第41話 プロデューサーの意地
「どらぁっ!」
メイスを力任せに振り下ろすと、体中に顔面を生やしていたモンスターは一瞬で潰れた黒い塊となった。
「確かにこれは戦闘初心者の俺でも使いやすい」
特別な技術など使わずとも、振り回したり、振り下ろしたりするだけで相手が倒されていくのだ。
アメリアの大剣もよかったが、あれは借り物という意識があって知らず知らずのうちに加減して使っていた。
だが、このメイスは違う。俺のために作ってもらったこともあり、プロデューサー・イセの全力で打擲(ちょうちゃく)することができる。
いける! この調子なら顔面モンスターも駆逐できる!
<ビュゴアアアアアア──ッ!!>
身を震わすほどの咆哮。
直後にサナトス・ヴァイラスが急接近してきた。
戦闘を優勢に進めようとしたが、そう簡単には主導権を握らせてくれないらしい。
サナトス・ヴァイラスの尻尾が本体に先んじて、射られた矢のような速さで繰り出される。
アメリアの大剣は『尻尾の歯』で噛み砕かれた。
どうするべきか──
「弾けっ!」
「……!」
耳朶を打った指示に従い、俺は咄嗟に体の前でメイスを構えて、サナトス・ヴァイラスの尻尾を打ち払った。
ウッドブロックを打ったような小気味のよい高音とともに、尻尾が想像通りに吹き飛ばされる。
尻尾の先端に生えていたリザードベアーのすべての牙は硬い岩に全力で噛みついたようにボロボロに砕けて散っていた。
対してメイスには傷一つついていない。
「そいつはグラウンドファングの牙と骨で打ったもんじゃ! 死んどる牙ごときじゃ疵一つつかん! 何が飛んで来ようと思い切りぶつかれぇい!」
オイノスが顔だらけの黒いモンスターを倒す合間を縫って、握り拳を突き出すように俺へ向けてきた。
俺は頷きで返し、メイスでサナトス・ヴァイラスの尻尾の牙を完全に叩き潰した。
しかし、サナトス・ヴァイラスの攻撃方法は尻尾だけではない。
間を置かずに俺を一息に呑み込んでしまおうとワニの大口が迫ってくる。
俺は振り下ろしていたメイスを逆手に持ち替え、思い切り振り上げた。
上顎の牙とメイスがかち合ったが──跳ね返されない!
そのまま力を込め続ける。
「だぁぁぁぁっ!」
サナトス・ヴァイラスの牙は音を立てひび割れ、黒い上顎は半分ほど叩き飛ばされた。
だが、サナトス・ヴァイラスは痛みを感じないモンスターだ。
その程度で動きを止めず、下顎だけで呑み込もうとしてくる。
その動きは読めていた!
俺は振り上げた勢いのまま、後方へ距離を取り、尚も向かってくるワニの口に思い切りメイスを叩き下ろした。
<ビュアア──ッ!!>
サナトス・ヴァイラスの前面にあったグラウンドファングの顔を叩き潰した。
さすがに潰された箇所が大きかったためか、サナトス・ヴァイラスの動きがわずかに鈍る。
おまけとばかりに、もう一度メイスを叩きおろし、援護に来た尻尾を打ち払って、俺は一度距離を取った。
──やれる。
先ほどの乱打戦を潜り抜けてもメイスには刃とぶつかった跡すらついていない。
この武器なら戦える。
「それじゃあ、リアルワニ叩きを続けさせてもらおうか」
<ビュゴアア──ッ!!>
しかし、サナトス・ヴァイラスは鳴き声を響かせる間に、俺にそぎ落とされた部分を黒い塊で覆いつくして再生した。
やはり体の一部を叩き潰す程度では致命傷にはなりえないようだ。
攻撃が通るようにはなったが、こちらが不利なのには変わりない。
メイスでいくら攻撃しようが急所をすべて潰す前に再生されてしまう。
やはり炎で燃やし尽くしてしまうしか勝つ方法はないらしい。
といっても、Lv.1魔法の【灯火(フレア)】ではサナトス・ヴァイラスの巨体を燃やし尽くすのは難しい。そのため、さらに上位の魔法を当てるしかないのだが、果たして昨日アメリアが発現した魔法は炎の属性でLv.2以上の魔法なのだろうか。
アメリア本人も、魔法の種類までは知らなかった。
もしも発現した魔法が火力不足だった場合、【灯火(フレア)】を連続して当て続けてもらわなければサナトス・ヴァイラスを倒しきることはできないだろう。
どちらにせよ、うまくいってくれるといいが。
「イセ! 顔だらけのやつは片付けたわ!」
ラチェリが俺の隣に並ぶようにしてやってくる。
俺がサナトス・ヴァイラスの相手をしている分、かなりの数を相手にしていたはずだがラチェリはやってくれたようだ。
そして、ちょうどそのときだった。
「──」
透き通った声がかすかに聞こえてきた気がした。
見てみると、アメリアが杖を構えている。
サナトス・ヴァイラスも気づいたらしく、アメリアへと一瞬注意を向けた。
勝機だ!
