第39話 プロデューサーに狼牙棒

 何脚目かわからないパイプ椅子での投擲が破砕という結果で失敗した。


 すでにかなりの数の攻撃を行っているが、サナトス・ヴァイラスには傷一つつけることができなかった。


 グラウンドファングには通用したプロデューサー・イセのステータスで、ドーピングアイテムまで使ったのに、だ。


 目論見が完全に外れていた。


 最終的にアメリアの魔法で仕留めるつもりなのは変わらないが、それでもサナトス・ヴァイラスの動きを削ぐために多少は手傷を負わせるつもりだった。


「すぐ再生されるからあまり意味はないかもしれないけどさ……っと!」


 牙のついた尾が、今まで立っていた場所に打ち付けられて地面をえぐる。


 ベストを着ている場所ならともかく、あんな攻撃を脳天に食らったら間違いなくぺちゃんこにされる。


 サナトス・ヴァイラスが俺から完全に興味を失わないように至近距離を移動しながら、六つの目のどれかを狙って名刺を作成しては投擲する。


 しかし名刺は大きく開かれた口にあっさり飲み込まれた。モンスターの意識を逸らさないと目に当てることすら厳しいようだ。


 そこまで攻撃しても、丘のような巨体の前には鉄製の名刺でもパイプ椅子でもあっさり壊されてしまう。身のこなしはなんとかおいついているが、圧倒的に攻撃力が足りてない。


 まあそもそもアイドルゲームのプロデュサーに、『名刺を相手に渡す』以外の攻撃手段は必要ないのだから攻撃力は低いのは当然だろう。しかし、名刺交換すらできない暴力の塊を黙らせる手段が必要な異世界では、この攻撃力がないというのはなかなかじれったい。


<ビュゴアアアアアア──ッ!!>


 空気を揺さぶる咆哮が三つの口腔から轟く。


 周囲を蠅のようにうろつく俺に対して痺れを切らしたのか、サナトス・ヴァイラスの巨体が進路を俺のほうへと変更した。


 アメリアではなく、こちらを狙ってくれるのはありがたい。それだけアメリアが詠唱する時間を稼げるというものだ。


 サナトス・ヴァイラスは一気に急接近して巨体で押しつぶそうとしてくる……と思いきや、体についたグラウンドファングの三つの口を同時に開き、どす黒い塊を吐き出した。


 そのたびに周囲の焦げた匂いを上塗りするかのように吐き気を催す腐敗臭が漂ってくる。


 吐き出された黒い塊は幾度か蠢くと、四本の突起物がついた物体に変化し始めた。


「あれはもしかして……人型なのか?」


 黒い塊は、二本の突起で立ち上がると、トカゲと、オオカミの顔を出現させる。


 気が付くとリザードベアーの顔とコボルトの顔が体中から生え出た化け物ができあがっていた。


「なんじゃあの化け物は……!」


 はっきり言って気持ち悪い。


 三つ首のグラウンドファングの見た目からなんとなく想像はできていたが、サナトス・ヴァイラスは宿主の体内に取り込んだ死骸を使って、モンスター同士をくっつけたような見た目の化け物を作り出すこともできるようだ。


 あっという間に辺り一面、体中に顔の生えた二足歩行のモンスターの群れができあがった。


 サナトス・ヴァイラスはご丁寧に顔のモンスターを俺の退路を封じるように動かしてから、自身の巨体を動かし始めた。


 サナトス・ヴァイラスをここまで牽制できたのは、プロデューサー・イセの身軽さがあってこそだったが、このまま範囲を狭められると逃げ場がなくなってしまう。


 打って出るか、だが、戦おうにも攻撃力の高い武器がない。


 どうしたものか。


 思案を巡らせていると、顔面モンスターの群れを縫うように、何かが突き進んできた。


 そして、眼前まで迫っていたモンスターを切り飛ばすと、俺を守るように背を向けた。


「待たせたわね、イセ!」


 ラチェリだった。その手にはナイフだけが握られている。


「ラチェリ、ありがとうございます。無事に届けられたんですね」

「ばっちりよ。あの子も、覚悟を決めてくれたわ」


 ラチェリの視線を追うと、離れた場所でアメリアが杖を構えているのが見て取れた。


 驚いたことに、アメリアは兜を脱いで、エルフの整った素顔をさらしていた。


 今まで頑なにエルフであることを秘密にしてきたアメリアが、エルフであることがバレてしまうことを承知で最後の勝負に出てくれるらしい。


「それなら、私たちも覚悟を決めないといけませんね」


「ええ。でも、イセはもうちょっと待ってて。あんたの武器がそろそろ届くはずだから」

「新しい武器?」

「そうよ。素手であの化け物の相手はしんどいでしょ。噂をすれば、来たようね」

「──ったく、足だけはいっちょ前に速くなりおって。儂を置いていくとは、年寄りの扱いがなっちゃおらんのぉ」


 声がしたほうを振り向くと、鍛冶屋のオイノスが、長い包みを肩に担いでこちらに駆け寄ってくるところだった。


「オイノスさん!? どうしてここに?」

「そこのお転婆な小娘に連れてこられたんじゃ。まったく、儂は鎚を振るっておりたかったんじゃがな」

「このモンスターの群れが街に入ったら鍛冶どころじゃないわよ! 【ゴールド】なんでしょ、役に立ちなさい」

「【ゴールド】……ということは、オイノスさんがラチェリの言っていた【ゴールド】の冒険者なんですか?」

「そうよ。ついでにいうと、ドワーフの英雄のチームにいたときもあるわ」

「フン。そのチームは元々儂が作ったもんじゃ。儂が鍛冶屋に転向するときに消滅したがな」


 ドワーフの英雄というとアメリアの育ての親と一緒にチームを組んでいたこともあったのか。


「それは大変心強いです。私はもう必要ありませんね」

「抜かせ。年寄りを馬車馬のようにこき使うもんじゃないわい。ほれ、こいつをやるからお前さんが倒すんじゃ」


 オイノスは長い包みを俺のほうへ放ってよこした。


「これは?」

「お前の武器じゃ。言ったろう、武器をついでに作ってやると」


 そういえばオイノスの工房を訪れたときに武器をお願いしていたのだった。


「こいつを急いで完成させるせいでちょいと遅れたんじゃ。儂の仕事を無駄にするでないぞ」

「ありがとうございます。使わせてもらいます」


 俺は包みを急いで開けた。


 中から出てきたのは、身の丈ほどもあるアイボリー色の無骨なメイスだった。


 全体の長さは二メートルほどで、先端には棘状の突起物がついている。


 握ってみると、アメリアの大剣と同じくらいの重さだが、芯が空洞になっていない分妙なところに力がかかるということはなさそうだ。


「望み通りの打撃武器じゃ。グラウンドファングの牙で作った。下手な小細工はつけとらんし、あの鉄切れと違って硬いぞ。力の限りぶっ叩いてやれ」


 叩けばいいだけならそれが一番やりやすい。


「ありがとうございます。これなら──!」


 俺は柄を両手で握りしめるとこちらに向かってきていた顔面モンスターを二体まとめて薙ぎ払った。


 メイスはパイプ椅子と違って軋むこともなく、モンスターを粉砕してもメイスには傷一つついていなかった。


 強度は充分だ。これならプロデューサー・イセの力で思い切り殴っても壊れることはないだろう。


「それじゃあ、こいつらを全員倒してやりましょう!」


 ラチェリの掛け声とともに、再びサナトス・ヴァイラスとの戦闘が始まった。

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