第30話 死の影群魔

 リザードベアーはアメリアの魔法で徹底的に燃やしてから俺たちはサエペースに戻ってきた。


 すぐに向かったのは街にある『冒険者協会』だ。そこで先ほどアメリアに聞かせてもらった仮説を報告するつもりだった。


 話を聞いてくれそうな職員を探していると、窓口に見知った顔を見つけた。


「──逃げ出そうとする仲間に僕は言ってやったのさ。人間はドワーフには力で劣り、獣人には敏捷力で劣り、魔族には魔力で劣る。だが、人間はどの種族にも負けない勇気を持ってる。その勇気を武器に戦うことができるとね」


「なかなかロマンチストな号令ですね~」


 ヘーブルがシュエットに熱弁を振るっていた。


 今日の冒険であったことを脚色をつけて報告している最中だろう。普段なら終わるまで待っていたが、今は時間がない。


「すみません、ちょっとよろしいですか?」

「あ、イセさんじゃないですか~。どうしたんですか~? ずいぶん慌てていらっしゃいますね~。あ、もしかして後ろの方はボーデンさんですか~? 今日はまたずいぶんと可愛らしい格好をなさっていますね~」

「…………」


 シュエットは俺の背後に佇むフルフェイスの兜を被った魔法少女衣装のアメリアを見て笑みを浮かべていた。


 そしてアメリアのほうはというとシュエットの言葉に驚いているようだ。面白い格好と言われたことではなく、単純に身元がバレてしまったことだろう。頭隠して尻隠さずというか、兜を変えていないのだからバレるに決まっている。


 アメリアが若干落ち込んでいるような雰囲気を放っているが、今は置いておいて、さっさと要件を伝えよう。


「要件なんですが……」

「待ってもらおうか、彼女は今僕と話しているんだ」 


 林での一件を話そうとしたらヘーブルから待ったがかかった。


 わかってはいたが引き留めてくるか。こっちはナンパに付き合ってる時間も惜しいというのに。


「君には恩義があるから、大体のことには目をつむるが……先客がいるのに割り込んでくるのはいただけない」

「ですが、急用なのです」

「僕だって急用さ。彼女を食事に誘うという、何よりも優先するべき談話をしている最中だ」


 うわー、殴ってやりたい。


 そんな俺の想いが通じたのかはわからないが、シュエットが「まあまあ」とヘーブルをなだめるように声をかけた。


「イセさんがこんなに慌てて来てくださってるんですから、先に聞いてあげましょ~。私のいる領地の貴族様は平民の声にも耳を傾けられる優しい方のはずですよね~?」


 シュエットの含みを持たせた語り掛けに、


「あ、ああ……もちろんだとも。今回は特別だ。彼に順番を譲るとしよう」


 ヘーブルは少し不服そうにしながらも同意した。


『冒険者協会』の窓口を担当しるだけあって、シュエットはナンパしてくる冒険者の扱いもお手の物なのだろう。その手腕に感謝だ。


「ありがとうございます。では」


 俺は林の中で見てきた事実をそのまま伝え、帰り道でアメリアから聞いた推測もそのまま話した。


「血液が黒く変色しているモンスターを見つけました。おそらくですが、『感染』の可能性があります」


「『感染』……? モンスターが?……まさか、『アレ』のことを言っているのかい? バカな、『アレ』は王国の領土内では確認されていない。確認されたのは北西の帝国においてだ。それに、『感染』されたモンスターの大群による進撃も街を五つ破壊するだけで収まったと聞く。それ以降は『モンスター』のこと自体耳にしていない」


 ヘーブルもその『モンスター』について知っていたようだ。


 ならば話が早い。


「ヘーブルさんもご存じなんですね? それならその『モンスター』の脅威レベルも知っているはずです」

「知っているとも、カテゴリーはAだ。【ゴールド】のパーティーが複数、【プラチナ】がいなければ手に負えない」

「ですが、私たちは実際に血液の黒いリザードベアーと戦いました。その個体は非常に狂暴で好戦的な上痛みに対して耐性があり、目などの急所を突かなければ動きを止めることもできませんでした」

