、出口へと向かう。


(ノルマを終えてから、魔石狩りに行くか……)


後の段取りを考えながら、歩いているとヤルが話しかけてきた。


「隼人悪いことはいわねぇ。じい様の話は、話半分で聞いておけよ。」


「味方なのにか?」


「今はな。それとドワーフ達が今本当に味方と見ているのはあくまでお前だけだ。

俺達シーフについては精々『臨時の共闘相手』ぐらいにしか思っていねぇ」



「………………」



「彼らと俺らの間にはギブアンドテイクの関係しかないと思っていてくれ。


じい様が言っていた通り

恩には恩、仇には仇、利益には利益を……だからな。

それに……何かしれないが今回のじい様の話についてはなんかキナ臭い匂いがする。

隼人立ち位置を間違えるんじゃねぇぞ。下手したら踏み外す破目になるからな。」


ヤルは忠告し、俺はただ頷くしかなかった。 


◼️□◼️□◼️□◼️□


その後暫くノルマに集中した。その後小部屋へと向かう。


部屋に入ったとたんふいに声がけされた。


「先程は話しに割り込む形となり、失礼しました。」



(えーと……ボリス? いや……)


「確かボロスさん……でしたね。」


「覚えてくれていたんですか。ありがとうございます。」


「隼人です。よろしく。」

そう名乗ると


「ああ……」

一瞬驚いた顔をした。


「何か?」


「あなたが、隼人様でしたか。

その節は妹を助け頂き、ありがとうございました。特徴をあれほど聞いていたのに、今の今まで気付かなかったなんて、ほんとお恥ずかしい……」



(特徴?ああ……東洋人はここいらでは珍しいんだろうな……それより……)



「妹さんだったんですね。

救けることが出来て本当に良かった。

作業場で足を滑らしたんでしょうか……」



「……隼人様は『さらし』の作業場(さらしば)を見たことは無いのですか?」




「さらし場がどこにあるか場所は知っていますが、じっくり見たことはないかな。」



「そうですか……。

ならばどの様に作業しているのかも知りませんね……。」

彼は納得した表情を浮かべた。



「さらし場では特殊な形状の皿に、ミスリル屑を入れ、水をくぐらせた後、沈殿させることによって不純物を取り除く作業を行っています。



そして『さらし場』自体はくるぶしが浸かる程度の深さの水溜まりにしか過ぎないんです。」



「そう言っても、そこそこの流れはあるのでは?」



「確かに『さらす』時は多少の流れはあった方が良いのは事実です。

でも単純に川から直接水を引くと、水流が強すぎて中身ごと持っていかれるので、先祖は川からの水を蛇行させた木の管を通すことにより、水流が緩やかとなるよう工夫したんです。」



「つまりさらし場から流された可能性は薄いってことですね?

仕事帰りに遊びにでもいって川に落ちたのかな?」


「川岸にある『ユミルの花』を見に行ったのか、『ザギンの実』でも取りに行って落ちたのかと思います。』


(『ユミルの花』は桜もどきのことだろうか。『ザギンの実』っていうのはなんだ?)



「『ザギンの実』って何ですか?」



「甘くて子供達に人気の果物です。

川の上流に群生地を見つけたと

妹が言っていたので、そこに行っていたんだろと思います。


ただ今回のことについては、何故かなかなか兄に話してくれなくて……。」


「心配させたくないから、黙っているんじゃないですか?」


「そうそう、時間がある時にでも妹に会ってやってくれませんか?

恩人に会って一言お礼を言いたいと言ってましたから。」


「なら後で会いに行きます。

それと一つ頼みを聞いて貰えませんか?」


「何か?」




「もう少し砕けた口調で……

話してくれないか?

名前も呼び捨てで構わないから。」


「確かに……。

俺も丁度そう思っていたところだ。

どうも丁寧な言葉は座りが悪くてしょうがない。ハハハハ改めてよろしくな。隼人。」

そう言ってボロスは笑った。







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