第29話 駆け出し魔術師のLv.1魔法
林を歩いている最中、何度かモンスターとも出会った。
といっても、リザードベアーやグラウンドファングなどといった凶悪なモンスターではなく、アルミラージやコボルトといった、作った名刺を投げつけてやれば簡単に追っ払える比較的弱いモンスターばかりだ。
撃退しながら進むことさらに30分頃には水音が聞こえてきた。
樹林帯を抜けると広々とした湖畔が現れた。俺がこの世界に召喚された場所だ。
あのときは観察している暇がなかったので湖の全貌がよくわからなかったが、今見てみるとかなり大きい。湖全体がひょうたんのような形になっていて湖の直径は100メートルはあるだろうか。
沼のように水が濁っているわけではないので、もしかしたら地下でどこかの水域とつながっているのかもしれない。
「ひとまず潜って何かあるか見てくるか」
ここに来た目的の一つは俺が召喚された原因を調べることだ。
プロデューサー・イセには、アストリートに匹敵する泳ぎを可能にする『水泳』のスキルがある。水泳好きのアイドルとの親密度をあげるために必要なスキルだが、潜水して何かを調べたいときにも便利そうだ。加えてこのスーツは速乾性が最高クラスなので、このまま飛び込んでも問題はないだろう。
一呼吸で5分くらいは大丈夫かな?
「イ、イセ……一人でいっちゃうの?」
飛び込もうとしているとアメリアが呼び止めてきた。
「そのつもりだけど……アメリアも来るか?」
「行かないよ! そうじゃなくて、ここってリザードベアーもたまに出るんだよ? 潜っちゃって大丈夫?」
「出てきたところを襲われることがあるってことか? まあ確かにそうかもしれないな」
それに、アメリアを一人にして襲われたら危険かもしれない。一応魔法は使えるようだが、体当たりと剣で殴ることしかできないからな。今日はそれができる大剣もなく、防具はフルプレートではなくひらひらの魔法少女衣装。
一瞬でやられてしまいそうだ。
「それなら先にアメリアのレッスンの成果を確認しよう。Lv.1の魔法を使えるってわかれば、魔法で自衛もできるし、俺が湖から上がってくるときもサポートしてもらえるからな」
「そ、そうだね。燃やさないために水辺の近くでやろうって話だったもんね」
アメリアが杖を強く握りしめていた。
アメリアの杖は金さんにお願いした通り、衣装に合う銀色の杖となっている。もちろん、銀色に塗装されているだけで、杖の先にあるハート型の部分とそこにはめこれまたピンク色の宝石以外は木製だ。舞台で使う小道具と同じなので特殊な能力などはない。格好だけのまがい物だ。それでも鍛冶師のオイノスの話によると杖としての役目は果たせるらしい。
「早速やってみるね」
「水のあるほうに向けてやってくれよ」
「わかってるって」
「かなやんに教えてもらったように、ちゃんと発音するんだぞ?」
「かなやん?」
「ボイストレーナーだよ。昨日スタジオにいた革のジャケットを着てたほう」
「あー。岩がどうとか言ってた人だね」
「岩?」
「『言葉にはロックをきかせろ!』って言われたの。岩をきかせろってどういう意味? 岩が聞いて動くぐらいの声ってこと?」
「まあそんな感じだ」
違うけどね。こっちの世界にはロックなんてないだろうし、うまく説明できるかわからないので、その件についてはかなやんに任せよう。
というか、翻訳しているはずなのに『岩=ロック』の聞き取りミスを異世界でもしっかりと認識できるのか。
こちらの言語は見たことない言葉だと思ったが、言語体系は似ているのかもしれない。
「ロックは置いておいて、昨日練習したとおりにやってみるんだ」
「了解です!」
アメリアは大きく深呼吸すると、杖を水のほうへと向け、詠唱を開始した。
「燃え盛る炎の精霊よ! 我の前にその力の一端を見せよ──」
この詠唱は聞いたことがある。ロフィンがグラウンドファング相手に使った魔法だ。レフィンの放った矢に纏わせて殺傷能力を上げていた。
