覚醒

◼️□◼️□◼️□◼️□


(しゃあない。しばらくの、ノルマを頑張るか。)

番所で行きの荷物を受け取り、鉱道の奥へと向かった。


(先ほどのあの感じをイメージしつつ、歩いてみるか。効率が上がるかもしれない。)

ふとそう思い、身体中マナが巡っているイメージを保ちながら歩くことにした。


(なんとなく身体が軽くなったような気がする。もう少しマナ(気)が体内を巡る速度を上げて見たらどうだろうか?)


早速やってみると少しではあるが歩く速度が上がった気がした。


しかしのところ……

ものの10分も経たないうちガス欠で地面に座り込む羽目になった。しかもなんだか目眩までする。


(スタミナ不足か?



だが目眩は何故だ?


少なくとも階位が上がって身体能力は上がったはず。なのでスタミナの問題ではない。


ベロウニャが俺にはマナ(気)が少ないって言ってたな。


(マナ切れってことか…マナって何かで補えないものだろうか?


魔法は確かマナ(気)をオド(魔素)へぶつけることによって発動するんだったな…

逆にオド(魔素)を身体に取り込んだらどうなるんだろうか?

意外とマナの代用として使えるんじゃないかな?

ものは試し、やってみよう。)


目を瞑り『大気中のオド(魔素)が吸気共に丹田(へそ)に向かって流れ込んでいく』そのようなイメージを思い浮かべた。

オドが腹の中で渦巻き滞留していくようなイメージを次に持つ。

暫くすると、身体が熱を持ったように暑くなり、身体中の毛穴という毛穴から汗が吹き出てきた。


(いいぞ、いいぞ、身体中に力が溢れかえる感じがする。あとは)


そのイメージと光球のイメージを重ね、そして足をおもいっきり動かした。


『ばんっ』と言う音ともに足が地面を捉え加速する。


『ぶちっ』


嫌な音と共に激痛が走った。


(いててて…足の腱が切れたような気がする。

魔力に今度は身体がついていかなかったか……。)


腱を治す為、近くの岩陰まで這っていきヒーリングをすることにした。


回復までの間、魔物の気配がする度に生きた心地がしなかったのは言うまでもない。


『生き残れたら、ヤル達に絶対シーフ技(ハイド)を教わる』

そう俺は心に誓った。


□◼️□◼️□◼️□◼️




今回ノルマが2倍になった為、1日16往復(片道5キロとして160km)の道のりを歩かねばならなくなった。


確か元の世界の読み物でローマ人が戦時

1日100km行軍したと読んだ覚えがある。

時速6kmで17時間ほどの強行軍だったとか…


ノルマ達成の為には、ローマ軍の行軍速度以上の時速7kmで24時間歩き続けなければならない計算である。


これからして、赤チョッキが俺にノルマを達成させる気がないのは実に見え見えであった。

(この世界に来たばかりの頃の俺だったらまず達成不可能だったな)



前に階位が上がった際、計測してみたところ、大体1時間20kmペース(マラソンランナーと同じくらいのペース)はコンスタントに出せるようになっていた。

そのベースであれば8時間もあればノルマを達成できる計算だ。ベロウニャに対し、例えノルマが2倍になったとしても達成は可能だといった根拠はこれであった。


それに加え今回足りないマナをオド(魔素)で補完する方法を覚えた為、更なる短縮が可能となったはずだ。


とは言え、

先ほどの失敗がある為、慎重を期し身体への急な負担を避ける為計画的に走る事を心掛ける。

身体への負担をあまりかけないよう50分間時速40km程度で走り、その後インターバル

10分を必ず取るよう敢えて意識して走った。

(インターバル時にはヒーリングも忘れずに…と)

これを繰り返しを行うことで、平均時速33km

をキープ。5時間弱でのノルマ達成が可能となったのである。



今回は途中で魔物を見つけたとしても交戦することはせず、全て体捌きで交わし達成を優先とした。

(効率優先でいこう。狩りはゴブリンドームで纏めてすれば良い…)


周回を行なっていると、途中でヤルとゼリスを見かけた。


「ヤルとセリス修行の方は頑張っているか?程々にな。」


「まあな。お前こそそんなに飛ばして大丈夫なのか?先は長いから配分をちゃんと考えた方が良いぜ。」



「ベース配分は一応気を使っているぞ?」


「それにしちゃ、オーバーベースっぽいが…」


「ん。ヤル兄大丈夫だよ。こいつ野蛮人(バーバリアン)だから体力は無駄にある。」



(こいつ…また勝手なことを…)


「せっかくだからここで少し休憩を取るとするか。その間、ヤル悪いがシーフ技を教えてくれないか?」


「シーフ技はギルド員以外教えねぇって言っただろう?隼人、ちょっとしつこいぞ。」


「ああ、そっちの方じゃない。」


「『風魔法』か。なら、ゼリスに頼め。」


「それも興味はあるが……もう一つの方だ。」


「『加護スキル』か?

そっちの方はこれをしたから出来るってもんでもないぞ?

体系的に覚えるのではなく、自然に使えるようになるもんだ。

それはお前だってわかるだろう?」



「どんな感覚でその『加護』を使っているかイメージを教えてもらえるだけで良い。」




「意外としつこいなお前……。 

まあ、教える約束はしたし、イメージだけで良いなら……可能か。」



「頼む。」

と俺は頭を下げた。



「まず何からだ?」



「『気配消し』から頼む。」



「『気配消し』か…… 

自分を周りの空気に溶かしていくイメージだな。自分の存在を希薄にして、周りと一体化していくようなイメージを持つんだ。」


(空気中に己を拡散していくイメージか……

存在を希薄化し、周りと同調していくといった感じだろうか……)



「『認識阻害』のイメージは?」



「相手の索敵範囲を感じ、その範囲から外れた所に常に身を置くって感じだな。あと相手の呼吸と合わせる感じも大事だ。


基本相手が見ている範囲は『相手のマナ』が微量だが通っている。

『加護持ち』はそのマナが途切れている場所がボンヤリと分かるんだ。

その途切れている場所に身体を持っていくだけで、相手は姿を見失う。」



(いわゆる視野における盲点を見抜き、相手の死角に入るようにたち回ると言った感じか?)



「『索敵』は?」



「『索敵』は『気配消し』と非常に似ている。ただ、もう少し己の存在を希薄にして一体化するエリアをできる限り広く引き伸ばしていく感じだな。

そこで対象のもつ存在のゆらぎを感じとれれば良い。」


(マナを体内から周囲に放出出来るようになれば『気配消し』と『索敵』は出来るようになる気がする……。『認識阻害』は相手のマナを感じ取れなければマスターは難しいな。

でもなんとなく『索敵』の延長線にあるような気がする。)


「ヤル、サンキュー。なんとなく掴めそうな気がした。ノルマをとっとと終えて、練習してみる。」

そう言って俺は手をヒラヒラ振ってまた走りだした。


後ろで、


「あんなんで何か分かるもんなのか?」 


「さあ?」


「あれで分かりゃあ明日からみなシーフさ。」


「でも、あいつ『野蛮人(バーバリアン)』だからな。意外と明日には習得してたりして…」



「まさか…」


こんな会話がされているとは

俺は知るよしもなかった……



■□■□■□■□


10分後、手には借り受けたナイフが冷たく鈍い輝きを放っている。


(ふう。)

いつになく、緊張しているのが分かった。


(落ち着け、落ち着け……)


階段を降り、そしてホールへと向かう。


ボール入口手前で、一旦止まり目を瞑る。


ヤルから聞いた内容を思い出しつつ、

腹式呼吸で息を整えた。

(さて、ここから本番だ。)


大きく息を吐き出すと共に

『身体からマナが外へ向かい溢れ、俺の存在が段々身体から溶け出し希薄化していく』


そんな風にイメージした。

そして……


身体から溶け出した俺という存在は、 

いつしか空間に存在するオド(魔素)と混ざり合い一体化していった。


(意識をしっかり持たたければ。

この迷宮に持っていかれるな)

漠然とした、根拠のない不安が頭を過(よぎ)った。


暫くするうち、何となくではあるが

ホール内に存在する奴ら(ゴブリン)の存在を感知できるようになってきた。


(1,2,3……22匹か……。)



徐々に気配を殺していった。


(相手が意識している方角は何となく分かる。なら…そこを避けつつ敵に近づくまでさ。)


『ザシュ』

背後から、一気に相手を狩る。

首から血飛沫が飛ぶがゴブリンは倒れた気配がない。


(浅かったか?)


もう一回同じ場所を切りつける。

ゴブリンはゆっくりと崩れ落ちた。

実にあっけない、そして後味の悪い

まるで『作業のような狩り』だった。


(ヤルが言いたかったこと、何となく分かるな……。


これじゃあ『狩り』ではなく

まるて『作業』だ……。


魔物に尊厳があるかどうかわからないが、あまり気持ち良いもんじゃないな。

でも……この世界で倫理を語っても自分が死ぬことになるだけだ。)


続けて新しい個体を狩っていく。


(2匹目以降は一刀で大丈夫か。

希薄状態から、復帰したての一刀は力が入らないと覚えておいた方が良さそうだな。)


3匹ぐらい狩ってから後には、『気配殺し』も『認識阻害』も徐々に効果がなくなっていくのが感じられた。


(俺に気付かないにせよ、目の前で仲間が倒れていきゃ流石に分かるか……

ナイフを刺す瞬間は、流石に希薄な意識状態ではいられないし……。


ヤル達シーフが連続で敵を狩っても気付

かれないのは、ある意味反則技だな……


もしかしたら彼らの加護と俺の新スキル、同じように見えて、似て非なるものかも知れない……)


3匹以降は、暗殺スキルなぞ使わず、

俺の得意な武術で力押しすることにした。

先ほどとは逆にオドを体内に集め、そして一気に加速する。


それから10分と経たずにゴブリンを全滅することが出来た。


(とりあえずシーフスキルは、『索敵』と『隠蔽』をメインに使おう。


『バックアタック攻撃』は初動から3撃までが限度だし、初動の威力が弱すぎる。

肉体の強化魔法とまるっきり反対の動作だから併用はまず無理だな……


相手に気付かれず『無双』し、いつの間にか

『殲滅する』が理想だが、そう上手くはいかないか……)


ゴブリンの身体から不器用ながらも魔石を取り出し小部屋に戻る。棚の上に魔石を置き考えた。


(次はどうする?


オーガに挑むか?


前回は戦うことすら避けた相手だぞ?


もう少しゴブリン相手に階位を上げてからに……するか?)

暫く悩む。


(まあ、『当たって無理そうならば逃走』で良いか……どうせ相手の足は遅いのだし。)


結局『自分がどのくらい強くなったか知りたい』、『自分より強い相手に挑んでみたい』という自分の欲望に忠実に従うことにした。


逃げてばかりじゃ楽しくないしね……。


オーガ拠点の入口にある『かがり火』まで一気に駆け抜ける。

先程と同じく手前で息を整え、空間と同調し索敵に入る。


(全部で30匹ぐらいか?

動きがあるのは数匹……。

そしてかがり火前にいる個体は一匹か。

一匹ならやれそうだな。)


見張りをしているらしいその1匹に狙いを定め、気配を殺し死角から切りかかる。


『ガチッ』

丸太のような首の筋肉に、ナイフが弾かれるのが分かった。


一撃、二撃……

休まず連撃を行う。


(硬い……)

あまり攻撃が効いていないのが分かる。


(モードチェンジをするか……)

空間内のオドを身体に取り込み、身体内でマナを回す。


右手にマナを集めおもいっきりナイフを叩きこんだ。


先ほどとは違い、明らかにダメージが通っているのが分かる。


(いける!)

そう感じた。



だが……そこまでだった……。


「ヴォーーーー」

オーガが叫び声を上ると同時に

仲間のオーガが集まってくるのが分かった。


(流石にまだ単独での討伐は無理か……。

仕方ない……ゴブリン相手に更に階位を上げてから再トライしよう。)


そう考え、すぐさま離脱を開始した。


◼️□◼️□◼️□◼️□


追いかけて来たオーガ達を適当に撒き、

小一時間後にはゴブリンホールへと戻ってきた。


外から覗く限り10匹程度しかいない。

(サクッと狩って小部屋に戻るとするか)



気配を消して死角から近づき、まず一匹目を狩る。一撃では倒せないので二撃を加えとどめをさす。


二匹目、三匹目は先ほどと同じく瞬殺。


ここまでは良かった……


4匹目に掛かろうとした時に

岩陰より一際大きい個体が現れ

『ギャッギャッギャッ  ギャッーー』

と雄叫びをあげた。


この叫び声とともに、岩陰より大量のゴブリンが湧き出てきた。


(図られたか?こいつらにそんな知恵があったとはな……)


ゴブリン達は連携をとり、ぐるっと遠巻きに俺を囲む。

(一対一では敵わぬと見て、数で押す作戦か……)


それだけでは無かった……

『ギャッギャッギャッ』

と再度デカイ個体がわめくと

ボーラ(重りと重りを紐で繋げ、絡めて動きを封じる武器)らしきものが俺の手足を狙い投擲された。


(動きを封じるつもりだな。封じた後は火の玉(ファイアボール))か……)


マナの回転を少し上げ、対処する。


中々ボーラに絡め取られない俺に業を煮やしたのか大型の個体は新たに叫び声を上げた。

『ギギャッギャッ』


叫び声と共に包囲の後ろから弓を射られる。


間に仲間のゴブリンがいる為、山なりの軌道を描いて矢は飛んでくるので速度はそれほどでもない。


ナイフを手に、その矢を一本一本叩き落とす。


(仲間に近づけば、誤射を恐れて打てまい。)

そう考え、俺は出口近辺にいる敵に突っ込んでいった。


俺の動きを察したのか例の個体がまたもや叫んだ。

『ギギャギギギャッ』


その声を合図として全方位から俺にゴブリンが殺到した。


目に入るものを片っ端から切って、切って切りまくる……。


止まると押しきられるのが分かる為、常に動きまわる。


(終わりが見えないってこの事か……

人海戦術で俺の体力が尽きるのを待っているんだな……)


多少の後悔が浮かぶ。

(幸いこのホールにはオドが溢れているから、暫くはなんとかなるか……。じり貧だな。)


ふと、大型の個体の横にどこかでみたような奴が杖を持って待機しているのが見えた。


(少しでも動きに鈍さが見えたり、ゴブリンに組みつかれたりすると火の玉(ファイアボール))が待っているって寸法か。

やつは、仲間が巻き込まれようがお構い無しに打ってくるからな……)



しかも躊躇(ためらい)無しにだ。


ゴブリンメイジはチラッチラッと大型の個体を見ている。


(もしかしてあいつの号令を待っているのか?)


大型の個体がいるだけで、人間の軍隊と同じような動きが出来るとは凄いな。


二十匹ほど狩った後に、身体の切れが上がった感じがした。


(やっときたか……。)


大量にオドを取り入れ、身体のマナの回転を早める。


前回は身体の筋力がもたず、筋を切ってしまったが階位が上がった今ならどうだ?

念のためヒーリングも同時にかける。


『バンッ』という反動と共に身体が弾ける。捌く間も無く目の前にいるゴブリンを弾き飛ばしていく。


『ギギギギギャッ』

慌てたような叫び声が聞こえ、後ろから熱風が迫るのを感じる。


階段が見え、俺は駆け抜けた……


後ろで『バンッ』という破裂音と共に

ゴブリンの悲鳴が聞こえる。


(慌てて打ったんで、仲間が巻き込まれたのだろうな……)


どこか他人事のような気持ちで、小部屋へ通じるドアをあけ部屋に滑り込む……



なんとか今度も俺は生還できた。


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