「リザードベアーにだって強い個体だっている。君が手こずるほどだからよほど経験を積んだ個体だったんだろう。君が倒さなければ被害は拡大していた。この領地を守る貴族の子息として礼を言おう。だけど、その個体一匹のみの問題だ。他には確認されていない」


 信じたくないと言わんばかりにヘーブルが俺の言い分を突っぱねてくる。


 やはり全部燃やさずに体の一部でも持ち帰るべきだったか? 


 いや、アメリアの話では『感染』は人にも有効な場合があるらしいので、うかつに体の一部を街に持ち込んで『感染』が広まったらまずい。


 この様子だとおそらく街の冒険者もヘーブルと似たような反応をするのだろう。


 ラチェリたちは信じてくれるかもしれないが、それでは対処する人手が圧倒的に足りない。


「はい~、そこまで~」


 シュエットがパンパンと手を打った。


 そして机の下をごそごそしたかと思うと、木組みの箱を一つ取り出した。


「ヘーブル様。こちらをご覧いただけますか~?」


 シュエットが蓋を開けると、そこには細長い牙が入っていた。


 それは昨日、ドワーフの鍛冶師、オイノスが黒い染みが気になると言ったグラウンドファングの牙だ。


 協会で調査するように頼んでおけとも言われたので、昨日の買い物のついでに協会へ提出しておいたのだ。


「ここに黒い染みがあるのがわかりますか~? 実はですね~、調査の結果、陽性と判明しました~。この個体は『感染』していないようでしたが、交戦はしたようです~。だから牙に黒い染みができちゃったようですね~。きっと生息域で襲われたから山まで逃げてきたんでしょうね~。詳しい話は現地調査を依頼した冒険者さんたちがお戻りになってからみなさんにお伝えしようと思っていたんですけど……っと、噂をすれば戻ってきましたね~」


『冒険者協会』に一人の男性が駆け込んできた。


 大きめのゴーグルをつけた男。確か、ヘーブルのチームのサブリーダーの冒険者。


「今日は皆さんずいぶんお急ぎですね~。その様子だとやっぱり悪いほうの予想が当たっちゃってましたか~」

「はい。山から確認してきましたが、大地が真っ黒に染まってました。あれはモンスターの群れってレベルじゃないです。黒の軍勢といっても過言じゃありません」

「報告ありがとうございます~。というわけで、ヘーブル様~、どうやらかなりまずい方向で証拠がそろってしまったようです~。なので、ここからは協会が主導して討伐作戦を決行したいと思うんですけど~、貴族様としてその許可をくれますか~」

「シュエット君が言うなら構わないが、いったい何を討伐するんだい?」

「もちろん、カテゴリーA、国を滅ぼす危険のあるモンスター──『死の影群魔(サナトス・ヴァイラス)』です~」

 


 サナトス・ヴァイラス。


 カテゴリーAに属するモンスター。


 実体は目に見えない存在で、そのせいか極小の生物とも霊体とも言われている。


 個としては何もできないが、他のモンスターの死骸に入る──『感染』することでその力を発揮する。


 対象のモンスターを生前よりも強固な肉体にして復活させ、その体を乗っ取ることができるのだ。


 宿主となったモンスターの戦闘能力が死後向上するため、宿主と同種のモンスターと戦った場合、よほどの個体差がない限り、サナトス・ヴァイラスが操る個体が勝利する。


 そして、その宿主を使って新たな死骸を作ってはその体も乗っ取っていくといった具合に爆発的に増殖していく。


 王国外で発生した事例では、異常発生した別のモンスターを討伐した土地で、サナトス・ヴァイラスが出現し、一晩で1000体を超える魔物の部隊ができあがったという。


 乗っ取られた宿主は体表が黒くなり、また血液も黒く変色することから、『影群魔(えいぐんま)』とも呼ばれている。


 このモンスターを完全に倒すには宿主ごと焼き払うしかない。

 

 

 シュエットから受けたモンスターの説明を聞いてまず思ったのは、ゾンビもののゲームや映画に出てくるウィルスみたいだなといった感想だった。


 しかしこの世界のゾンビやリビングデッドなどの不死の存在は魔法で作るようなので、ウィルスでできあがるゾンビはまた別物なのかもしれない。でも、特に区別をする必要もないので両方ともゾンビだと思っておこう。


 そのゾンビを生み出すモンスターだが、最初の宿主を操っているサナトス・ヴァイラスの本体を倒さなければ操れる死骸は無限に増え続けるらしい。


 要は下っ端をいくら倒したところで時間稼ぎにしかならず、元締めとなっているモンスターをやっつけなければ戦いは討伐できないということだ。


 その元締めだが、他のゾンビと離れすぎると簡単な指令しかできなくなるので、だいたいは自分が生み出したゾンビの群れの中に混じっているらしい。


 俺たちが出くわしたのは偵察型の個体で、行く先に危険があるかどうかを確かめるために群れから派遣されたものだろうとシュエットは言っていた。


「おそらくですが~、モンスターの死骸の群れは山の向こう側を棲み処にしていたモンスターたちのものなんだと思います~。イセさんたちが倒したグラウンドファングはそのサナトス・ヴァイラスから逃げるために山を登って~、リザードベアーの棲み処に隠れていたのでしょ~。そしてそして~、グラウンドファングが来たことによりリザードベアーも棲み処を追い出されて街まで逃げるように来てしまったと~……最近強いモンスターが街の周辺に多く出現していたのはそういう実情があったのだと推測します~」


 シュエットが協会に集まった冒険者に向けて最近のモンスターなどの動向を踏まえて街に狂暴なモンスターの大群が迫っていることを説明していた。


「…………」


 皆が皆、口を噤み、協会内部には重苦しい空気が漂っていた。


 ここに集まっている冒険者は、最高位で【シルバー】まで。【ゴールド】以上の冒険者も街に数人滞在していたそうだが、別の依頼で出向いてしまっているらしい。


【シルバー】では束になったところで、グラウンドファング一体にすら手こずる。


 プロデューサー・イセのステータスでようやく一対一ができるかどうかといったところだ。


 それが強化された上で、群れを成して襲ってくるなんて言われたらどうしようもない。


 現状では、勝ち目は皆無だ。


 だからこそ皆渋い顔をしているわけだが。


「みんな、そう落ち込むことはないよ。僕に良案がある」


 爽やかな声とともに冒険者たちの前に躍り出たのは、ヘーブルだった。


 何か貴族としての知恵があるのかと皆が耳を傾ける。


「街を放棄しよう。勝てないものは勝てない。死ぬ前に撤退しよう」


 皆が一瞬で耳を傾けるのをやめた。


「ヘーブル様~、それは確かに死傷者を少なくする最良の提案ではありますけど~、このサエペースが故郷という方もいらっしゃるんですよ~? それに今から避難したところで向こうは足も速いモンスターですから、簡単に追いつかれますよ~? 強い冒険者がいる首都まで逃げるにしても道中にある街が全滅する可能性だってあるんです~。『冒険者協会』としてはここで少しでも皆さんに時間を稼いでもらって、その間に首都から増援を呼ぶのが一番かと思います~。というか、そういう依頼を街に住む全冒険者に発注します~」

「……なるほど、確かにそのほうがよさそうだね。では、モンスターをできるだけ引きつけておくとしよう。みんな、いいな」

「『みんな、いいな』って……わかってなかったのはあんただけだっての」

 ラチェリがヘーブルにも聞こえるような大きく強い口調で呟いた。

「僕だって見落としはある。そこはほら、今みたいに君のような仲間がきちんとフォローしてくれるだろ?」

「あんたはフォローされすぎなのよ。はぁー、絡んだあたしがバカだったわ。ともかく今はどうやって食い止めるかを考えましょう。確かに今この街には正式な【ゴールド】はいないけど、元【ゴールド】の冒険者には当てがあるわ。少なくとも【シルバー】(あたしたち)よりは強いから頼んでみる。引退宣言してたけど、街のピンチだって言えば、一時的に宣言を撤回してくれるはずよ」


 ラチェリの言葉に「おおっ!」とどよめきが起こる。この街にずっと住んでいるだけあって元冒険者についても知っているらしい。それがラチェリの師匠とかなら非常に頼りになる。


「それと、まだ【シルバー】だけど、すでに【ゴールド】の実力を持っている人にも心当たりがあるわ!」


「おおっ!」とどよめきがさらに大きくなる。


 ラチェリは本当にすごいな、引退した人じゃなくて今現在も【ゴールド】レベルの人とも交流があるのか。【ゴールド】といえば、グラウンドファングをチームで安定して狩れるレベルだ。力を貸してくれるというなら心強い。どんな人なのだろう。 


「ここにいるイセよ! 冒険者になって三日目でもう【シルバー】になったの。でも彼のすごさはそれだけじゃないわ。彼はあのグラウンドファングをたった一人で撃破したのよ。さっきは【ゴールド】なんて言ったけど、それでも足りないわ。イセは【ゴールド】の上、【プラチナ】クラスの実力があるとあたしは思ってるわ!」


 へー、そのイセさんはすごいなー、かっこいいなー、尊敬しちゃうなー。


 ……って、現実逃避してもダメだった。


 ここにいる冒険者たちが全員俺に視線を集めてしまっている。


 グラウンドファングは確かに倒したが、それはプロデューサー・イセが持っているステータスと、高級スーツ(チート装備)のおかげであって俺の力ではない。それにそろそろこのステータスでもグラウンドファング以上の相手は能力的にしんどい。イセはあくまで元の世界で『人間』として高いステータスを持っているだけで、魔法や閃術なんかがある異世界ではちょっと強い冒険者レベルだ。期待されても困るというか、無理なんだよ!


「さぁ、イセ。ここでみんなにガツンと言ってあげて。俺がいれば大丈夫だって!」


 冷や汗をかいている俺の背中をラチェリがバンと叩く。鋭い八重歯を覗かせている笑顔がとても男らしい。俺ではなく、ラチェリが発破をかけたほうが様になるだろうに。


 しかし、ここまで持ち上げられて何もしないでは、推薦してくれたラチェリの評判にも傷がつくだろう。できれば彼女とはこれからも良好な関係を保っていきたいのだ。


 そうであれば俺の取るべき行動は一つしかない。


「えっと……ご紹介にあずかりました、イセです。この辺りの地理には疎いんですけど、罠とか張って待ち構えていれば、被害を最小限にしてモンスターを食い止めることが可能だと思っています。私も頑張りますので、皆さんも援護をお願いします」

「みんな、聞いた!? あたしたちが援護に徹せられるように、イセが前面に立ってくれるみたいよ!」

「えっ!?」


 そこまでは言ってないよ、ラチェリさん!?


「彼の実力は本物だ。僕も証明するよ」


 そしてここでヘーブルからも追撃が入る。


「未来の【プラチナ】冒険者と一緒ならきっとうまくいくことになるはずさ!」


 丸投げされた!? 


 ま、待って、話がまずい方向に進んでいってる気がする!


「そうですね~、きっとイセさんなら大丈夫でしょ~。皆様~、イセさんに任せてしっかり街を守り切りましょ~」

『おおーっ!!』


 シュエットが最後に締め、集まった冒険者たちを煽り立てていた。


 勘弁してください……。

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