ロフィンのときはこぶし大の火が杖の先から飛び出していったが、アメリアの場合はどうか。
「【灯火(フレア)】!」
杖の先に赤い筋が渦巻くように集中し、その中心に拳大の火球ができあがった。
これで射出するのかと思いきや──火球が一瞬で10倍以上、小屋を飲み込むまでに膨れ上がった。
「はっ!? 待──」
待て、アメリア! と叫ぶ間もなく、特大の火球は湖に向けて発射された。
炎の特大火球は湖のど真ん中に着弾し、じゅわ、という水が急速に沸騰する音がしたかと思うと、湖水は大量の水蒸気へと姿を変えた。
そして、空気で冷やされ、
「ほわちゃぁっ!」
熱湯となって宙から俺たちに降り注いだ。
「熱い、熱い! イセ、この水が熱いよっ!?」
「あんなバカでかい火球を落とせば当然だ!」
俺はアメリアと一緒に熱湯の降雨範囲からすぐさま離脱した。
林に入って「ぜぇぜぇ」と荒くなった息を整える。
湖に入らずともずぶ濡れになってしまった。
俺の着ているスーツはすぐに乾くからいいが、髪が濡れたままなのは少しうっとうしい。
「タオル、作成」
魔法を発動させて、タオルは作ると、アメリアに一つ手渡した。
「風邪ひかないうちに、体を拭いておけ」
「は、はーい」
体に張り付いた服を引っぺがしながらアメリアはタオルで全身を拭き始めた。
「それにしても、さっきの火球はなんなんだ? Lv.1の魔法ってあんなのじゃないだろう? 危うく林まで延焼するところだったぞ
「え? Lv.1の炎の魔法だよ?」
「でかすぎないか? ロフィンの魔法はもっと小さかったぞ?」
「うーん……それはわたしも思ったんだけど、よくわかんない。わたしが使ったら、ああなった」
「ああなったって……同じ魔法でも熟練度とかによって威力が変化するものなのか?」
『アイドルセイヴァー』では一部のスキルに熟練度が設けられており、同じスキルを多用することでその効果値を上昇させることができたが、この世界の魔法もそういうふうになってるのか?
「でも、アメリアって魔法は今まで使ってこなかったんだよな?」
「うん。お母さんが言ったの。才能がないからわたしは魔法を使っちゃダメだって。才能のない奴が魔法を使うと事故の元だって。実際におうちを焼いちゃったこともあったんだ」
「それであの納屋みたいな建物に住んでたのか。英雄の家にしてはやけに質素だと思ったけど……って、ちょっと待て。それじゃあ昨日の火災って、それを知っててやったのか?」
「ううんっ! 違うよ! あれは魔法を使おうと思ってないのに、文字を読んでただけで火が出てきちゃったんだもん! やろうと思ってやったわけじゃないよ!」
「意図的じゃなくて、よくわからないけど知らないうちに火が出てしまったと?」
「うんっ!」
信じてと言わんばかりの潤んだ瞳で見上げてくる。
金髪ポニーテールの美少女エルフが魔法少女の衣装でそんなふうに懇願してきたら事実と違っていようと信じてしまいそうになる。
まあそうでなくとも信じるつもりだ。アメリアの性格からして嘘を言っていることはないだろう。それに、宮ちゃんが作ってくれたアメリアのステータスのこともある。
『魔力』だけずば抜けて高かったことが、もしかしたら魔法の強さにも関係しているのかもしれない。
親には魔法の才能がないと言われたのかもしれないが、たった一日詠唱の練習をしただけで、他の魔術師と同じ魔法を使って10倍以上もの威力を出せるなら、充分に才能はある。問題なのはそれを制御する力のほうなのだろう。常人の10倍以上の威力が出る魔法なら、単純に考えても10倍以上の制御能力が必要になる。
ドワーフの英雄はそれを見越して才能がないと言ったのかもしれない。
アメリアは、どちらかというとどれだけ叱責されても反論しない、自分に自信を持てないタイプ。種族的な事情があるとはいえ、他人がいるところでは兜を被って口を閉ざしてしまうほどの引っ込み思案。
