2


ライドとタニアを見送ったあと、ピートが店に入ってくるなり俺に頭を下げてきた。



「マジで助かったぜダンナ!この通り、頭下げるぜ。」


「大した事じゃねえ。」


「あの金は必ず、俺が工面して返すからよ!」


「まぁそれはいいんだが、それはそうとあんた……あんたがあの有名なウルフだったのか?」


「いやぁ……まぁその、なんだ。隠すつもりは無かったんだけどなぁ〜。まぁバレちまったら仕方ねえやな!」



はぁ…………、ほんとにバカだなこいつ、調子に乗りやがって。



「そうだ、いい機会だからその腰の剣見せてくれよ。確か名工の一品って噂だからよ?向学のためにその銘(めい)も教えてくんねえかな?」


「おぉこれか?そんな大したもんじゃねえよ、えぇっと……こいつは確か……そう!あの稀代の刀匠と言われたバルガス作のクレセントムーンさ!なかなか手に入らねえ一品だぜ!」


「へぇ……、あのバルガスのねぇ。おいど三品(さんぴん)!」


「おぅ!?な、なんだよ?」


「調子に乗ってペラペラと、よくもそんだけ口が回るもんだな!バルガスのとっつぁんはとうに引退してるし、クレセントムーンはとっくに折れて使いもんにならねえんだよ!

てめぇ、この業界で人の名前使うってのはご法度だって知らねえ程のモグリでもないだろう、覚悟は出来てるんだろうなあ。」


「ちょちょ、ちょっと待ってくれ!そしたらもしかして……あんたがあのウルフだってのか!?」


「だとしたらどうする?殺られても文句は言えねえぞ……。」


「マジかよ!?そんな有名人がこんな辺鄙(へんぴ)な所にいるなんて思いもしなかったんだ!すまねえ!!この通り手ぇついて詫びる!ほんとにすんませんでした!」


「おい三品、これは謝ってすむ話じゃないんだよ。別に俺はこの稼業で名前を売りたい訳じゃあねえ。だけど勝手に名前を使われたんじゃ示しがつかねえんだよ。さぁどうする?」


「………………。」



実際ハンター稼業やってる奴らは、実績積んで名を売らなきゃいい依頼なんて回っちゃこない。俺にしたって有名になりたい訳じゃ無いが、他の高ランクハンターの名前を使おうもんならバレたら有無を言わさず殺られても仕方ない世界なんだよ。こいつはそれをわかっちゃいない、さて……どう出るか。



「っくしょう!わぁったよ!俺が全面的に悪い、覚悟は出来た!一思いにバッサリやってくれっ!」



そう啖呵をきったピートは、上着を脱ぎ捨てて背を向けて座り込んだ。三品のくせに立派な彫り物背負ってやがる。



「聖母ライラのタトゥーかよ、ハンターなんかをやっといてお前信者だったのか。」


「悪いかよ!ライラ様ごと斬られるなら俺も本望だ、あんた程の腕なら俺なんか一太刀だろうよ。さぁ、やってくれ。」



その様子を奥から覗いていた店主が驚いたように口を挟んできた。



「おいピート!その聖母ライラの彫り物……もしかしてお前、目が見えない婆さんがいないか?」


「ん?確かに婆ちゃんはいるけどよ、それがどうしたよ?」


「二~三日前にその婆さんが巡礼姿で訪ねてきたんだよ、ここいらで背中に聖母のタトゥーを入れた若いハンターを知りませんかってな……もしかしてお前の婆さんなんじゃないのか?孫を探して旅をしているって……」


「どういうこったオヤジ!多分オイラの婆ちゃんかも知んねえけど、俺が三年前に家を出た時は、婆ちゃん目はちゃんと見えていたんだ!」


「それは知らないよ、けどえらくやつれていたぞ。よっぽど何かあってお前を探してるのかも知れないじゃないか。」


「そんな……、なんでそんな無理までして……。なぁダンナ!すまねえ、やっぱり今は死ぬ訳には行かなくなった!ちょっとだけ待ってくんねえかな?婆ちゃんに一目だけでも会って話がしたいんだ!」