俺はすかさず距離を詰め、メイスをワニの頭上へと振り下ろした。
<ビュアア──ッ!!>
「甘いっ!」
暴れ狂って飛んできた尻尾をラチェリがナイフで強引に弾いてくれた。
その隙をついてさらに頭を潰していく。
先に潰した頭がもう再生し始めているが構わない。
こちらの体力が尽きるのが先か、サナトス・ヴァイラスを焼き払うのが先か。
我慢比べだ──
<ギュゴアアアアアア──ッ!!>
サナトス・ヴァイラスが一際大きい怒号を轟かせた。
「……なんだ、足音が近づいてくる?」
気づけば他の冒険者と交戦中だったモンスターまでこちらに向かって走ってきている。
魔術師たちに向かっていったときとは違い、攻撃してくる冒険者たちを一切無視し、体が半分吹き飛ばされようが前進を止めなかった。
狙いは……、
「あいつら、アメリアを八つ裂きにする気よ!」
ラチェリが叫ぶ。
モンスターたちが向かう先には杖を構えるアメリアがいる。
サナトス・ヴァイラスは杖にも反応していたので、当然と言えば当然だが、逃走は考えずに、なんとしてもこちらを攻め落とす気でいるらしい。
今のアメリアはサナトス・ヴァイラスへ放つ魔法の詠唱に集中しているので迎撃の魔法を使うことができない。完全に無防備な状態だ。
「ラチェリとオイノスさんはアメリアの護衛に向かってください!」
「イセはどうするのよ!」
「いくら商人面でもこいつを一人で相手にするのは無理じゃぞ?」
ラチェリとオイノスの心配はごもっともだ。
だが、それでもやる必要がある。
アイドルが輝こうとしているのに、何もしないのではプロデューサー失格。
プロデューサー・イセは、アイドルを輝かせるために存在しているのだ!
「行ってください。これだけ肥大化したモンスターを倒せるのはアメリアしかできません!」
「……わかったわ。死なないでね」
「年寄りをこれ以上働かせんように、踏ん張るのが若者の仕事じゃぞ。今回だけでなく、これからもな」
「わかっています。頼みましたよ!」
ラチェリとオイノスがアメリアの元へと向かっていく。
俺は一人残り、突進してくるサナトス・ヴァイラスの正面に立ち塞がった。
サナトス・ヴァイラスもすでに突撃を敢行しており、大地を揺るがす重量を持って、丘を駆け上がってくる。
俺はその巨体の突進をメイスを盾にして受け止めてみせた。
「ぐぎぎっ!」
トラックどころか列車にぶつかったような衝撃だった。それでも五体がバラバラにならずに踏ん張りがきいているのは、イセの高ステータスのおかげだ。しかし、その力を持ってしても徐々に押され続けている。
「こいつめ! とまれぇっ!」
メイスを巨体の下にねじ込み、ステータスの限り、全力で押しのけた。
巨体がわずかに浮かび上がり、その隙に鉄製の名刺を作成して、サナトス・ヴァイラスの踏ん張っている右前脚に放り投げた。
名刺は脚の筋を切り裂き、巨体のバランスがほんの少し崩れた。
その隙に、一段と力を込めてメイスを叩きつけると、サナトス・ヴァイラスの巨体が大地に沈み込むように横倒しで転がった。
「俺のアイドルのところへ行かせるか!」
横になったサナトス・ヴァイラスへさらに殴り掛かる。
倒れたまま俺に食らいつこうとしてくる口から殴り飛ばす。再生しようが、その上からさらに叩き潰す。
背後を狙ってきた尻尾には、左手でパイプ椅子を出現させ、投げつける。
パイプ椅子ではもう牽制にはならず、牙を復活させた尻尾はベスト越しに俺の腹部に噛みついてきた。
「グガッ……!?」
腹部から全身を激痛が貫く。
すぐさまメイスを引き戻して尻尾を叩き飛ばす。
どんなに痛かろうと、こいつから離れるわけにはいかない。
退いたらその分こいつはアメリアに近づく。
メイスによる殴打を続行する。
ゲームだったら高得点間違いなしの乱打。
それでもサナトス・ヴァイラスは攻撃をまったく緩めない。
俺に叩かれれば再生し、再生しながら攻撃をしてくる。
しかし、再生に時間をかけている分、進むことはできない。
向こうも尻尾攻撃で俺の体力を削ろうとしてくる。
人間である以上プロデューサー・イセでも体力の限界は訪れる。
だがそれでも一分一秒でも長く攻撃を続ける!
勝って、この戦いを終わらせるために!
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