『聖母を背負った半端者』

1


 依頼を達成して報酬を受け取ったあと、港へ向かう途中立ち寄ったのは街道沿いの小さな食堂だった。仕事を終えたらまずは酒だ。歩いて喉も乾いていた。



 「オヤジ、酒をくれ。それと適当に飯を見繕ってくれ。」


 「いらっしゃい、酒は一種類しかないんだが構わんかね?

料理は苦手なものはあるかい?」


 「それでいい、苦手なものは無い。」


 「へい、少々お待ちを……」



 感じのいい店主は、酒を注いで俺に渡した後カウンターの奥の調理場へと入っていった。辺りを見回しても、狭い店内には他の客はいなかった。こんな町外れの寂れた店ではそんなもんだろうと思いつつ、酒で喉を潤して料理が運ばれてくるのを待った。



 「はい、お待ちどう……」


 「オヤジィ!!ちょっと奥借りるぜー!」


 「っておい!お前また勝手に……すいません、お騒がせしてしまって……」



 勢いよくドアを開けて走り込んでいった男を尻目に、申し訳なさそうに店主が言った。騒がしいのは好きじゃないが、まぁ長居するつもりも無いし気にしても仕方が無い。



 「構わんさ、いただくよ。」



 運ばれてきたのはシンプルなサラダと、大きな魚の丸揚げに香ばしいソースがかかっていて、期待してなかった味に舌鼓をうっていた。そんな様子を見てとったのか店主が話しかけてくる。



 「その魚、大きいのに大味じゃなくてイケるでしょう?この辺でよく獲れる名物なんですよ。巡礼の方にも評判がいいんですよ。」


 「巡礼?あぁそうか、この辺りはライラ教の巡礼地か……途中いくつか教会を見かけたな。」


 「お兄さんは信者……では無さそうですが……」


 「無神論者なんでな。見ての通りのハンターさ、依頼があってここへ来ただけだよ。ここで騒ぎを起こすつもりは無いから安心してくれ、飯も酒もなかなか美味いしな。」


 「ありがとうございます。あ、お酒が空いてますね、もう一杯つけましょうか?」


 「あぁ、頼む。」



 えらく寂れたところまで出向いてきてしまったと思っていたが、この店は気に入ったしまた寄るのも悪くは無いかと思っていると、店の奥へ飛び込んでいった若者が顔を出してきた。



 「行ったかな……?ふぅ、焦った焦った。」


 「おい、ピート!お前また何かやらかしたのか!」


 「別に、ちょっとヘマしただけだよ。それよりもほら、溜まってたツケの分」



 ピートと呼ばれた若者は、店主に金の入った袋を渡した。見たところ素っ堅気という訳では無さそうだが……



 「今度は何やらかして稼いだんだ?まぁ払わんよりはマシなんだが……」


 「そうだろ?なら気にしないでいいじゃないか。それよりも酒くれよ、今渡した分でイケるだろ?」


 「あぁ、わかったわかった、ちょっと待ってな」



 離れた席に座り、出された酒を飲んで深く息をついたピートに、やれやれといった表情で下がってきた店主に俺は声をかけてみた。普段なら気にもしないんだが、美味い飯にありつけて気分がよかった。よせば良かったと後から思うんだが。



 「あいつは常連なのか?堅気には見えないが……俺が言えた義理じゃ無いんだがな。この辺じゃ俺らみたいな稼業の奴は少ないんじゃないか?」


 「常連て程じゃ無いんですが、少し前に流れて来た男で……根は悪いやつじゃ無いんですけどねえ。それに最近ハンター崩れ……あ、すみません!」


 「気にしちゃいない、それで?」


 「ええ、その元ハンターの奴らが集まって、巡礼者に盗賊まがいの事をしてるんです……憲兵にも対応してもらってるんですけど、なかなか……。まぁでもピートは気持ちだけは大きい男ですから、ハンターたる者、人の役にたたなけりゃって。巡礼者の助けに入ったり、賊の下っ端とやり合って逆に金巻き上げたりってなもんです。その金も困ってる奴がいたらすぐにやっちまうもんだから、うちの店にもツケを溜めがちなんですよねえ。」


 「へぇ、見かけによらず、今どき珍しい奴だな。」


 「そうなんですよ、だから無下に出来ないというか……」


 「オヤジもお人好しだな、まぁあまり深入りしないこったな……美味い飯の礼代わりの忠告だ。これも余計なお世話だがな。」



 ああいう奴はそのうち早死する。一人で勝手に死ぬんならほっときゃいいんだが、変に関わりを持つと本人にその気はなくても周りを巻き込んじまう。そんな奴らは沢山見てきた。「覚えておきます」と言って奥へ行った店主も人が良さそうだからな、そうは言っても気にしちまうんだろう。嫌いじゃないんだがな。


 飯を食い終え、そんな事を思いつつ酒を飲んでいると、今度は若い男女が血相を変えて店に入ってきた。



 「すみません!追われているんです……匿って下さいませんか!?」


 「追われてる?まぁいいや、俺に任しときな!とりあえず奥に隠れてな!」



 威勢よく応えるピートは、店主に二人を店の奥へと連れていかせた。何やらきな臭くなってきたな、面倒事にならなけりゃいいんだが……



 「おいっ!今ここに男と女の二人組が来ただろ?ってピートじゃねえか!!」


 「なんだよお前らかよ、さっき懲らしめてやったのにまだ悪さしてんのかよ?それに誰も来ちゃいねえ、俺ら店主と客だけだよ。せっかく酒飲んでんだから邪魔すんなよ。」


 「うるせぇ!外に仲間がいるんだ、大人しく二人を出せってんだ。」


 「だから知らねえって……さっさと出てってくんねえかな?」


 「んだとお?てめぇ痛い目見せてやるぞ!おいっ、入って来い!」



 ……、面倒くせえ……せっかく気分よく飲んでたのに。どんな面かと振り返ってみたら、何だよ見たまんま雑魚ばっかじゃねえか。腹たってきた。



 「おうおう、ぞろぞろと。やるか!?」


 「てめえ舐めやがってるとやっちま……」



 さっさと出てけ……とばかりにちょいと殺気を込めてやったら見事にブルってんな。ピートって奴はダメだな、気付きもしねえ。



 「なんだよ?ビビってんのか、こっちは一人だぜ?」



 お前にじゃねえよ。まぁどうでもいいがな。



 「くっ、くそが。ここで暴れて憲兵に来られても面倒だ、後で覚えてやがれ!」



 飯食ったらさっさと出りゃ良かった。ハンター崩れの盗賊ってのも気にはなるんだが……



 「ビビって出て行っちまったぜ、ははっ。おーいお二人さん、もういいぜ。」


 「あ、ありがとうございます!助かりました……僕はライド、彼女はタニアと言います。」


 「いいっていいって。だが、なんであいつらに追われてたんだ?」


 「実は、僕とタニアは将来を誓った仲なんですが、タニアは元は……その……」


 「私は娼婦なんです」


 「タニア!」


 「いいの、本当の事だもの……田舎の、貧しい家でした。幼い頃に私は親に売られたんです。毎日が地獄でした、でもライドは他の男の人とは違ったんです。彼のおかげで……」


 「それは僕だってそうさ!僕は君と出会えたから……」



 ふーん、まぁよくある話だがなぁ……こういう話には首を突っ込む方がバカなんだが、ピートとやらがどう出るかちょっと見てやろうか。



 「それで何であいつらに追われるんだ?」



 突っ込まなくてもバカだなこいつ。



 「私の借財をキレイさっぱり払って、私を買おうとする男が現れたんです。それがザインという男で、裏では最近勢力を増している盗賊団の首領と噂されている男なんです。

 店にとれば女たちは商売の品物ですし、お金の話がつけば私はあの男の物になるしかないんです。」


 「それで意を決して連れ出して逃げていた、という訳なんです……」


 「オッケーわかった、となりゃ金さえ何とかすりゃまだ間に合うって事だな?店にその金突き出して、大手を振って一緒になりゃいいんだよ。なに、金くらい俺が何とかしてやるよ!で?いくらなんだ?」


 「金貨で100……」


 「100っ!?」


 「無理ですよね、そんな大金……せめてこの土地を離れるまで護衛をしてくれませんか?少ないですがお礼はさせてもらいますので……」


 「ちょい待て、むっ無理なんて言ってねえよ!一旦言ったんだ、後には引けねえ。何とかしてやるって!……んー、どうしたもんか……。

 おいあんたら、ちょっと出ててくれるか?」



 ちょっと面白くなってきちまったな、悪いくせだ。二人を離してどうするつもりだ?

