第43話 エルフの旅人

 アメリアを中心にして集まっている冒険者を、少し離れたところでゴードンとオイノスは眺めていた。


「負傷者は多数だが、死者はなし、街への損害もなし。これ以上ない勝利となれば、夜は店が盛大ににぎわいそうだ」


「フン。最近の若い者にしちゃあよくやったわい」


「おっと、オイノスじいさんが他人を褒めるなんて珍しいじゃないですか」


「どういう意味じゃ」


「そのままの意味ですよ。それで、よくやったのはどっちですかね? イセか、それともアメリアか?」


「……別に褒めるのが一人じゃなきゃならん理由もないじゃろう」


「ごもっとも。みんなよくやりましたからね、ラチェリたちも。もちろん、他の冒険者たちもね。これは完全に剣を包丁に持ち替えてもよさそうだ」


「抜かせ。お主こそまだまだ若いじゃろうが。年寄りが前線に出んでもいいように、もうちょいとくらい気張っておけ」


「ええ!? せっかく今回の件で完全に次世代の風が吹き、老害共はお役御免みたいな流れだったのに……」


 軽口を叩いたゴードンだったが、オイノスがいつも以上に口元をきつく結んでいるのに気づいた。


「何か気になることでも?」


「お主は、エルフが街へ来たときのことを覚えておるか?」


「エルフ……? ええ、覚えてますとも。サエペースにエルフが来たのは、アメリアを除けばその一件だけですから」


 エルフの旅人は食料を求めてこの街を訪れたとされている。だがその当時は大戦が終結して数年経った程度で、同盟関係があるにも関わらず大戦に不参加だったエルフへの風当たりが強かった。


 大戦の記憶が濃い住人たちから物を投げられて、エルフは助けを請いに来た街から命からがら逃げ出すことになった。


 ──ただ、その出来事には先がある。


「街の外でくたばりかけてるのを、店まで運んで飯を食わせましたっけ。いやー懐かしいですね。あの頃はまだ料理人になりたてでで、味が全然安定しなくて大変な時期でした」


「お主の料理の腕前なんぞ、今だって大して変わっとらんわい」


「ぐっ……なかなか辛辣なことを言いますね」


「皆が言えんことをぼけたフリしてスバッと言うのが年寄りの特権じゃからな。それで話を戻すとじゃな、そやつはエルフの小娘を探しておったろう?」


「あぁ、そうでしたね。こんな辺境まで来た本当の理由がボーデンさんに託したエルフの子ってことで……。てっきり同じエルフだからアメリアのことを心配して連れ戻しにきたかと思ったら『その子はこの王国から出さずに街で一生を過ごすように』──なんて言ってましたよね。元よりボーデンさんはアメリアをドワーフとして育てる考えでしたし、好都合だったって笑ってたっけなぁ」


「そうじゃ。奴がそう言ってやったらエルフの奴も納得して街を出ていった。それ以来、エルフは来ておらん。儂も小娘の話はそれで終わったと思っておったんじゃ」


「……違ったんですか?」


「あの小娘が先ほどの魔法を使った杖があったじゃろう? あれはエルフ連中の国にある神木の枝から作ったものじゃ。奴らはその神木をひどく大事にしておってな、エルフの中でも王族の装備にしかその木を使わん」


「アメリアのあの枝みたいな杖が……?」


「それとじゃな、杖の入っとったあの大剣は、エルフの小娘と一緒に渡されたものじゃ。『英雄ならエルフの大剣でも扱える』と強引に押し付けられたとボーデンは言っておったわい」


「英雄へ贈った武器にわざわざ忍ばせた杖が、エルフの王族が使うような高貴なものってわけですか。なかなか回りくどいことをする。杖を見つけられなかったらどうするつもりだったんだ?」


「それでも問題なかったんじゃろう。あの小娘が魔法を使うような事態にならなければ。しかし、杖は剣から見つかり、小娘は魔法を使った。駆け出しとは思えんほどの高火力の魔法を、エルフの王族しか持たぬ杖でじゃ」


「だからアメリアには何かあるってことですかい? だけどよ、オイノスじいさん。もしかしたら、単純にアメリアを引き取ってくれたボーデンさんへの礼の可能性もあるんじゃないのか?」


「魔法を使えんどころか、突撃頭のがっかり英雄に、知恵者とされるエルフが魔法の杖を贈ると? お主は本気でそう思っておるのか? それこそありえん。奴らは礼で誇りを渡したりはせん。どころか、誇りのためなら他種族からの叱責のほうを受け取るだろうよ」


「……さっきから回りくどいぜ。アメリアのことで何か気づいたことがあるなら、さっさと俺にも話してくださいよ。これでもちったぁ成長したつもりなんだぜ? 何も覚えてない、浮浪者だった時とは違うんだ」


「簡単なことじゃ。奴らは他種族からの叱責を覚悟で先の魔王との大戦には参加せんかったのじゃ。それよりも誇りを保つために、エルフの内戦を大事にしたんじゃろう」


「エルフの内戦? なんだそりゃ、俺は初めて聞いたぞ。大戦の裏側でエルフ連中は内戦をやってたってことですかい?」


「ボーデンが酒場でぽろっと漏らした話を思い出しただけじゃ、詳しくは知らん。じゃが、エルフの王国も魔王軍には進行されかけておった。それでも大戦には参加しない意向を示した。大戦よりも大事が起きたと思うべきじゃないかのう? エルフの存亡をかけた内戦が起きてた、とかの。その内戦の最中、魔王軍との大戦を終えて実家へ戻ろうと挨拶をしにきた、能天気だが最強のドワーフが来たらお主はどうする? 事態がひっ迫し、王族ですら明日の日の出を拝めるかわからんような状況で、王族の血を絶やさないためにどんな行動を取る?」


「……まさか、それじゃあアメリアは」


「あくまで酒の席でボーデンが漏らした話に、勝手な妄想を付け加えた年寄りの戯言じゃ。しかし、それほど間違ってるとは思っておらん。儂は先ほどの小娘の魔法を見て、恐怖を覚えた。かつて【プラチナに近いゴールド】などともてはやされた儂が恐怖を覚えるほどの魔法じゃった。あの小娘はただのエルフではないと直感したんじゃ。この感覚は、英雄と呼ばれ始めたボーデンに本気で勝負を挑まれたときと同じじゃ」


「はぁ……なんてこったい。『ゴードンハウス』はこれからだってのに……包丁の代わりに武器を取って戦う日がまたきそうとはな」


「何事もなければ一番じゃ。そして、何事か起きても今日のようにもう一人の若き英雄がなんとかしてくれるのを儂は願っておるよ」


 いよいよぐったりしてイセに担ぎ出されたアメリアを見つめながら、二人は心の中で溜息を吐いた。

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