だからこそ、自分に自信を持てれば、英雄クラスの魔術師にだってなれるのかもしれない。
ちゃんと鍛えてあげられれば、ルックスも伴って、間違いなくアイドル冒険者として名を馳せることができるだろう。
プロデューサーの腕の見せ所だ。
「アメリアがそう言うなら信じるよ。それで、もしかして他の魔法もさっきと同じように特大サイズで打ち出せるのか?」
「それはわかんない。昨日は炎の魔法の詠唱を特訓してたら火が出て、中断しちゃってたから」
「かなやんのレッスンはほとんど消化できなかったわけか。初日からレッスン中断……ゲームだったらかなり出遅れているところだったな。燈子姉さんとはどんなレッスンをしてたんだ?」
「じゅうなんたいそうって言うやつ。最初は体をほぐして、そのあとは踊りの練習みたいなことしてたよ」
踊りというのは殺陣(たて)のことだ。昨日はバタバタしていたが、あとでアメリアがスキルを閃いていないか、確認しておこう。
「それとね、お昼には宮守さんがお弁当をもってきてくれた。すっごくおいしかったよ!」
お弁当のことを思い出したのか、アメリアがよだれがこぼれそうになった口元を拭っている。異世界の料理はそこまでまずいわけではないが、食材からして品種改良を重ねているものでもなく、料理自体も食材そのままのものが多いので、それに比べれば俺の元いた世界の料理のほうが断然おいしいのだろう。
「アメリアが頑張ってるのはわかったよ。明日からのレッスンも頑張ったらまたおいしい食事を食べさせてやるからな」
「本当!?」
「体を作るならいいものも食べるのは当然だからな」
「じゃあもっと頑張るよ!」
現金だな。だが、わかりやすい動機があったほうが本人の力にもなるし、俺としてもアメリアの心情がわかりやすくていい。
「期待してるよ。それじゃあちょっと確認しにいこう」
「確認? 何の?」
「アメリアが吹き飛ばした湖の状態だよ」
林から出ると、霧のようになっていた大量の湯気が落ち着いてきたところだった。
あれだけの熱量を投げつけたのだから湖が干からびる可能性もあると思ったが、湖はわずかに水位を減らしたものの健在だった。
「……あれはなんだろう?」
その湖の真ん中あたりに、妙に尖った柱のようなものが見えた。
「木? じゃないよな。妙に尖ってるし、何か飾りみたい……」
「あぁぁっ!?」
突然アメリアが隣で絶叫した。
「どうかしたのか……?」
「思い出した。お母さんに昔言われたことだったんだ」
「ドワーフの英雄に?」
「うん。お母さんが生まれるよりもずっと前にね、ここには大きな門があったみたい」
「門……?」
「モンスターと人の村を隔てるための門でね。大昔にモンスターの進軍を食い止めてたんだって。でも、この先のルーストマウンテンが噴火したときに溶岩が流れて埋まっちゃったみたい。もしかしたら、あれが門の一部かも」
「何か飾りのように見えたのは門の装飾ってことか。モンスターの侵入を防ぐ門ってことは何かの魔法がかかっていた可能性もあるのか?」
「そうかもしれない。もしかしたら、その魔力に惹かれてイセはここに呼ばれたのかも」
「魔力に惹かれて?」
「うん。この世界には魔力の溜まりやすい場所っていうのがあって、そこは聖地になってたり、反対にモンスターの巣窟になってたりするんだけど、そういったところって何でも呼んじゃうの。もしかしたらイセもこの門に呼ばれたのかもしれない」
「門に呼ばれた……」
この世界の住人(アメリア)が言うのであればそうなのかもしれない。
呼ばれた原因の可能性は見つかったが、ここから元の世界へ帰るにはどうしたらいいのかはわかりそうにもないな。
掘り起こせれば何かわかるかもしれないが、巨大な重機や魔法が必要なので、それも今は難しいだろう。
「ねえ、イセ。聞いてもいい?」
「何?」
「イセはやっぱり、いつか向こうの世界に帰っちゃうの?」
「…………」
俺はすぐには答えられなかった。
どうなのだろう? 俺は向こうの世界に帰りたいんだろうか?