 見るともなく様子をうかがっていると、店主のオヤジが俺に酒を出してきた。



 「俺は頼んじゃいねえよ、何だこれは?」


 「いや、あいつからの奢りだそうです。見たところ同じハンター、同業のよしみで顔つなぎの挨拶にと……」



 カウンター席に座るピートがこちらに手を振っている。なるほど……まぁそういう事なら乗ってやらんでもない。



 「オヤジ、なら俺からもあいつに酒を。ご返杯だと言って出してやってくれ。」



 そう言うと店主は言われた通りにピートに酒を出した。当のピートは俺が乗ってきたのが以外だったのか驚いてやがった。いいから続けろよ、俺の懐が暖かいうちにな。



 「おいオヤジ!何だよこの酒!虫が入ってんじゃねえかよ!」


 「おいおい、いきなり何を……」


 「ご同業、あんまり店主を責めてやらないでくれ。俺があんたに出した酒だ、責任は俺にある。済まなかったな。」


 「おいご同業、謝って済むなら憲兵も法律も要らねえんだよ!落とし前を付けてもらわにゃ納得出来ねえぜ!」


 「そらそうだ、あんたの言う通りだ。俺があんたなら同じ事言っただろうよ。そうだな……今日のところはコレで収めてくんねえか?」



 俺は懐から金の入った袋を差し出した。今回の報酬は高値だったからな、感謝しろよ。



 「なんだよ、話が早いじゃねえか。オヤジ、騒いですまねえな。どれ……ってマジかよ!?」


 「少なかったか?残りは旅の路銀に必要だからそれで勘弁してくれりゃ助かるんだが。」


 「いや!……これで構わねえよ、今度からは気をつけな」



 セリフとは裏腹に、二人に見えない様に俺に手を合わせてやがる。まぁ俺もとんだお人好しって事か。

 ピートは店の前にいる二人に駆け寄って金を渡してやった。



 「本当にこんな大金を!?いいんですか!?」


 「何とかしてやるって言っただろ、いいから持っていきなって!」



 開いたドアの向こうから聞こえてくる声を聞きながら、まぁせめてあいつに小言の一つでも、アドバイスがてら言ってもいいだろうな。



 「なんとお礼を言っていいやら!あなた様のお名前をまだ聞いておりませんでした、よろしければ教えていただけないでしょうか?この恩はいつか必ずお返し致しますので!さぞ高名な冒険者様でしょう、それか名うての高ランクハンター様でしょうか?」


 「いやぁ……わかっちゃうかなぁ〜、隠すつもりは無いんだけど、こんな事でわざわざ名を売ろうなんて思ってねえし、そんな事気にすんなってば。さぁ行った行った。」


「それでは僕の気が収まりません!何年かかっても、必ずあなた様の元へ恩返しに行きますから、せめてお名前でも……」


「ねぇライド、もしかしてこの方が……飛ぶ鳥落とす勢いの一匹狼のハンター、ウルフ様なんじゃ……?」


 「おぉ、きっとそうに違いない!ウルフ様っ!本当にありがとうございました!」


 「お、おぅ。そそ、そうさ!こここ、この俺があのウルフ様よ!他の奴にはあんまり言うなよ?あんまり大っぴらにされると後が大変なんでよ……」


 「わかりました!色々ありがとうございましたウルフ様!感謝しても感謝しても、感謝しきれません!このご恩は必ず!」


 「あぁもうわかったから……ここでお別れだ、幸せになるんだぜ!」



 …………。へぇ……あいつがウルフねぇ……。いよいよ見過ごせなくなってきたな。


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