第40話 決意の少女
「この辺りで、大丈夫です」
アメリアは丘の中腹を降り、サナトス・ヴァイラスがはっきりと捉えられる位置まで移動した。
付き添いのゴードンは巨大な出刃包丁のような大剣を肩に担ぎながらアメリアを心配させないようにと薄い笑みを浮かべていた。
「そうかい? 俺のことなら心配いらないぞ。多少さび付いちゃいるが、これでも【ゴールド】まではいったんだ。あのデカブツ相手でも多少は時間が稼げる」
「いえ、きっと届くと思います。少なくとも【灯火(フレア)】よりは射程は長いはずですから」
「オーケー。それじゃあここで待ち構えるとしよう」
黒いモンスターたちは丘を降りて陣取りしたアメリアたちを標的として狙い定めており、爪や牙を振りかざして襲い掛かってくる。
そのたびにゴードンは「おら、三枚おろしだ!」と巨大出刃包丁を振るい、モンスターを薙ぎ払っていった。
自分の護衛をしてくれるのを見て、アメリアは自然と感謝の言葉が口から飛び出していた。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ…………ははは」
「ゴードンさん?」
「いやなに、ここ数年頑なにしゃべらなかったお前さんと、こうも和気あいあいと会話できるとは思ってなかったからな」
「……すみません」
「いいってことよ。お前さんとは人が多い場所でしか話す機会がなかったからな。エルフだってバレないためには、だんまりも仕方ないってことよ。それに今はこうして決意してくれたからな」
「エルフだって隠していて、それでもし、みんなが死んじゃうのは一番嫌だから。後悔しないように、エルフだってバレてもいいように全力でやろうと思ったんです」
「頼もしくなったもんだ。若者の成長ってのは、おっさんにとって見ていられないくらい輝かしいもんだよ。しかし、いいのかい? 意地悪な言い方になるが、その選択は数年分のお前さんの苦労を全部なかったことにするんだぞ?」
「いいんです。わたしは数年間鎧で隠していた自分じゃなくて、数日のこの衣装を着ているときの自分を大切にします」
「……そこまで言うなら俺からは何も言わんさ。若人の門出だ、俺なりのやり方で祝ってやろう。ボーデンさんもお前さんの活躍をきっと見ているぞ」
「はいっ!」
アメリアは頷いて、南門を振り返った。
モンスターの侵入を防ぐために閉ざされた門、それを支える柱にはアメリアの育ての親であり、ドワーフの英雄でもある女性の顔のレリーフがある。
厳しくも自信をのぞかせるその顔つきはいつもと同じ。だが、アメリアはいつもと同じはずのその眼差しに「あたいの娘ならやってみな」と言われているような気がした。
アメリアは目蓋を閉じる。
思い出されるのは街での出来事の数々。
決していい思い出ばかりではない。
むしろ、ここ数年はつらい思い出ばかりだ。
兜の隙間から見えるわずかな世界。
その世界は自分を拒絶しているようで、外見はおろか、声すら出すのをためらうようになった。
でも──ここ数日の兜を外して見えた世界は、イセが見せてくれた世界はとんでもなく輝いて見えた。
(お母さん……わたしはやるよ。お母さんみたいに世界は救えないけど、お母さんとわたし、そしてみんなの街を守ってみせる!)
アメリアはブレス・オブ・キスカヌを右手に軽く握るように持ち、タナトス・ヴァイラスへと向ける。
一見すると、今にも折れそうな枝切れを持って戦おうとしてる哀れな少女のようだ。
でも、それは違う。この杖は何かが違う。
アメリアのエルフの血がそう思わせるのか、それともオイノスの鍛冶屋としての知識を聞いたからそう思うのか。
もしくは、イセがこの武器ならば勝てると信頼してくれたから、そう強く思うことができるのか。
(たぶん、全部だ。そのすべてを尽くしてわたしは必ず勝つ)
昨晩、お風呂から上がった際にアメリアはイセから新しい魔法について聞いていた。
詠唱と魔法の名称を聞いてアメリアはピンときた。
それは、母が持っていた魔法の本の中に挟まっていたメモのような紙切れに書かれていたものだ。
ずっと忘れていた詠唱だったが、イセに魔法のことを教えてもらったとき、思い出すことができた。
そして、思い出してから忘れようとしても忘れられないくらい、アメリアの脳裏にこびりついていた。
(戦える。今のわたしなら、戦える!)
強い決意を持ち、アメリアは詠唱を紡ぎだした。
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