ここに来た当初は、さっさと戻って『アイドルセイヴァー』で次の『2代目アイドルセイヴァー』の称号を目指そうと思っていたけれども、もうすでに三日も経ってしまっている。今からすぐに戻れれば頑張って巻き返せなくもないが、かなりの労力が必要になるだろう。
向こうの世界には『アイドルセイヴァー』以外で特に戻りたい理由はない。正直な話『アイドルセイヴァー』のプロデューサー・イセの能力が使えるこの世界に留まってもいいと思っている。事務所が使えるなら生活水準だって無理にこちらに合わせる必要はないしな。
それに、
「帰らないよ。アメリアをアイドルにするって約束したからな。プロデューサーとしてアイドルと交わした約束は絶対に守るよ」
「……うん! ありがとう!」
俺の答えが納得のいくものだったのか、アメリアは嬉しそうに微笑んだ。
「さて、手がかりらしいものも見つけたし、アメリアのレッスンの成果も確認できたし、そろそろ帰ろう──」
か? と尋ねようとした途端、ザザザッ、と高速で草をかき分けてくる音が耳朶を打った。
「イセ!」
「わかってる。モンスターっぽいな。杖を構えていてくれ。森を焼き払いたくはないが、場合によっては魔法の使用も許可する」
「任せてっ!」
さてさて、どんなモンスターか。
音の大きさからして、大型のモンスターようだが……。
<ジュラララララッ!>
咆哮を伴って現れたのは、トカゲの頭を持つ巨大な熊だった。
「リザードベアーかっ!」
だが、少し違う気がする。全体的に黒っぽいというか……鱗や毛皮が以前遭遇した個体よりも重油のような濁った濃い色になっている。
リザードベアーは俺たちを見つけけると、二足歩行のまま距離を詰めてきた。
すぐにパイプ椅子を作成する。
両手の巨大な爪を左手のパイプ椅子でガードし、右手には瞬時に鉄製の名刺を作成。目に向けて投擲する。
<ジュララ……!?>
痛みで数歩後退したところへ、両手に持ち直したパイプ椅子を頭に叩きつけた。
完璧に捉えた一撃だった。
だが、
「なっ!?」
リザードベアーは頭の一撃をものともせず、長い爪で俺の脇腹を狙ってきた。
脇腹に強い衝撃を受け、地面を転がる。
スーツは切れていないが叩きつけられた爪撃のせいで脇腹が鈍い痛みを訴えてくる。
──おかしい。
パイプ椅子の一撃は間違いなくモンスターの脳天を捉えていた。にもかかわらず、怯まずに反撃してきた。
以前戦ったリザードベアーだったら、目などの弱い部分を狙わずとも、プロデューザー・イセの膂力で強い一撃を浴びせればしばらくは動けなくなったはずだ。
痛みに対する耐性がある個体だろうか。しかし、それも違う気がする。
「も、燃え盛る炎の精霊よ……。わ、わわ我が前に──」
<ジュラララララッ!>
「ひゃわぁぁぁっ」
たどたどしくも、俺を助けようとして詠唱を開始したアメリアへリザードベアーが突進していく。
魔法を使おうとしたことで標的にされたのだろうだ。
今のアメリアはいつものフルプレートではなく、アルミラージの毛でできた服だ。一撃でも殴られればやられてしまう!
リザードベアーが鈎爪を大きく振りかぶる。
アメリアは「ひゃわわわ」と泣きそうな青白い表情でそれを見上げている。
ダメだ。間に合わない。どうすれば……!
「そうだ……! アメリア──『横に跳べ』!」
「っ!」
アメリアは俺の声に反応してすぐさま横方向へ体を丸めて回転した。
アメリアの頭上を通り過ぎる、鎌のような剛爪。
アメリアは転がった勢いでそのまま綺麗に立ち上がると、驚いたように目をぱちくりさせていた。意外にも機敏に動けたことが自分でも驚きだったようだ。
今の回避行動は燈子姉さんにお願いした殺陣(たて)の動きの一つだ。号令一つでアメリアが動いてくれるか不安だったものの、見事やり遂げてくれたようだ。レッスンを受けさせておいてよかった。
アメリアとリザードベアーとの間に距離ができたことで、俺はすかさずその間へと割り込んだ。
「アメリア、下がって詠唱を開始してくれ。こいつ、何かおかしいっ!」
「わ、わかったよっ」
駆け出したアメリアのあとを、リザードベアーが追おうとするので、注意を引くために鉄製の名刺を再度投げつける。
渦のように回転する軌道を描いてリザードベアーの目を狙った一撃は、しかし眼前でリザードベアーの中指にある鋭い鈎爪によって弾かれた。
弱いところを防御していた。完全に痛みに耐性があるわけではないらしい。
俺は右手でパイプ椅子の脚を持ってリザードベアーに殴り掛かった。
頭部を狙った一撃を、リザードベアーはガードしなかった。
お返しとばかりに爪でまた脇腹を狙ってくるが、それはこちらも狙い通り。
俺は左手でタオルを作成し、リザードベアーの頭部へと被せた。
爪での狙いは外れ、宙を斬る。
そして、視覚だけでなく、これで爬虫類の感覚器官も一時的に使用できなくなっただろう。
「アメリアっ!」
振り返るとアメリアが杖の先端をリザードベアーに向けた。
