バックアップ
「隼人、相変わらず早いな。ところでそっちは?」
「ああ、ボロスだ。野営地の地下で会ったろう?」
「あの時途中で飛び込んできた奴か……。」
ヤルは品定めをするかの如く、じろじろボロスを見る。
「ボロスだ。よろしく頼む。族長(ベロウニャ)に言われ手伝いに来た。」
そう言ってボロスは軽く頭を下げた。
「ああ。」
一拍置いてヤルも軽く会釈を返す。
(何か含むことのある態度だな……
ヤルにしては珍しい。)
ヤルの態度に頓着(とんちゃく)することなくボロスは話しを続ける。
「とりあえず3人分持ってきた。」
そう言ってボロスは袋から鎖らしきものを取り出した。
(青白の光を帯びているってことはミスリルってことか?)
「フルプレート(メイル)は流石に用意できなかった。ヨゴレの目もあるしな。
それに……
シーフだと機動性を重視した方が良いと思ってな。」
「分かっているじゃないか」
頑なだったヤルの顔が一瞬で綻(ほころ)んだ。
「ベロウニャのじい様も本気……か。」
そう呟いている。
「フィッティングするから、そこに立ってくれ……」
その声に促されボロスの前に立つと、まず採寸から取りかかり始める。
それが済むと持ってきたチェーンメイルを
床に置き槌(つち)で叩き始めた。
10分ほど経った頃合いか、
「ちょっとこれを軽く着てみてくれ」
そう言って俺にチェーンメイルを渡してきた。
(両肩に結構重さが載るもんだな。
肩がパキパキになりそうだ。これで軽いって言うんだから、フルプレートだとどんだけ重いんだか……)
着終わると、あちこちの具合を手で触って確かめて行った。
「もう一度脱いでくれ」
脱いで渡すとまた槌でリング一つ一つ叩き始める。
そして同様の作業すること5回、満足することが出来たのかボロスは調整を終えた。
「どうだ?」
渡されたチェーンメイルに袖を通す。
(?? )
何か違和感を感じた。
(あれっ……?)
(??)
(そうか……!!)
「どうよっ」
俺の反応に満足したのかボロスはドヤ顔を浮かべた。
「肩に重さを感じない……
最初着けた時、肩にズシリと重さを感じたんだが今は殆ど感じない……すごいな。
その上、全体的に軽くて動き易い……。」
「特定の部位に負担が集中するような防具なんぞ、素人が作るもんだ。」
そう言ってボロスはニヤッと笑った。
「俺のも早くやってくれ」
ヤルが催促する。
(お前基本戦わないんじゃないか?)
多少の呆れをもってヤルの様子を俺は見ていた。
ヤルのチェーンメイルの整形が終わるそのタイミングでゼリスが到着した。
話しをヤルから聞きゼリスも目を輝かせる。
「えっ俺ももらって良いのか?」
「勿論だ。そこに立て」
そう言われたのだが、何故かゼリスはなかなか動かずモジモジしていた。
(ああ、こいつ女子だったな……)
急いでボロスに耳打ちする。
「俺はヒューマンの女なんかに興味は無いのだが……ふむ。」
何故かゼリスに俺は睨まれた。
(まったく事実は事実だろ。言いづらいだろうから、言ってやったのに……)
「まあ、しょうがない、俺より腕は落ちるが女のドワーフもいる。ただ今から手配すると時間を見てもらうことになるぞ。」
「良い。そのまま……やってくれ」
そう言ってゼリスはボロスの前に立った。
(男前だ。)
ゼリスの採寸もあっという間に済み
その後一時間も経たぬ内に全員分のチェーンメイルのフィッティングは終了した。
「武器はこれ」
そう言って二人にショートソード、俺にはシミターが手渡される。
「何故俺はこれなんだ?」
「お前の世界で、剣と言えばこれだろう?」
(これって……中近東の武器だったっけか?
迷い人って日本人以外にもいるんだな。)
「俺が住んでいた地方のものとは違うが、有り難くもらっておく。」
「ほう~。お前の住んでいた場所の剣はどういったものなんだ?」
興味を惹かれたようでボロスが食い付いてきた。
「『刀』と言って片刃の剣で切ることに特化した剣だ。折れにくくする為に2種の鋼を組み合わせて作られている。見た目は工芸品と見紛うほど美しい姿をしているぞ。」
「ほう。2種の鋼か。何故2種組み合わせる必要があるんだ?
普通、違う性質の金属を接合すると接合部分が脆くなるはずだが。」
「隼人、お喋りはそのぐらいにして、狩りにいくぞ」
ヤルが急に口を挟んでくる。
それを手で制止し、
「ヤル、気遣いありがとう。大丈夫だ。」
そう言った。
「ふん、分かってるんだったら良い。」
プイと横を向いてヤルは言った。
「元の世界のノウハウを簡単に人へ教えない方が良いって言うことは分かっているさ。ただ俺程度が知っている程度じゃ、再現するのはまず無理だと思う。それに……」
「それに?」
「帝国は『迷い人』を囲っているんだろう?
なら、再現出来ている可能性は高いよな。 万が一敵対した場合彼我(ひが)の戦力差が開き過ぎていたら……蹂躙(じゅうりん)されるだけだ。」
それを聞いていたボロスが
「隼人が言っていることに間違いが幾つかある。」
そう口を挟んだ。
「一つ目は、大した知識を持っていないと自分を侮っていること。
どんな些末(さまつ)な知識と言えども、知らないものにとって大きな意味を持つことは多い。例えばその形状とか……な。
その形状にたどり着くまで先人がどれだけ試行錯誤を繰り返したか。
数多(あまた))の失敗を繰り返し、理に叶った物だけが残った筈だ。
隼人は『刀』が美しいと言ったよな。無駄なものが省かれ、理に叶ったものが残った結果だからだと俺は思う。
そして……二つ目。我々ドワーフ族はいかなる状況に至っても決して『蹂躙』などされない。」
そう言って彼は笑った。
◼️□◼️□◼️□◼️□
暫く後
「で、結局 刀について教えて欲しいのか、欲しく無いのかどっちなんだ?」
と俺はボロスに突っ込みをいれた。
「それは……言われるまでもなく知りたい。
ただ、ちゃんと隼人が自分の話していることの重要性、価値を理解した上ででないと、フェアじゃないだろう?
それに…今俺にはお前に払えるだけの対価がない。」
「ああ、それは別にいらない。
さっきも言った通り、俺は中途半端な知識しか持っていないからな。
そんな物で対価を貰うほどずうずしくないさ。
例えボロスが言うとおりそれに隠された価値があったとしても、その価値を見抜けるだけの能力が俺にない以上、無いも同じだ。
ならば、見抜ける能力のあるボロスに知識を教えて、武器の発展に寄与した方がよっぽど良いだろ?」
「潔(イサギヨイ)いのか、欲がねぇのか、馬鹿なのか……。
とは言え俺も鍛冶を生業(なりわい)とする身、ただじゃあその知識は貰えない…。」
「なら、試作品を俺にくれ。それでどうだ?」
「分かった……。その刀とやらが出来たのならお前にやろう。俺の方が得しているような気がするが…」
「俺はそれで釣り合うと思っているから、それで良いじゃないか」
そう言うとボロスは納得がいってなさそうであったが頷いた。
俺は少し時間を貰って地面へ簡単な刀の図を描いていく。
「形状はこんな感じだった。
4つの主要部に分かれておりそれぞれ刀身、つば、束(つか)、鞘(さや)と呼ばれていた。
刀身がいわゆる刃の部分で切っ先はこんな感じだったかな。
束が持ち手の部分。鍔が刀身と束を仕切る部分となる。束は木製で、糸等を巻いて滑らなくしていた筈だ。
鞘は刀身を覆う入れ物だな。
刀身はざっくり言うと二種類の地金で出来ていて、硬い地金で柔らかな地金を包み込んでいた。まあ、正確に言えば四種なんだが…」
「四種?」
「ああ日本刀の場合、背の部分、側面部分、芯の部分、刃の部分と全て違った種類の鋼で作られてたと聞いた覚えがある。
熱した鋼を油や水で急速に冷却したり、
鋼を槌で叩くことにより鋼の不純物を飛ばす作業をしたりして、粘度や固さの違う鋼を誂えていたと聞く。」
そう言って俺は刃身の断面を続けて書いた。
「素晴らしい技術じゃないか。」
「古の技術だ。俺のいた時代では、その技術の大半は失伝してしまったと言われる……」
「そんなに昔の技術なのか?それは。」
「ああ、俺が生まれる800年以上前『鎌倉時代』が最盛期で、平和になった『江戸時代』以降は刀自体が不要となっていったからな。」
「争いごとが無い時代には不要な技術ってわけか……」
「もっともその後また動乱期に入ったんだが…
その時にはそもそも刀よりたちの悪いものが主流となっていったからな…。銃っていやボロスも知っているよな。」
ちらっとボロスを見るが反応を見せない。
(意外とタヌキなんだな。)
「ま、俺が知っているのはこんな所だ。
何か聞きたいことがあれば知っている範囲で答えるぜ。」
「なら一言聞いて良いか?」
「おう。」
「何で複数の鋼を必要としたんだ?」
「ああ、それか…
鋼は『硬いと折れ易く』、『柔らかいと切れにくい』んだろ?
しなりがあって折れ難く、それでいて切れ味の高い刀を作るにはどうしたら良いか、
これが多分一つの解だったんじゃないかな?」
「なるほど。勉強になった。」
「隼人よぉ、俺は鍛冶の技術はねぇが、どう転んでも『生半可』な知識には聞こえんかったぜ…。
お前の世界では、刀の構造が一般知識とでも言い出すんじゃねぇよな。」
「ヤル、俺が武道していたのは知っているだろうが…。通いの道場に古刀があって見る機会がたまたまあっただけだ。」
「たまたまねぇ……まあ、良いか…
取り敢えずだ、話が終わったならとっとと狩りをやってこい。時間は有限だぜ。」
俺たちは再びゴブリンドームへと向かった。
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