「オヤジ、今の話に偽りは無いか?もしこいつを逃がす為の方便ってなら、俺も穏やかじゃないぜ……。」


「とんでもないです、本当の事ですよ。」



ふむ、まぁこの店主はそんな嘘をつくような人じゃあ無いよな。こいつの目も本気の目をしてやがるし……。



「聞いてくれダンナ、オイラは小さい時に両親が死んじまって、爺ちゃんと婆ちゃんに育ててもらったんだ。でも何もない田舎だったからよ、十七歳の時に家を出たんだ。一人前のハンターになって楽な暮らしをさせてやりたくて。爺ちゃんは俺に農家を継いで欲しかったみたいなんだけど、大見得切って飛び出してこのざまさ……。その婆ちゃんが俺を探してるってんなら、会って話だけでもしたいんだ!頼むっ!」


「おいオヤジ、その婆さん巡礼姿だったと言ったな?ならこの辺の教会を巡ってるんだろ?」


「そうだと思います、婆さん一人の旅みたいだし、そう遠くまでは行ってないでしょう。ここからなら三番か二番か……その辺の教会の近くにいるかもしれませんが。」


「だとよ三品、そのくらいは待ってやらんでもない。」


「本当かっ!?」


「だが、逃げられるとは思わない方がいいぞ。」


「逃げやしねえ!キッチリけじめはつける、恩に着るぜダンナ!」



言うが早いか飛び出て行っちまった、甘いよなぁ俺も。けど嫌いじゃないんだよなぁ、ああいう輩は。



「お代置いとくぜオヤジ、美味かったよ。」


「もう行きなさるんで?」


「俺も後を追わなきゃならんからな。」


「いやぁ、でも噂通りのお方のようで安心しました。一人を貫いてはいても、弱きを助け強きをくじく凄腕の狼だって。」


「やめてくれ、そんな大層なもんじゃない。ハンターやってる奴らなんて、堅気の商売してるあんたに比べりゃクズみたいなもんなんだからよ。まぁまた近くに寄ったら顔出すわ、美味い魚と酒を楽しみにしてるよ。じゃあな。」


「また是非お越しください……ピートを頼みます。」



……見透かしたことを言いやがる、年の功か。どうするかはこれから決めるさ。





*****





俺はその後、道なりに幾つかある巡礼者用の小さな教会を訪ねて回った。三件目の教会に奴はいた。上手く婆さんと会えたようだが……少し様子を見るか。



「ほんとにびっくりしたぜ婆ちゃん、なんでこんな所まで一人で来たんだ?爺ちゃんはどうしたんだ、家にいるのか?」


「爺さんは去年亡くなったよ……最後までお前に会いたがっていたんだよ。」


「爺ちゃんが!?」


「風邪をこじらせて患ってしまってね……お医者様にも診せたんだけど、そのまま息を引き取ったよ。その後からワシも目を悪うしての、畑仕事もままならんようになってしもうた。だから、神頼みじゃあないけれど巡礼の旅に出てお前を探しておった……。」


「無理しやがって……目も見えないのに。婆ちゃんと帰りたいのはやまやまなんだけど、まだそうも行かねえんだ。ちょっとだけここで待っててくれるかい?」


「それは構わんが、あまり遠くへ行かんでおくれよ。やっと会えたのだから……」


「分かってるって、ちょっとやらなきゃならねえ事が残ってるから、終わったらすぐに戻るから……」



教会の外から様子を見ていた俺の元へピートがやってくる。覚悟を決めてる目だ。



「わざわざすまねえ、ダンナ。ここまで来させちまって。様子は見てたよな、すまないがやっぱり死ねなくなった。だからよ、片腕でも片足でも片目でも……両方って訳には行かねえが好きなとこ取ってくれ!それで勘弁してくんねえか?」



本当のバカだなこいつは、そんな体にして生かしておいてあの婆さんがどんだけ気に病むと思ってんだよ……。筋を通そうとしてやがるのは評価してやるが……。

返答しあぐねていると、逃がしたはずのライドとタニアが血相変えて走ってきた。なんだってんだよ。



「あぁ!ウルフ様!ちょうど良いところに……追われているんです、お助け下さい!」


「何だよお前ら!店に金渡して上手くいったんじゃねえのかよ?」


「それが、店とは話がついたんですが、ザインがその事を知って逆上して襲われかけたんです!なんとか逃げてきたのですが、もうすぐそばまで!」


「あぁもうとにかく、向こうの茂みに隠れてな!なんとか話つけてやっから!」


「ありがとうございます!さ、タニア向こうへ。」



ったく、次から次に厄介事が起きやがる。


「待てぇコラー!」と怒声を上げてかけてくるのはザイン一派、十人程の見るからに雑魚の集まりだ。こんな奴ら物の数じゃ無いんだが、ピートの奴どうする気だ?



「ピート、ピートや。何やら騒がしいが何かあったのかい?」



婆さんまで……とにかく様子を見るしかないか。



「なんだよ、ピートじゃねえか!おいっ!」


「やあ、ザインじゃないか。わざわざ見送りに来てくれたのか!婆ちゃん、友達が俺を見送りに来てくれただけだよ、心配いらないさ。」



言いながらザインに手を合わせて目配せをしている。呆気に取られてるザインとやらも、有無を言わせず強行しないのは意外だな。田舎の小悪党、お山の大将て感じか?



「何も危ない事なんてないからさ、婆ちゃんは中で待っててよ。終わったら声かけるからさ。」


「そうかい、わかったよ。皆さん、ピートのためにありがとうね。」



そう言って中へと入っていった、人のいい婆さんだこった。



「おいピート、お前が絡んでやがったのか。俺の邪魔しようなんて大した度胸だな。」


「ザインさんよ、あんたの腹立ちはわかるが、ここは俺の面(つら)を立ててくんねえか?その代わりと言っちゃなんだが、あんたの面立てとして俺の体、急所以外なら好きにしてくれ!それで気を収めちゃくれねえかな?」


「おもしれえ事言いやがるな、お前の面を立てる義理なんざ無いんだが……うちのもんがお前に世話になってるからな。いい機会だ、痛めつけてやるぜ!そこのオッサン、手ぇ出すんじゃねえぞ。どこの誰か知らねえがこれはこっちの話だ!」


「元から出す気なんざねえよ。」


「ならてめぇら、好きにやっちまいな!」


「「おおーっ!」」



あ~ぁ、ボッコボコじゃねえか。ピートの奴、やり返さないな。見上げたもんだ、虚勢もそこまで貼りゃ立派なもんだ。だが……。



「がはっ、はぁはぁ…………、こ、これで気は済んだかい?」


「へっ、いいザマだなピート。若い奴らの気は済んだかもしれねえが、俺の気が済んじゃいねえ。今まで散々俺らに盾突いてきやがって……、生きて帰れるとでも思ってんのか!」


「ぐわあっ!!」


ったく!バカどもが!

俺は咄嗟に鞘に収めたままの剣で、左腕を斬りつけた直後にザインが振り下ろした剣を、ピートに触れる寸前で止めてやった。



「おいオッサン!手ぇ出さねえんじゃなかったのかよ!」


「おい小僧、その辺で勘弁してやれや。こんだけボコボコにすりゃ充分だろ。それに殺しまでやったら流石に憲兵が本腰入れて来るぜ。ピート、下手に動くなよ……右手を左の脇に挟んで力を込めときな。多少出血がマシになるだろう。」


「てめぇ、今さら憲兵なんざ怖かねえんだよ!お前も殺ってやらぁ、かかれ!」


「調子に乗んじゃねえ雑魚が!」



こんな奴ら斬っても仕方ない、鞘のままで全員気絶させてやった。はぁ……結局こうなっちまうのか。にしてもあの傷じゃ……。とりあえず縛って止血だけでもしてやらないと。



「ダンナ……すまねえ、あんたに斬られるつもりだったのに助けられちまったな……。」


「バカ野郎が、死に急ぎやがって。てめえが死んだらあの婆さんがどんだけ悲しむと思ってんだよ、だがまぁ……その腕の傷、その深手じゃ最悪落とす事になるかも知れんぞ。」


「それに骨も何本か折れてるみたいだ、これじゃ帰れねえな…………そうだ……、おーい!ったた、こっち来てくれ。」


「ウ、ウルフ様!その傷……大丈夫ですか!?」


「ちっと……大丈夫とは言えないかな……、目も霞んできやがったぜ。助けた恩を今返してくれ、ってのは……そこの教会の中にオイラの婆ちゃんがいるんだ。俺を探して旅をしていたんだが、患って目が見えないんだ……。あんたらさ、オイラの代わりに婆ちゃんと帰って孝行してやってくんねえかな?」


「僕たちがですか?そんなの無理ですよ!いくら目が見えないからって、気付かれてしまいます!」


「大丈夫だって……多分もう先も長く無いだろうし、少しの間だけで構わないんだ。田舎だけど畑もあるし、家も好きに使ってくれていい。一緒になって二人でのんびり暮らしてくれりゃいいんだ、頼むよ……。」


「で、でも……。」


「おいあんたら、誰のせいでこいつがこうなったと思ってるんだ。」


「あなたは確か、店にいた方ですか?」


「ライドさんよ、あんたは俺をウルフ様と言ったが、その人が本物だよ。俺はピートってんだ……。」


「元をただしゃお前が店から女さらって逃げてきたんだろ、どんな事情があったかなんて知る気も無いがな、てめえで起こした不始末のせいでピートはこんな姿になっちまったんだよ。いつか返す気がある恩なら、今ここで返すのも変わらんだろうよ。それとも、ここまで体張ってお前らを助けてやった男の願いを袖にして、のうのうと立ち去るってんならあの小悪党の代わりに俺がただじゃおかねえぞ。」


「ダンナ……。」


「ライド、私……ピートさんのお願いを聞きたい。バレるかも知れないけれど、このまま行くなんて出来ないよ。」


「タニア…………、わかったよ。ピートさん、必ず僕たちがお婆さんに孝行させてもらいます。いつまで上手くいくかは分かりませんけど……。」


「それでいいよ、ありがとな……タニアちゃんの事は嫁さんもらったとでも、適当に言っといてくれや。教会の中にいるから……婆ちゃんを頼む。」



頷いた二人は中へと入っていった。一応止血はしたけどもちょっと血を流しすぎだな、意識が落ちそうじゃないか。それにしても……。



「お前はこれで良かったのか?」


「これで良かったんですよ、ダンナ。オイラみたいなのが一緒だとまた不孝をかけちまうし、あの二人も住む家が出来りゃどうにかなるでしょ。……あぁ、頭がボーッとしてきやがった……。」


「婆ちゃん、こっちだよ、足元気をつけてね。」


「私が杖の先を持ちましょう。」


「タニアさんだったね、優しい奥さんをもらってピートは幸せ者だねぇ。」



婆さんを連れた二人が出てきた、この様子じゃ何とかやれそうだ。



「婆ちゃん、その花冠は?」


「あぁこれかい?この花冠は聖母様の像にかけるために持っているんだよ。」


「なら丁度いいわお祖母様、ここに聖母像があります……私が手を取りますから、一緒にかけて行きましょう。」


「…………!」



気の利いた事するじゃねえかこの女、こいつなら任せても大丈夫そうだ。耐えろよピート、ここで動いてバレちゃ意味が無い。



「じゃ行こうか婆ちゃん、タニア。」


「えぇ。」


「聖母様にお願いをして良かったよ、ひ孫を抱けたら言うことないんじゃがねえ。」


「お祖母様ったら。」





*****





「行ったぜ、ピート。……気を失ったか、無理もねえ。……まぁ、死なせるには惜しいな。よっこらせっと!」



男一人担ぐくらいどうってことないが、軽いなぁこいつ。医者のとこまでなら運んでやるさ。後は好きにすりゃいいさ。俺も人の事言えねえよなぁ。





*****





「あの時ダンナが医者んとこまで運んでくれてなけりゃほんとに死んじまってたんだし、命の恩人のために命を使うのは当然でしょう!」


「ほっといて死なれても後味が悪かっただけだよ、だがまぁ腕一本が授業料とは高くついただろうがな」



結局あの時の傷が元で、左腕は肘から先を落とすしか助かる道がなかった。長いグローブの中は義手になっている。その義手をコンコンと叩いてピートが言う。



「これはこれで慣れりゃ便利ですよ?枕にしても痺れないし!」



胸張って言う事かよ……ほんとに憎めんやつだ。



「それよりも、そろそろ着くぞ。こっちにゃデカいギルドがあるから、それなりの仕事にありつけるだろ。」


「オイラ何でもやりますんで!いっちょ稼ぎましょうや!」


「その前に先ずは宿の手配だ、俺は適当に酒場でやってるから任せたぞ。」


「合点承知っ!」



まぁ、当面はこいつにも役に立つ場面もあるだろ。言っても聞かねえんだし、死なねえ程度の力を付けさせてやるのも助けた俺の責任ってこったな。やれやれだ。


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