「燃え盛る炎の精霊よ。我の前にその力の一端を見せよ──【灯火(フレア)】!」
詠唱が終わり、紡ぎだされた炎の大玉がタオルを押しのけたリザードベアーに襲い掛かった。
<ジュラララララッ……>
湖を半分干上がらせる熱量の塊は、着弾と同時にリザードベアーの全身に覆いかぶさり、その全身をたやすく焼き尽くした。
肉を打つような鈍い音とともにリザードベアーの体が崩れ落ち、焦げた匂いが一瞬で漂ってくる。
「やった? やったの、わたし? やったー! 連続討伐の快挙だよ!」
アメリアが杖を頭上で振って「うおー!」と喜びを叫んでいる。
今回は間違いなくアメリアの勝利と言っていいだろう。俺はパイプ椅子で攻撃を防いでいただけだしな。
「おめでとう、アメリア。戦えるようになったじゃないか」
「イセのおかげだよ! イセがちゃんとレッスンを受けさせてくれたから戦えるようになったの! それもたった一日で。本当にありがとね!」
「俺は助言しただけだよ。強くなったのは、アメリアが1日でもレッスンを頑張ったからだ」
「それでもイセのおかげ……いや、プロデューサーのおかげだってわたしは思うよ。だからありがとう!」
アイドル養成用の施設でレッスンしただけで、しっかりと魔法を使えたり、回避行動ができたりと恐ろしい勢いでアメリアは成長した。
このままいけばこの世界で魔術師として大成するだけではなくて、俺が思い描いたようにアイドル冒険者として歌ったり踊ったりといったこともできるようになるかもしれない。
ま、今はまだ夢の段階だがな。少しずつやれることを増やしていってあげよう。
「魔術師としての初陣を勝利で飾れたのは素直に喜ぶして……それでだ、さっきのリザードベアーと戦っていて気になるところもあった」
「そういえば、イセの攻撃があんまり効いてないみたいだったね」
「そうなんだよな。以前戦った個体よりも頑丈だった……というよりも、痛みに鈍感な気がした。前に戦ったやつより鱗の黒色が濃かったが、それがタフなことと何か関係があったのか?」
「モンスターにも個体差はあるって話は聞くよ? だからそれかもしれないけど……ちょっと調べてみようか」
アメリアが黒焦げになったリザードベアーへと駆け寄っていく。
「うわ、真っ黒焦げ。肉は食べられないね。イセ、ナイフある? わたしがさばいてあげるよ」
「できるのか?」
「当り前だよ。チェリちゃんに、どうせ戦闘では役に立たないんだから獲物くらい捌けるようになりなさいよ、って言われていっぱい教えてもらったんだから!」
「それはえばって言うことなのか?」
ナイフはなかったので、鉄製の名刺を作って手渡す。
「何これ? イセの武器だよね?」
「一応端っこを薄くしてナイフのように切れ味を持たせてみた。使いづらかった無理して使わなくていいぞ? 手が切れてもまずいしな」
「ううん、やってみる。チェリちゃんに教えてもらった秘技を見せてあげるよ!」
やたらと気合の入った様子で、名刺の鋭い角が入る隙間を探しているアメリア。
にしても、ラチェリはやっぱり口ではどうこう言いながらアメリアの面倒をちゃんと見ていたようだ。
今日は一緒に冒険できなかったが、今頃は三人で冒険しているのだろうか。
「アメリアはラチェリたち三人とも長いんだよな?」
「うんっ。わたしが初めてお母さんのお古の鎧で街に行ったときからだから……もう三年くらい前になるかな。お、ここがいいかな」
首の鱗と毛皮の間に差し込める隙間を見つけたらしく、アメリアはそこに名刺を突き入れた。
「さぁ、剥ぎ剥ぎしちゃうよぉ」
名刺を鱗の生え際に合わせて滑らせる。
そこで、異変が起こった。
突如、オイルのようなどす黒い液体が、切った首筋から溢れ出てきたのだ。
「うわわわっ! なんじゃこりゃ!」
驚き慌ててアメリアが手を離す。
黒い液体はにじり寄るようにじわじわと傷口に差し込まれた名刺を飲み込んだ。
名刺の形に纏わりついた液体は、数秒後には形が崩れてなくなってしまった。
「鉄製の名刺を血で溶かした!?」
リザードベアーの血液は鉄を溶かす効果があるのか? いや、それはありえない。ラチェリたちはリザードベアーを素手で解体していた。
あのときは生々しくてずっと直視はしていなかったが、血の色くらいは覚えてる。
リザードベアーの血は、赤かった。
「鱗や毛皮が黒い個体だと思ったけど、血まで黒いなんてな。こういうこともあるのか?」
「ううん、血の色まで変わるなんて聞いたことないけど…………もしかして」
アメリアは考え込むように顎に手を置いていたが、何か思い当たる節があったらしく急に慌て始めた。
「これ、まずいかも……! 『冒険者協会』へ行こう!」
「そんなにやばいのか?」
アメリアは焦った様子で頷いた。
「うん! すごく危険かもしれない。失敗したら、サエペースだけじゃなくて王国がなくなるかも!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます