第33話 イセとして
事態が急変したのは翌日の早朝のことだった。
林ごとタナトス・ヴァイラスを焼く作戦を執り行うため『冒険者協会』を訪れると、室内は大勢の人が右往左往しており、慌ただしい空気が漂っていた。
シュエットが申し訳なさそうに駆け寄ってきた。
「ああ~、イセさん、やっと来てくださいましたか~。お待ちしていました~!」
「おはようございます……どうか、されたんですか?」
「来たんです~」
「来た?」
「モンスターの大群がもう林の手前まで来ちゃってるんです~!」
「え……? でも、予想ではあと二、三日はかかるって言ってませんでしたか?」
「こちらの想定よりも侵攻が速かったようです~。それだけ強い個体が群れを支配しているみたいです~」
一晩待ったがゆえに非常にまずい状況になったようだ。
「林に仕掛けをする時間はなさそうですね……。増援のほうはどうなってますか?」
「遣いの人を出しましたけど、どれだけ馬を飛ばしてもあと三日はかかる感じです~」
三日か。増援は期待できないな。となれば、この街にいる戦力でどうにかするしかないが、ここには【シルバー】ランクまでの冒険者しかない。
本来なら林の中におびき寄せて焼き払い、炭化寸前で逃げ出してきた奴だけを狩るつもりだったが、足止めするための仕掛けがなければモンスターは生焼け状態で突破してきてしまう。
少し体が焦げただけでは動きは鈍らないだろう。
「イセ、どうすればいい?」
「…………」
ラチェリとアメリア(フルフェイスの兜着用)が不安そうな視線を投げかけてくる。
ここで「自分たちのことは自分たちで考えて」と言うのは簡単だ。
異世界なのだから、そのくらい異世界の住人でどうにかしてくれ、と。
だが、それでは事態は好転しないだろうし、何より元の世界にいたときの俺と変わらない。
この世界へ来た原因はわからないが、俺はプロデューサー・イセとしてこの世界に来た。
伊瀬孝哉ではなく、イセとして新たな人生をスタートさせたようなものだ。
であるならば……人々に夢を提供するプロデューサーとして、女の子の信頼を裏切るようなことはできない。
新しい作戦はない。しかし、やるしかない!
「林を燃やしてモンスターの数を減らす作戦は行います。ただ、落とし穴が作れないので、戦闘になることは避けられません」
「覚悟はできているわ。それで、わたしは何をすればいい?」
「ラチェリは、昨日お話ししていた【ゴールド】の冒険者さんに連絡を取って、南門のところへ来るように伝えてください」
「わかったわ」
「あと、私のジャケットはまだ持ってますよね?」
「えっ!? も、持ってるけど……それがどうかした?」
「戦闘になるときは着てきてください。あのジャケットは下手な鎧よりも役に立ちます」
「わかったわ! 絶対に着てくる!」
ラチェリがどこか嬉しそうに拳を握ってみせた。
「…………」
アメリアが「わたしは?」と言いたそうに俺を見てくる。
「アメリアには、魔法でモンスターを撃退してもらいます。それと……私に大剣を貸してください」
「…………」
アメリアが大きく頷いた。
あれだけ大切にしていた親の大剣を貸してくれるようだ。大事に扱うつもりだが、モンスターの大群が相手ではどうなるかわからない。……壊れないといいなぁ。
「レフィンとロフィンも、私たちの後方からそれぞれ魔法と弓を使ってモンスターを倒してください」
「わかったぜ!」
「せ、精いっぱい頑張ります……」
二人とも了承してくれた。本当なら死の危険のある戦場に子供を出したくはないのだが、今回ばかりは少しでも戦力が必要だ。とはいえ、本当にやばくなったら逃げてもらうつもりではいるが。
「シュエットさんは、街の冒険者を南門に集めてください。冒険者以外の戦えない住民の方々には、モンスターの到達予定が早まったと、必要最低限のものだけ持たせて、急いで街から避難するように手配をお願いします」
「了解しました~」
シュエットはすでに慌ただしくなっている同僚たちに俺の言葉を伝えに行った。
これでひとまずは住民を逃がしつつ、この街にいる戦力をモンスターの群れにぶつけられるだろう。
「それじゃあ、私たちも行きましょうか。戦いが始まる野外ステージへ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます