第42話 光護精の炎冠
──そして、状況に変化が訪れる。
サナトス・ヴァイラスが前触れもなく動きを止めた。
何だ? 何かあったのか?
巨大なモンスターが異変をきたした原因を考え、しかしすぐに気づいた。
それは、歌だった。
「『はるか昔、太古の神々が居する幻想の楽園』」
遠目にもはっきりと見えるほどの煌めきを放ち、アメリアの足元に無数の紋様が展開されていた。
あれは魔法陣だろうか?
まるでイルミネーション。ライブの演出にも似た輝きだ。
「夢幻の神木より顕われる光輝は大地を満たし、生者たちへ恵みを与えん──』」
<ビュ、ュゴアアアアアア……>
アメリアによって紡ぎ出される声音に、今まで何をやっても感情を見せることのなかったサナトス・ヴァイラスが初めて怯えたような反応を示した。
それだけアメリアの魔法を脅威に感じているのだろうか。
だとしたら、なおのこと、ここを突破させるわけにはいかない。
俺は動きの鈍ったサナトス・ヴァイラスの左前脚にメイスを叩きつけた。
<ビュアア──ッ!!>
不意打ちのようになった一撃は再び動きだそうとしたサナトス・ヴァイラスは巨体の制御を崩して、倒れかけた。
「今だ、アメリア! 歌え!」
俺が振り返って叫ぶと、アメリアがわずかだが頷いたような気がした。
「『歌え、詠え、謡え、謳え! さすれば汝らに神木の光は降り注がん!』」
サナトス・ヴァイラスの操る黒いモンスターたちが一斉にアメリアへと襲い掛かる。
しかし、その爪撃をゴードンが受け止め、その牙をオイノスが振り払い、ラチェリが素早くモンスターたちの脚を斬って機動力を奪う。
アメリアの背後に回り込んでかぶりこうとしたモンスターは、すんでのところでレフィンにもたれかかったロフィンが放った炎魔法によって爆散した。
周囲にいる冒険者もそうだ。アメリアに接近するモンスターに背後から得物を振りかざし、行動不能へとおいやっている。
皆が皆、アメリアに勝敗を賭けていた。
冒険者たちの執念にあてられたのか、サナトス・ヴァイラスがここで初めて逃げるかのように巨体を後退させた。
だが、もう遅い。
アメリアのライブは最高潮!
さぁ、フィナーレだ!
「『煌めきの光焔──【光護精の炎冠(ルミナス・レギナ・ブレス)】』」
刹那、金色に煌めく光の帯が杖から出現し、サナトス・ヴァイラスの頭上まで来ると弾け飛んだ。
金色の光は数千を超える金色の雪となり、サナトス・ヴァイラスへと降り注いだ。
炸裂!
金色の雪の一つ一つが小規模の爆発を引き起こし、金色の炎の柱が大地から天上へと立ち上る。
それは死の罪人を閉じ込める、聖なる格子のようにも見えた。
「って、あつぅっ、いたっ!」
魔法が降り注ぐ直前に距離を取ったはずだったが、圧倒的な熱量の突風に吹き飛ばされ、俺は地面を転がっていた。
シャツの裾が少し焦げている。サナトス・ヴァイラスの牙で攻撃されても孔が開かなかった服がアメリアの魔法の前には布の服と変わらないようにダメージを受けていたのだ。
恐ろしいほどの熱量を持った魔法だ。Lv.1の火球などとは比べ物にならない。
ついこの間まで魔法を使ったこともなかった女の子だったはずなのに。これほどのものをアメリアは扱えるようになったのか。
「恐ろしいほどの成長速度……これが、プロデューサー・イセの育成能力」
アイドルを育てるだけだったはずの能力が異世界に来て、冒険者を育てることもできた。
この能力があれば、英雄だって作ることができるかもしれない。
それこそ、夢や希望を与えられる英雄(アイドル)が。
もしかしたら俺がこの世界に来た意味は、そこにあるのかもしれない。
人々を魅了する新たな英雄(アイドル)を作るために、プロデューサー・イセとして呼ばれたのかもしれない。
炎が落ち着いてきた。
サナトス・ヴァイラスを中心にして、円周上に燃え上がっていた炎の柱が消滅し、くっきりとした黒い焦げ跡ができあがっていた。
そして、そこにいたはずのサナトス・ヴァイラスの巨体はひとかけらも残さず消滅していた。
各所で泥水が撥ねたような音を立てて、サナトス・ヴァイラスに支配されていた死骸たちが崩れ落ちていく。
本体が完全に消滅したことで分体が力を失ったようだ。
もう動かないとは思うが、念のため死骸を焼き払っておいたほうがいいだろう。
だが、今はそれよりも先にやっておきたいことがある。
「アメリア」
俺は未だに杖を構えたポーズで固まっている少女の名を呼んで駆け寄った。
「イ、イセ……」
振り返った彼女は驚愕に顔を染めていた。
「わたしが、やったの……? わたしが、あんなに強いモンスターを倒せたの……?」
「そうだぞ。頑張ったな、アメリア。君はこの過酷なステージで最高のパフォーマンスをしたんだ。みんなに、夢と希望を見せたんだ。ほら、周りを見て、聞いてごらん」
アメリアが周囲を見渡す。
「しゃぁぁぁぁぁぁ──!! 勝ったぁぁぁぁぁ──!!」
各々の冒険者たちがの武器を突き上げて、絶叫している。
終わりの見えなかった戦いから解放された全員が、一切の陰りのない笑みを浮かべている。
「これをわたしが……わたしがやったんだね!」
「もちろんだ。君は、英雄に──」
「わたし、アイドルになれたんだね!」
