第35話 【ガーディアン】

 決戦の時間はすぐにやってきた。


 各々の冒険者が林を囲むようにして配置につくと、パイプ椅子でできたバリケード越しに、林がまるで恐怖を感じて身震いするかのように揺れ始めたのだ。


「お、おい、受付!」

「まだです~。姿は確認できませ~ん、待機してくださ~い!」


 号令を急かす誰かの声をシュエットが一蹴する。


 時間さえあれば火薬を使って森全体を燃やすこともできたが、その作戦が取れなくなった今、すべてを炎の魔法に頼らざるを得ない。しかし魔法の掃射で焼けるのは林の一部だけだ。そのため充分にモンスターの群れを引き付けなければ攻撃の効果は薄くなってしまうのだ。


 俺も正直怖い。自分を丸呑みにできるモンスターの群れがこちらへ全速で向かってきているなんて知って落ち着いていられるはずがない。


 それでもこうしてモンスターが林から出てくるのを待っていられるのは、たぶんこの姿がプロデューサー・イセのものだからだろう。


 リアルでは何もできない俺でも、プロデューサー・イセならなんだってやってしまえそうな気がする。


『アイドルセイヴァー』で頂点を取ったという自負もあるが、やはり大きいのはアメリアの存在だろう。


 みんなに夢と希望を与えるアイドル、そのサポートをするプロデューサーが敵前逃亡なんて夢も希望も消え去るようなマネをするわけにはいかない。


 アイドルはみんなに夢を見せる。プロデューサーはそんなアイドルを守るのだ。


 アメリアが戦おうとしているのに、俺が逃げ出すわけにはいかない。


 勝算もある。俺にはアイドルがいることで発動するスキルもある。勝ち目がまったくないわけではない。


 とはいえ、そう自分に言い聞かせても怖いことには変わりないのも事実だ。


 林の木々が叩き折れる激しい音が響き渡る。


 鳥や獣、アルミラージやコボルトのような弱いモンスターの断末魔に似た叫び声が木霊してくる。


 林のすべての命を根絶やしにしている音が近づいてくる。


 大地を貫くけたたましい音が、大気を振るわせるほどに暴れ狂った。


 その瞬間、シュエットが叫んだ。


「炎魔法っ、打ってくださ~い!」


 丘の中腹に陣取る後衛の冒険者たちが一斉に詠唱を開始し、魔法を放った。


 魔術師の杖から打ち出された火球は放物線を描いて、パイプ椅子のバリケードを飛び越え、炎の滝となって林の手前へと降り注いだ。


<──ジュラララララガァァッッ!?>


 降り注ぐ炎の剛球によって林から顔を覗かせた先陣の黒いリザードベアーたちが圧倒的な熱量の海に溺れていく。


 だが、モンスターの行軍はこれしきでは止まらない。後続のモンスターたちは燃え尽きたリザードベアーを押しのけて強引に炎の壁を突き破ってくる。


 けれども、後続のモンスターたちは突進の勢いのままにパイプ椅子の防壁に直撃。崩れ落ちてきたパイプ椅子に絡まるようにして転倒。そこへ後ろからやってきたモンスターも足を取られて進軍スピードをわずかに緩める。


「弓矢の方々、お願いしま~す!」


 シュエットから鋭い指示が飛び、弓を引き絞った冒険者がもつれているリザードベアーの群れに向けて矢の雨を降らせた。


 ドドドドド、と地面を小刻みに揺らす物量がリザードベアーの頭部に、腕に、背中に、腰に、尻尾に、足に突き刺さり、大地へと縫いつける。


 サナトス・ヴァイラスの宿主となった個体は急所以外では怯まない。だが、全身に浴びせてしまえば急所であろうがなかろうが関係ない。そこへさらに炎の魔法を打ち込めば問題なく倒すことができる。


 ここまでは順調だ。パイプ椅子の壁はあと二つ残っているので、感染した黒いリザードベアーは倒せるはず。


 問題は──、


「出たぞっ! グラウンドファングだ!」


 ゴーグルをかけた冒険者が叫ぶと同時に、森から大きな口が飛び出してきた。


 通常個体よりも全身をどす黒い色に染めたグラウンドファングは焼かれたリザードベアーを弾き飛ばし、パイプ椅子の壁を下から突き崩すようにして突進してくる。


「イセっ!」

「ええ。仕留めます!」


 俺は三枚目のパイプ椅子の壁を破壊したグラウンドファングに接近した。


 近づいてくる俺たちに気が付いたのか、巨象すら飲み込む口腔がこちらに向けて大きく開かれる。


 俺は魔法で名刺を作り出すとその口の中に放り込んだ。


 名刺が舌に触れた直後、丸太さえ噛み砕く大顎が閉じられる。


 ワニは口の中に衝撃が加わると反射的に顎を閉じてしまう──元の世界にいたときに得たワニの生態の知識だが、こちらの『ワニ』にも有効なようだ。といっても、単純に口内に何か入ったと感じてから閉じた可能性もあるので過信は禁物だ。


 今回に限っていえばうまくいった。名刺を投げ入れて口さえ強制的に閉じさせてしまえば、体当たりと尻尾に気をつけて立ち回ればいい。


「らぁっ!」


 大剣の柄を両手で握りしめ、グラウンドファングの鼻に真横から叩きつけた。


<ゴシュゥゥゥ……>


 巨大なワニの怪物は喉から音を出して、吹き飛ぶように転がっていき、鱗の薄い腹をさらけ出した。


 すかさず駆け寄ると、俺は喉元から頭へ向けて、大剣を突き刺した。


 くぐもった音が聞こえ、剣身が半分までグラウンドファングの体に埋まる。


 グラウンドファングが最後の抵抗にと尻尾を伸ばしてくる。


 だが、もう遅いっ!


「どっせいやっ!」


 そのまま大剣を押し込み、引き抜いて尻尾を弾くのと同時にグラウンドファングから黒い体液が噴水のように噴き出した。


 グラウンドファングはそのまま短い両脚をじたばたさせていたが、やがて死体らしく動かなくなった。


 ひとまずは無力化成功だが、この状態でも完全に停止させたわけではない。


 あくまで喉と脳を潰しただけで、その損傷具合によっては数時間から数日で再生してしまうらしい。


 確実に仕留めるにはやはり全部焼いてしまわないといけないようだ。


「アメリア、こいつを頼む!」


 俺のいるところから魔術師であるアメリアがいる丘の中腹までは50メートルは離れている。しかし偶然にもこちらを見ていたアメリアと兜越しに目が合った気がした。


 俺は手を振ってからグラウンドファングの死骸を指差すと、アメリアが杖を構え、魔法を放ってくれる。


 急いでその場を離れる。


 10メートルを超えるグラウンドファングの巨体を飛んできた火球が呑み込み、一瞬で灰へと変えた。


 すさまじい火力だ。頼りになる。


 後方に万全の状態のアメリアが控えていればまず押し負けることはないだろう。


「イセ!」


 ラチェリの呼びかけで振り返ると、林の中からグラウンドファングがさらに二体現れるところだった。


「私がひっくり返します。ラチェリとヘーブルさんたちはがら空きになった腹部に攻撃してください!」

「わかったわ!」

「任されよう!」


 グラウンドファングに肉薄すると、すぐさま顔の側面に大剣を叩きつけ、大地へと転ばす。


 一体が終われば、次のもう一体の開いた口を横に転がるように避け、横っ面を大剣で強打して強引に寝転がす。


 すかさずラチェリと、ヘーブルとそのチームメンバーがグラウンドファングに各々の武器を突き立てる。


 尻尾で冒険者が数人吹き飛ばされたが、攻撃は掠った程度で、グラウンドファングの無力化に成功した。

「やったぞ、見たか! 僕がついにカテゴリーCのグラウンドファングを倒したんだ! 【ゴールド】の仲間入りも近いな!」

「はいはい。イセのおこぼれをもらえてよかったわね」


 得物である槍を突き上げるヘーブルに、アメリアがため息交じりに皮肉を吐き出す。


「それにしても、以前はあれだけ手こずったグラウンドファングをこんなにあっさり倒せるなんてね。イセ……あんた、また強くなったんじゃない?」

「いや……強さ自体は変わっていませんよ。前と違うのは守るべき存在がいるからです」


 プロデューサー・イセのスキル【ガーディアン】。『アイドルセイヴァー』のタワーディフェンスにおいて、所属アイドルの数だけ攻撃力と防御力に補正をかけるスキルだ。


『アイドルセイヴァー』のときならユニットを配置するだけで効果を発揮してくれるスキルなのだが、実際にこうして戦うとやはり効果のほどがよくわかる。


 このままうまく対処できればいいが……。


「守るべき存在って……アメリアのこと?」


 上昇した攻撃力で壊していないかと大剣を確認していると、妙にそわそわしたラチェリが近寄ってきた。


 どうしたのだろうか?


 あ、そうか。さっきの言い方だとアメリアだけが守る対象のように聞こえて不安に思ったのかもしれない。ちゃんと補足しておかないとな


「アメリアだけじゃありませんよ。ラチェリや、レフィンやロフィンだってそうです」

「えっ!? ほ、本当!?」


 ラチェリが驚いたように詰め寄ってくる。


「当り前じゃないですか。ラチェリたちは同じパーティーなんですから、絶対に守りますよ」


 ステータスに補正がかかるのはアメリアだけだが、だからといってラチェリたちを見捨てるようなことはしない。世話になっているんだから当然だろう。


「そ、そう……あたしもちょっとやる気出てきたかも……」


 黒い液体のついたナイフをぐっと握り、微笑んでいるラチェリ。傍からみるとちょっと誤解されそうなポーズだが、本人は気にしていないらしい。


 ラチェリとそんな会話をしていると、炎の壁を抜けて、グラウンドファングが5体ほどなだれ込んでいた。


「まだあんなにいるのか……」


 槍を持つ手を震わせながらヘーブルが青白い顔をしている。


 確かにあの数は脅威だが、モンスターだって無限じゃない。


「大丈夫です。倒し続ければ必ず終わりがきます。先ほどと同じ調子で倒していきましょう」

「も、もちろんだとも、貴族の誇りにかけて必ずや倒してみせよう」

「途中で逃げ出さない誇りであってほしいものね……」


 アメリアの皮肉も緊張したヘーブルには聞こえていないようだった。


 恐怖は伝染する。


 早く討伐隊全体に優勢だと思わせなければ、時間が経つごとに士気は下がっていくだろう。


「まずは目の前のモンスターを、一体ずつ片付けていきましょう」

「ええ、行きましょう」

「ま、任せてくれ!」


 俺たちは一丸となってグラウンドファングに向かっていった。

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