第36話 年上の魔術師だから
「す、すごい……」
パイプ椅子の防壁から50メートルほど離れた場所で詠唱を唱え続けていたアメリアは、イセの奮迅の活躍に舌を巻いていた。
イセが強いのはこの目で何度も見てきた。単身でリザードベアーを一方的に倒せるほどの力があり、苦戦はしたが【ゴールド】ランクの冒険者が束になってようやく倒せるグラウンドファングもほとんど一人で撃破してみせた。
しかし、そんな彼は今日、サナトス・ヴァイラスに乗っ取られ、身体能力が向上しているはずのグラウンドファングを複数体同時に相手にしても、ほとんど一瞬で倒してしまった。
とどめを刺したのはラチェリとヘーブルだが、彼女たちは無力化されたグラウンドファングの弱点を攻撃しただけだ。そこまで事を運んだイセが、ほぼ一人で倒したと言っても間違いではないだろう。
今もまた、防壁にできた穴から出てくるモンスターを複数体相手取り大剣でバッタバッタとなぎ倒している。
(本当に、どこまで強くなるんだろうな。それにしてもあの大剣、わたしが使っていたたときは重たくて大きいだけの鉄の塊だったのに、イセが持ってると凶悪なモンスターを一閃で倒せる勇者の剣のように見えるのが不思議。お母さんの持ち物だけど、帰ってくるまではイセに預けてしまったほうがいいかも。あーでも、他人には絶対に渡すなってお母さん言ってたっけ? どうしよう……)
ドワーフの英雄でもある母に、「絶対に誰にも渡すな」と口を酸っぱくして言われた装備だ。何か考えがあってのことだろう。今回ばかりは特例でイセに貸しているがこの次もと思うと躊躇してしまう。
(壊さなければ大丈夫かな? あとでちょっとイセに相談してみよう)
そのとき離れたところで戦っていたイセから「アメリアっ!」と大声で名前を呼ばれた気がした。
見れば、彼の周りには2体のグラウンドファングが黒い液体を噴き出しながら寝そべっている。
アメリアはすぐさま詠唱して、炎の魔法を放った。
【灯火(フレア)】は着弾し、すぐに死体を燃焼する。
サナトス・ヴァイラスは急所をすべて潰すか燃やすかしなければ、再生して宿主となった死体を永遠に操る。
炎魔法で焼き払うのは非常に効果的だ。
後方で魔法を放っていれば群れの個体数は減っていき、必ず討伐できるだろう。
(ちょっと前まで何もできなかったわたしを、ちゃんと戦えるようにしてくれるんだもん、やっぱりイセはすごいよ。【ストーン】って呼ばれてたのが、ずいぶんと昔のことみたい)
母には「ない」と言われた魔法の才能を見出してもらい、戦力としてこの場所に立っていることへの自負と、もっとイセの役に立たなくちゃという責任感からアメリアは詠唱をさらに紡いでいく。
(そういえば、その魔法についても昨日イセに言われた。……確か新しい魔法が使えるようになったかもしれないから、この戦いが終わったら使ってみようとか言ってたよね)
新しい魔法はアメリアも聞いたことのないものだった。詠唱も教えてもらったが、詳しい効果のほどはわからずじまい。
魔法によっては広範囲を攻撃するものもあるため、効果がわからない状態でうかつに詠唱するのはためらわれたようだ。
なぜイセがそんなことまでわかるのかは不思議だったが、何はともあれ、アメリアは彼の言う通りにこの戦いが終わってから使ってみるつもりでいた。
(そのためにも、まずはこの戦いを終わらせないとね!)
「燃え盛る炎の精霊よ! 我の前にその力の一端を見せよ──【灯火(フレア)】!」
アメリアの杖からほとばしった炎の塊は、林とイセたちを隔てる防壁にぶつかり、倒れた椅子に足を取られていたリザードベアーを焼き払った。
(それにしても、意外とというか、やっぱりというか、数が多いなあ……)
先ほどからひっきりなしに黒いモンスターが押し寄せてくる。
確かにこのまま倒し続けられれば勝利は堅いが、このままの物量が絶えず襲い掛かってくると魔法を使うための魔力が先に尽きてしまうかもしれない。
現にアメリアの隣にいるロフィンなどは息を少し切らし始めていた。
一度の狩りでは、魔法は切り札であるため最後までとっておくのが常で、仮に戦闘で使用するにしても連続で三発ほどだ。回復魔法が使える魔術師はポーションなどの回復アイテムがなくなったときのために、さらに魔力を温存している場合もあるがそれでも一度の狩りで五回使えばいいところだろう。
だが今回は絶え間なく押し寄せるモンスターに向かってすでに十発は魔法を打ち込んでいる。一度の狩りで使う量を完全に超過しており、ロフィン以外の魔術師を見てみても、すでに額に大粒の汗を掻き、息も絶え絶えといった者もいる。
まだ戦いは続く。そうすればロフィンたちは間違いなく魔力切れを起こすはずだ。
ひとたび魔力切れを起こせば、立っていられなくなるほどの倦怠感が全身を襲う。
そのタイミングでモンスターがなだれ込んでくれば、抑えきれなくなる。
(無理をし過ぎる前に休んでほしいなぁ……)
「…………」
「……ア、アメリアさん……? ど、どうかしましたか……?」
フルフェイスの兜越しの視線に気づき、ロフィンが掲げていた杖を下げた。
「…………」
「……アメリアさん……?」
「…………」
(……いやいや、なんで無言なんだ、わたしは! 自分よりも小さい子が無理しているのに、咄嗟に声が出てこないなんて。昨日チェリちゃんとは普通に話していたでしょ!? しっかりしろ、わたし! エルフだってことはもうバレてるんだから、『しっかり休め』って言わないと。イセにだって頼まれたでしょ、『レフィンとロフィンをよろしく』って!)
アメリアは頭を振ってから、意を決して口を開いた。
「……や、休んで。魔力切れるとまずい……」
しかし出てきたのは、小さな羽虫の飛ぶような音が喉から零れ落ちたような声だった。
(わたし……本当にダメだ……やっぱりダメな子だ……。イセになんとかしてもらったのに、自分がなんとかなってないよぉ……)
あまりのふがいなさにその場でがっくりと肩を落とすアメリア。
このまま大地に埋まりたかった。
そんな後ろ向きな思考を揺さぶるように小さな声が下りてくる。
「だ、大丈夫です……。アタシはまだまだやれますから……」
アメリアが顔を上げると、ロフィンは首筋に大粒の汗を流しながらも笑顔を見せていた。
無理をしているのは明白だ。だが、だからといって、自分たちの街をモンスターの大群から守っているという局面でまだやれるというロフィンを説得できるのか。
(む、無理だよ……止められないよ……)
アメリアは説得する言葉を持っていなかった。
(自分よりも小さい子がこんなになってるのに、わたしったらまだ人の目を気にして、ちゃんと話せないなんて……)
やらなくてはいけないことなのに見て見ぬフリをする。
それはなんだか、魔王の討伐に参加しなかったエルフのように思えて、アメリアは無性に腹が立ってきた。
(わたしもちゃんとやらなくちゃ。ちゃんと答えなきゃっ!)
「わ、わかったよ!」
意識したせいか、思った以上に大きな声が出た。だが、もう気にしない。
「でも、倒れそうになったら言ってね。わたしは、ちょっとだけどイセに鍛えてもらったから。まだ余裕があるから」
「わかりました……。そのときが来たらお願いしますね……」
「うんっ!」
(……よ、よし。ちゃんとお話ができたぞ。ロフィンちゃんのためにも、もっと頑張らないとね!)
アメリアは一際力を入れて詠唱を行った。
しかし、限界はすぐ訪れることになる。
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