「……え?」
「イセは言ったよね? アイドルはみんなに夢と希望を与えて、笑顔にする存在だって! だからわたしはなれたんだよね? イセの言ってた『アイドル』に!」
……アメリアはやっぱりアイドルを勘違いしたままだった。
「ねえ、そうだよね!」
「あ、ああ……アメリアはもう『アイドル』だよ」
きらきらした目で迫ってくるアメリアに「違う」とも言えるわけがなく、俺は頷いてしまった。
まあでもこっちの世界ではアイドルなんて職業はないし、戦える可愛い英雄を『アイドル』と呼ぶようになるのかもな。
実際俺も戦えるアイドル冒険者を育成しようとしていたわけだし。
俺がそんな風にアメリアと話していると、レフィンとロフィンがアメリアの元へと駆け寄ってきた。
「アメリアぁぁ! お前すごいなっ!」
「ア、アメリアさん、いつの間にあんな魔法を覚えたんですか……。とてもすごかったです……」
二人ともアメリアに飛びつきながら労いの言葉を送っている。アメリアも「あ、ありがとう」と照れくさそうに笑っていた。
「──お前がさっきの魔法を使ったのか?」
だがそこへ獣人の冒険者が声をかけてきた。
獣人の彼の身長は二メートルを超えており、顔は人間だが狼のような耳が頭に生え、犬歯のような牙や猛禽類を思わせる鋭い目のせいで、こちらを威圧しているように見えなくもなかった。
「は、はひぃっ……そ、そうですけど……」
アメリアは一瞬で笑みを消し、顔を引きつらせた。きっと「やばい、怖い、食べられる!」と怯えているのだろう。
「はっはっは! よくやったな!」
しかし、そんなアメリアの怯えに獣人の彼は気づかなかったようで、アメリアへと無遠慮に近づくと思い切りその背中を叩いた。
「おわふぅ! あへ?」
「お前のおかげでオレたちは助かったぜ!」
獣人の冒険者は盛大に笑っていたがアメリアはまだ事態を理解できていないように目をぱちくりさせていた。
「は、はぁ……えっとわたし、エルフですけど、なんとも思わないんですか?」
「エルフ? ああ、ジジイやババアは先の大戦がどうとかで嫌ってたが、そんなもん関係ねえ。オレたちはエルフに恨みがあるわけじゃねえし、第一この辺りにエルフなんていねえからどういった種族かもわかんねえ。だけどよ、オレたちを助けてくれたのはお前だ。エルフのお前だ。恩人に感謝を伝えるのは当然のことだろ?」
「そ、そういうものですか……」
「そういうもんだ! おら、お前たちもオレたちの英雄を喝采しろよ!」
「おおぉぉぉぉぉん!」
獣人の彼をきっかけに、アマゾネスやドワーフの冒険者パーティーも訪れ、知らない人だらけで目を回しているアメリアに感謝の言葉と手荒な祝福を送っていた。
「……なんだか、すっかり人気者ね」
輪の外に取り残されていた俺が呆然とその様子を眺めているとラチェリが傍までやってきた。
「エルフだから石投げられる──って、あれだけ怖がってたのに、一瞬で冒険者たちに認められるなんてね」
「サナトス・ヴァイラスを倒したのはアメリアですから。だからあんなにも祝福されているんだと思います」
「イセだって頑張ってたのに」
「アメリアが一番の功労者です」
「ちょっと前まで【ストーン】なんて言われてたのが嘘みたいよ」
「【ストーン】ですか……それはきっと磨き方を知らなかっただけです」
「磨き方?」
「アメリアはいわば磨けば光る『原石』だったんですよ」
「『原石』ねぇ……」
ラチェリは釈然としないようなムスっとした顔をしていた。
長年パーティーを組んできただけに、自分の知らないところでアメリアがいきなり飛躍してしまったので、思うところがあったのかもしれない。
「ま、勝ててよかったわ。それで、イセ。約束忘れてないでしょうね」
「ええ、まあ。約束しましたからね」
「あんたの世界のこと、ちゃんと話してくれるのよね? それと、アメリアが言っていた『アイドル』ってことについても」
「わかりました」
「敬語」
「へ?」
「アメリアとは普通に話すのに、あたしには敬語っておかしいでしょ。あたしとも普通に話しなさい」
「でも」
「でもじゃないわ。リーダー命令よ。わかった?」
「わかりまし……わかったよ。これでいいか?」
「うんっ。ふふふ、あの子には負けないわ。あたしだって、あたしだって」
何かに燃えているラチェリ。
そんなふうに笑いながら言えるのも、今日を勝つことができたからだろう。
「イ、イセぇぇぇ……」
名前を呼ばれたので見てみれば、アメリアが冒険者たちにもみくちゃにされながら俺に向かって手を振っていた。
一瞬喜んでいることを伝えようとしているのかと思ったが、顔が青白くなっているところを見ると、体調が悪くなってしまったようだ。
おそらく最後に放った魔法で魔力を使い切った疲れが今出てきたのだろう。
丘を丸ごと焼き払う炎だったからな。
「人見知りが無理するからよ。イセ、助けにいきましょう」
「ああ」
俺はラチェリと共にぐったりし始めたアメリアの元へと駆け寄った。
何はともあれ、プロデューサー・イセの異世界での初プロデュースは成功のようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます